4-2

 頭の痛みも大分引き、物を考える余裕が出てきたところで、俺は考える。男を取り押さえるべきかと思ったが、男は声も無く泣きながら地面に突っ伏している。まだ投げ飛ばされた痛みがあるのか、動かないままだ。あえて拘束とかしなくても大丈夫そうだな。


「さて、どうしたものかな」


 ポータルを見ながら、思案する。目の前に突然現れた異世界への入口。人によっては、狂喜乱舞するところだろう。だが、俺にはどうしても異世界の魅力が分からない。アレクの配信は楽しく見ていたし、むしろ面白がっていた口だが、それは手軽に非日常感が味わえ、ロマンを感じ、童心に帰れるからであって、現実に異世界に行きたいとは思わなかった。


「ねぇ、ぐんちゃん。私達も、異世界に行ったら幸せになれるのかな?」


 巴ちゃんは異世界のポータルを眺めながらポツリと呟いた。


「さぁ、どうだろう」


 異世界に行けば、俺もアレクの様に裕福で幸せな生活を送れるかもしれないし、送れないかもしれない。どっちの可能性もある。


「正直、私は異世界って魅力的だとは思うのね。だって異世界に行ってうまくいけば、今までみたいに辛い想いをしなくて良さそうだし、貧乏もしなさそうだもんね。でも、もしそうだとしても、私は異世界じゃなく、この世界でがんばっていきたいな。だって、この世界にはおやっさんや奥さんがいる。れん君やミユ、それにもうじき赤ちゃんにも会える。大事な人達を置いてくなんてできないよ」


 どこか哀しそうな表情をしている巴ちゃんになぜだが見蕩れてしまった。


 俺もこの世界が良い世界だとは思えない。そう思わされるほどの出来事は今まで嫌というほど経験したからだ。異世界を目指す若者の多くは現実に打ちひしがれ、絶望した者ばかりだ。普通に働いても生きることに事欠く現代社会にあって、異世界に夢を持つのは仕方ないとも思える。


 だが、俺は巴ちゃんの意見に賛成だ。逃げるのも一手だし、それを否定する気はない。ただ、俺もみんながいるこの世界を良くして、いつかみんなで幸せを噛み締められたらと願っている。だから俺はこの世界でがんばりたい。どれだけクソッタレな世界だとしても、この世界が俺達のホームだ。


「よし、巴ちゃん。このポータルを閉じよう」


「えっ、どうやって?」


「う〜ん・・・力づくで?」


 肉体労働者に出来るのは、筋肉に物を言わせた力ずくの方法ぐらいしか思いつかない。筋肉イズベストだ。


「見て、巴ちゃん。このポータルの周りに縁みたいな物がある。持てそうだから、両側から二人で押せば閉じれるかもしれないよ」


「えっ、マジで?」


「うん。ほら、手をかけられるし」


 俺はポータルの縁を握る。ほのかな暖かさを感じるだけで、痛みは無い。


「大丈夫?痛く無い?」


「うん。大丈夫」


 ポータルはしなりのあるちょっと暖かい金属みたいな感触だ。巴ちゃんも恐る恐る触るが、何ともない。


「よし、じゃあ両側から縁を押してみよう」


 俺達はポータルの両側に立ち、力づくで縁を押していく。


 音もなく、ポータルは湾曲していき、ポータルの穴が少しずつ狭まっていく。これならポータルを閉じられそうだ。


「よし、これならいけそうだ。巴ちゃん、せーのでいくよ」


「わかった。それじゃ、せーの・・・」


 突然の、奇声が響く。


「やめろよ!俺は行くぞ、異世界に!」


 さっきまで倒れ込んでいた男が起き上がり、猛然と体当たりをしてきた。不意を突かれたこともあるが、これが火事場の馬鹿力というやつか。俺はみっともなく弾き飛ばされてしまった。


「おい、やめろ!異世界が安全とは限らないだろ!戻れ!」


 男は俺を弾き飛ばした勢いそのままに、ポータルを潜り抜け、異世界に駆け込んだ。


「やった・・・、やったぞ!異世界だ!ついに、ついに来れた・・・」


 男は両腕を天に向かって振り上げ、号泣している。歓喜に包まれた彼はそのままさらに奥へ奥へと走っていき異世界へと踏み込んでいく。


 風切り音。


 男の歓喜の声は断末魔に変わった。何かが男の眉間や胴体を打ち抜き、体中から血が噴き出している。


「なっ・・・!」


 倒れ込んだ男の周囲に人影が現れる。どうやら小麦畑に伏せ身を隠していたようだ。鎧姿、手にはボウガンや剣を持っている。一人、また一人と姿を表し、彼らは仕留めた男に近づいていく。彼らは異世界人か。だが、この状況ではどうあがいても友好的には見えない。


「なんて事・・・、殺されたの?」


「どうやら、そうらしい。・・・まずいぞ、奴らがこっちに来る!」


 ポータルの縁に隠れていた俺達に気づいた異世界人が、声をあげ仲間を呼ぶ仕草をしている。あれよあれよという間に、鎧の男達が集まり、大挙してポータルに向かってくる。ボウガンを構え、剣を抜き、分からない言葉を叫びながら一心不乱にポータルへと駆けてくる。


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