5-1:謎の女軍人

 意識が戻った時、俺は真っ白な部屋で横たわっていた。シンと静まり返っている。服も着替えさせられていて、病院で着る様な白くて薄い服を着せられている。手を見てみると、折れていたはずの指が綺麗に治っていた、剣で切られた腹も、傷跡一つない。頭も触ってみるが、傷跡はないようだった。それに妙に頭がスッキリしている。寝ている間に治療がされたようだが、まさか骨が治るほどの期間、俺は寝かされていたのかだろうか?


 俺は体を起こし、周囲の状況を観察する。


 うめき声。


 ベッドの隣にはカーテンがかけられていたが、その奥から声が聞こえた。この声は。


「巴ちゃん!」


 カーテンを勢いよく開ける。


「あれ?ぐんちゃん?」


 ポカントした表情の巴ちゃんがいた。まだ、目覚めたばかりか、眠たそうな眼をしている。どうやら、隣にもベッドがあり、そこで寝かせられていたらしい。


「よかった、怪我は大丈夫?」


 巴ちゃんは、自分の体を触り怪我がないか確認する。


「うん、大丈夫みたい・・・」


 巴ちゃんは赤面し、体を腕で隠す。


「あっ、ごめん」


 やってしまった。


 巴ちゃんも俺と同様薄い白衣一枚しか着ていなかった。俺はそそくさとカーテンを閉め、自分のベッドに戻る。起き抜けに俺に声をかけられたせいで、白衣を着ていることに気付くのが遅れてしまったようだ。


「その・・・、怪我が無くて良かった」


「うん、ありがとう」


 ともかく、ひとまず安心だ。状況はどうあれ、俺達は体が資本の労働者だ。おちおち怪我も病気もしてられない。何をするにも健全な体があればどうとでもなる。と思いたい。とはいえ、すでにそんな事を言っていられる状況ではないが。


 改めて部屋を見渡すが、この部屋は二人が過すには十分な広さがあり、部屋にはベッドの他トイレとテーブルが備わっている。時計やカレンダーの類いは一切置かれていないが、テーブルには俺達が着ていた服が綺麗に畳まれ、置かれていた。傍にはメモ書きとともに、薬と水が置かれていた。内容は、万が一痛みが残っていた場合には鎮痛剤を飲むようにとの趣旨が書かれていた。


 痛み止め、か。まさか、気を失っている間にほんとに俺達の全ての怪我を治したのか?信じ難い話だ。


「おはようございます。気分はいかがですか?」


 突然部屋に声が響いた。男性と女性とも聞こえる中世的な声だ。機械で合成した音声で素性を明かさないようにしているようだ。


「あなた方が気を失っている間に一通り治療をさせて頂きましたが、具合はいかがですか?」


 俺は、改めて折れていた指を動かしてみる。痛みもない。動きも滑らかだ。


「大丈夫です。治療していただいてありがとうございます」


 状況は不明だし、会話している相手も不明だが、礼儀は大切だ。それはおやっさんからよく言われたからな。


「礼には及びません。あなた方は現在、軍の保護下にあります。治療が終わり、体調に問題なければ速やかに解放の運びとなります」


「そっか、よかった・・・」


 巴ちゃんは、不安混じりだが、少しは安心した風に呟く。


「ですが、あなた方は昨晩体験したことは、政府が指定する最上級の機密情報にあたります。この機密に触れは者をそのまま解放することはできません。ですが、我々が提示する条件をのんで貰えれば、その限りではありません」


 裾をきゅっと引っ張られる感覚。ちらと見ると、一瞬の安心から一転して、絶句した巴ちゃんが怯えた表情で俺の裾を摘んでいた。本人は無意識なのか、それとも余裕が無いのか判然としないが、普段では絶対しないであろう行動をとっている。なんんだろう、見ていて少し胸がキュンとする。


 俺はあえて手を払う事も、摘んでいる事を指摘するでも無く、勤めて堂々とする。俺が狼狽えたら、それこそ巴ちゃんが不安にのまれてしまう。


「なるほど、ただでは解放してくれないわけか。ならどうやったら解放してくれるのか早く教えてください。こちとら無職になりたてで、仕事探しをしなきゃいけないものでしてね」


「話が分かる方で助かります。詳細は直接会ってお話ししましょう」


 何をさせたいか知らないが、どうせ拒否権もないだろうし、言う事を聞けばとりあえずの身の安全ぐらいは保証されるか。ともかく素直に従っておくべきだろう。


 巴ちゃんは相変わらず眼が泳ぎ、オドオドしている。


「大丈夫。なんとかなるよ」


 巴ちゃんは、小さく頷くばかりだった。


 ガチャ、とドアのカギが開く音。


 ビクッと、肩をすくめる巴ちゃん。それにしてもこんな巴ちゃんは初めて見る。普段が男気溢れる気風なだけに、なんだか新鮮だ。


 服を着替えた後、俺は巴ちゃんを後ろ手に庇いながら、おそるおそるドアを開け、顔を外に出す。ドアの外はまぶしく、一瞬眼がくらむ。少しずつ目を慣らしていくと、大きな樹が生えているのが見える。あまりの大きさに見上げるが、ゆうに三十メートルは越えていると思われる。木漏れ日がとても美しいが、その先には白い光が見えるだけだ。空が見えない。一体ここはどこだろう。見た感じ、どこかの森のようだが。


「ふむ、外傷もすっかり消えているわね」


 声のした方を見ると、軍服を着た女性が立っている。


「君、じろじろ見ないの。そんなに女の軍人が珍しいかしら?」


「えぇ。まぁ」


 てっきり、武装した軍人が大挙して構えているものと予想していたから、拍子抜けしてしまった。


「素直な人ですね。でも今は、男女平等の時代です。武器をとって戦う以上、性別は関係ありません。あと、くれぐれも私が女だからと侮らないようにお願いします。万が一に備え、あなた方は監視されているし、それに・・・」


「一人で迎えにきたということは、俺達が暴れてもあなた一人で対処できるから、ですか?」


 女の軍人はほくそ笑む。


「察しのいい男は、嫌いじゃありません」


 この女軍人の声。公園で俺達を“保護”した軍人さんのようだが、思ったより若くて小柄だ。だが、その目つきは女性のものとは思えないほど鋭い。刺す様な視線をチクチクと感じる。


 殺気だの覇気だの、てんで感じることが出来ない朴訥と馬鹿にされる俺だが、そんな俺でもコイツはヤバいと感じさせる雰囲気を醸し出している。そりゃ相当な手練と思わざるを得ないってもんだ。


「あの、ここはどこなんでしょうか・・・」


 おどおどしながら巴ちゃんは女軍人に話しかける。相変わらず裾を掴んだままだが。


「機密事項につき、お答えすることは出来ません。今はね。早速ですが、私に着いてきて下さい。目的の場所まで少し歩きますので、その間にあなたが置かれている状況や開放の条件について簡単にお教えします。それと、お姉さん」


「はっ、ハイ!」


「素直についてきてくれれば危害を加えるつもりはないから安心してね」


 巴ちゃんは小さく頷く。もう借りてきた猫並に大人しくなっている巴ちゃんは普段の仕事ができハキハキとした威勢の良さは見る影も無かった。

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