4-1:ポータル出現

 時間が経つのを忘れ、星空を眺めていると、突然眩しい光が射した。


「うぉ、なんだ?」


 バチバチと雷の様なつんざく爆音と、閃光で目がチカチカする。前後不覚に陥るほどのまぶしい光だったが、次第に光も音も弱まり、どこか懐かしい匂いと共に暖かい風が流れてきた。 


「ねぇ、何・・・あれ」


 音と光で巴ちゃんも起きたようだが、酔いが一瞬でさめるほどの衝撃を受けている。


 俺達は光の先を凝視し、言葉を失っていた。


 丘だ。


 丘が見える。


 小金色の美しい丘陵が光の輪の中に映し出されている。これは麦畑か?水車小屋の様な物も見える。


「何これ・・・。なんなのこの風景・・・」


「さぁ、わからない」


 美しい景色だ。その景色は光の輪の中に映し出されているわけだが、その大きさは人が何人か同時に通れるほどの大きさだった。


「これって、まさか・・・ポータルってやつかな?」


「分からない。でも・・・」


 おれはアレクの配信まとめサイトの内容を思い出す。確か、異世界への渡り方の一つに、異世界への入口となるポータルを探す、というものがあった気がする。異世界転移の方法としては手堅く安全性も比較的高いと評価されている方法だ。だが、そもそもポータルの出現場所や出現時間の特定が極めて難しいというか不可能なので、推奨されていない方法だったはずだ。曰く、徳川の埋蔵金を探すより難しいと。


 もし、これがポータルなら、俺達はとんでもない幸運を手にしているのではないか。


 呆然と立ち尽くしていると、突然、激しい衝撃が後頭部に走った。


 何が起こったか分からない。殴られたのか、俺は。巴ちゃんの悲鳴が公園にに響く。


 更に、二撃、三撃とさらに体の背面に衝撃が走り、俺はよろける。後ろを見ると、そこには震えながら警棒を持った男が立っていた。どうやら俺はコイツに警棒でめった打ちにされたらしい。


「よせよ。痛いじゃないか」


 鈍痛が後頭部に走り、頭を抑える。


 触ると暖かい液体の感覚がする。手を見ると真っ赤な血がべっとりと付いていた。

 俺は男を睨みつける。


「このポータルは俺のものだ・・・俺のものなんだよ!」


 そう叫ぶこの男は気が狂れたかのように、男は警棒をぶんぶんと振り回しながらさらに攻撃してきた。俺は格闘技の心得はないが、日々の肉体労働で鍛えたこの体がある。この男は俺より小柄なのが幸いしたな。これなら力ずくでなんとか押さえ込める。


 俺はなりふり構わぬ男の攻撃を体で受けながら掴み掛かり、投げても安全そうな砂場に力任せに投げ飛ばす。


 男は、砂場に叩き付けられた瞬間、奇声を発したものの、その後は痛みに悶えのたうち回っている。あれだけのたうち回れるのなら、怪我は大丈夫そうだな。


「ぐんちゃん!大丈夫!?」


「大丈夫。ちょっと痛かったけど」

 ちょっとで済むわけないでしょとブツブツ言いながら巴ちゃんは、ハンカチを傷口に当ててくれる。


「このリア充が、目障りなんだよ」


 息も絶え絶えの男が、これ以上ないほどの憎らしさを込めて俺達に罵声を浴びせる。


「やっと、見つけたんだ。こんなクソッタレな世界から逃げるための手段を。お前らなんかに渡してたまるかよ!リア充風情が異世界に行ってもっといい思いしようってか、あぁあ!ふざけんじゃねぇよ!お前らにはみたいな奴が行くべき世界じゃないんだよ。俺みたいな救済されるべき人間が異世界へ行くべきなんだ!分かったらお前らさっさと失せろ!」


 傷口にハンカチを当てている巴ちゃんの手がワナワナと震えている。ちらっと表情を見るに、相当お怒りのようだ。


「ふざけんじゃないわよ。あんた!」


 ヒイッ、と男は萎縮する。俺もつられて萎縮する。この巴ちゃんの声の調子は、ガチギレした時の声だ。奥さんゆずりの迫力ある声に思わず俺も背筋が伸びてしまう。

「あんたがどれだけ辛くてもね、こうやって人の頭を殴りつけていい道理があるわけないでしょ!あんただけ辛い思いしてるなんて思い上がるんじゃないわよ!」


 もの凄い剣幕だ。俺なら半ベソかいて謝るしかできないだろう勢いで男をまくしたてるが、男も相当興奮している。猛然と言い返えしはじめた。


「俺はもうこんな世界コリゴリなんだよ!ブラック企業で毎日毎日働かされて、給料も少なければ、遊ぶ時間もない!そんな生活の辛さがお前に分かるか!俺は奴隷じゃないんだ!人間なんだ!」


「知るか、そんなもん!言い逃れするな!」


「うるせぇ!異世界に行けば、俺にだってチャンスがあるんだ!お前だってアレクや他の異世界に行った連中を見たことあるだろ!異世界には夢があるんだよ!幸せが待ってるんだよ!俺が幸せになる権利を奪うな!」


 途中から男は泣きじゃくりながら絶叫に近い声で心情を吐露する。


「このアホンダラ!根性たたき直してやる!」


 巴ちゃんは増々激昂し、倒れ込んでいる男に詰め寄ろうとする。慌てて今度は巴ちゃんの肩を掴み、なんとか抑え込むが、もはや男と巴ちゃんのやり取りは支離滅裂で感情をぶつけあうだけの罵り合いと化していた。


 俺は大きな溜め息をつく。俺達の世界ってこんなに救いがないのか。そんな考えが頭をよぎった。確かに、俺達が生きている世界には希望を感じることはできないだろう。そんなの、身に染みて感じている。ずっと経験してきたわけだし。


 俺や巴ちゃんは、本当に幸福だったんだと、この泣き喚く男を見て悟った。おやっさんは、俺達をほんとに大切にしてくれていたんだなぁ。


 俺は激昂する巴ちゃんの頭にポンと手を置く。


 ハッと我に帰った巴ちゃんは小さくごめんなさいと呟くと、もうそれ以上何も言わなかった。


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