第3話 #魔女集会で会いましょう

「あの、店長これは――」

「これは私からの賄いだよ。お客さんもほどんど帰ってしまわれたし、ついでに彼女と一緒にここで食べていくといいよ」

「いいんですか?」

「これぐらいで遠慮しなくてもいいさ。それじゃあ行ってらっしゃい」


 という優しげな言葉に送り出され真由子は一度深く礼をすると、二人分の昼食を持って慣れない言葉をはにかんで口にした。

 行ってきますなんて言葉、久しぶりに口にした。

 そうして神無の待つ奥のテーブル席に向かえば、スマートフォンに視線を落としていた彼女が唐突に真由子に向かってかみついてきた。


「遅い!! お客様をいつまで待たせる気だねキミィ」

「まだ十分も経過してないでしょうが。はいこれ、頼まれてたサンドイッチとカプチーノ。食後のデザートは店長手作りのショートケーキになりますっと」

「うぉおお待ってました。ああ、うまーい。あたしゃこのために生きていたと言ってもいいくらいだよ」

「おおげさ。でもまぁわかる気がするけどね」


 呆れ半分嬉しさ半分の調子で、真由子も同じようにサンドイッチの口にすれば幸せな気持ちが真由子の胸の内側から溢れ出てきた。


 店長のタマゴサンドは絶品だ。

 ふわふっわのとろけるようなタマゴにマヨネーズソースが絡んで本当によく合う。

 テレビ番組でもシンプルな料理ほど料理人の力量が出やすいと言っていたが、あながち間違いではないだろう。真由子が同じものを作ろうとしてもこうもおいしくできる自信はない。


「それでいきなりショッピングなんて急だったけど。目ぼしいサイトでも見つけた? 珍しくスマホに集中してたみたいだけど」

「うん? ああ、違う違う。久しぶりの休暇だからねわが友真由子ちゃんとのデートプランの行き先はちゃんと決めてるよ。久しぶりにこれ見てたのさこれ」


 そう言って神無が食べかけのサンドイッチを置き、突き出すようにスマホを見せてくればそこには懐かしのハッシュタグがタイムラインをにぎわせていた。


「五、六年前にもこのワードがタイムラインをにぎわせてたけどまた復活したんだ、その話題。偏屈なもの好きもいるもんだね」

「そそ、数年前に突如として現れた無名の幽霊アカウント。紡ぎ出される数々の物語の内容が次々と発生する未解決事件と酷似してて、犯罪に関連しているんじゃないかって一時に噂になったよね。物語がさらなる悲劇を生み、そして突如としてブームが去った――かに思えた」

「神無ってホントそう言う心霊関係好きだよね」

「だってなんだか謎めいてて面白いじゃん」


 呆れ気味に肩をすくめてやれば身を乗り出す神無の瞳がきらきらと期待に満ち始めた。

 確かにあの話題のことなら真由子もよく知っている。


 あれは確か、突如タイムラインに投稿された一枚のイラストが全ての始まりだった。

 素人が落書きしたようなデザイン。誰でも書けるような一枚の物語が、人々の感性を刺激し、まるで伝染病のように瞬く間に人々の心に興味の色を蔓延させるのにそう時間はかからなかった。

 一瞬でRTといいねが繰り返され、拡散される物語は人から人に移り住み、さらなる物語として異様な魔力を帯び、人々の関心を引き立てた。


 今ではどうしてそこまでブームになったのかわからない社会現象だが、それが時折発生する数々の未解決事件と類似点が結びつくようになれば話が変わってくる。


 疑惑が疑惑を生み、ニュースに取り上げられるようになれば、もはや炎上待ったなしだ。

 さながら中世の魔女狩りのようにタイムライン上で犯人探しが始まったときは、中学生ながら真由子も驚いたものだ。


 まぁそれもこんな奇妙な題材なら仕方ないのかもしれない。


「魔女集会で会いましょう、ねぇ」


 真由子にはそれが、さながら同じ穴の狢を求めているかのような、そんな題材に思えて仕方がなかった。


※※※


 そうして神無と例のTwitterの話題で盛り上がっていると、気づけば壁に立掛けられた古びた手巻き時計が午後の一時を過ぎようとしていた。

 慌てふためく友人とはそこで自然と会話が途切れ、急いで会計を済ませて店を出た頃には午後の一時を過ぎていた。

 富士見ヶ丘高校から続く市バスに揺られて約二十分。なじみ深い笹塚駅で降りるとさらに四分かけて電車に揺られ、真由子と神無は新宿駅に到着した。


 そして、ただいまの時刻は午後三時。

 平日にもかかわらず賑わう駅前は人ごみでごった返し、自然と調教された列は乱れることなく規則的に前へと進んでいく。

 熱気と冷房が混じる新宿駅前ショッピングセンター。

 なかには慣れない都会に右往左往するビギナーたちが列を乱して、スマホに目を落とすのはもはや風物詩と言ってもいいだろう。


「いやー買った買った大満足。やっぱ買い物はこうでなくっちゃねぇ」

「買いすぎ。さっきから着せ替え人形ばっかさせられてほんっとつかれた」


 隣から上がる真由子の恨み言もなんのその。

 ベンチに腰を下ろし、タピオカミルクティーを片手に満足げな笑みを浮かべる神無はさながら凱旋帰りの戦士のようだ。

 彼女の足元には学生の範囲内で吟味し、選び抜いた戦利品はがしっかりと鎮座していおり、それは真由子の足元も同様であった。


「やっぱり都会はいいねぇ。おいしいものから綺麗なものまでたくさんある。こっちに引っ越してきてほんとうによかったー」

「いったい何年前の話してるのよまったく。それで欲しいものは買えたの?」

「も―ばっちりおかげさまでね。新作のタピオカミルクティーも飲めて超ハッピーって感じ」


 そう言って丈の短いスカートにも拘らず豪快に足を開く友人をたしなめつつ、露店で買ったタピオカジュースでのどを潤せば、いつもは甘ったるく感じる流行がいまは酷くありがたく感じた。


「もう、新宿に着くなりはしゃぎすぎ。もうちょっとこっちのペース考えてよ。こっちは体力無限じゃないんだからね」

「あははーごめんごめん。引きこもりの真由子にはちょーっとつらかったかな? でもしょうがないでしょ、おめかしする真由子可愛くって仕方がなかったんだもん」

「そんな言い訳通用しません。神無はわたしの彼氏か」


 新宿駅に到着するなり暴走する親友に振り回され、ショッピングから映画鑑賞など充実した休日を謳歌していけば、さすがの真由子も限界だ。

 元々運動部の神無と比べること自体が無謀なのだが、一応こちらも現役女子高生なのでオシャレに関しては少ない女子力を発揮せざる負えない。


「久々の休みなのに。疲れ残っても知らないんだからね、ほんとに」

「大丈夫だって。いやーしかし、ここ最近ずっと部活動に集中してたからこういう息抜きはほんと助かるよ。まっ、そう言っても明日も練習地獄なんだけどね」


 タピオカミルクティーを飲みつつ、おっさんよろしく小さく息をつく神無。

 そう言いつつも、その表情は全然いやそうじゃない。

 どんな辛いことでも楽しんでやってしまうのが神無の良いところだ。口ではブーブー文句を言いつつも、結局は最後までやり切ってしまう。


 途中であきらめて、自己嫌悪に陥る真由子とはえらい違いだ。


 だからこそ――、今日の神無はどこかおかしいと思ったのかもしれない。

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