居住スペース

ひめには分かっていた。自分が今、辿り着こうとして氷窟を掘り進めている<人工的な空間>がどのようなものかが。近付いたことで掘り進める際に発生する振動の反響がより鮮明になり、その大まかな構造まで分かってしまったのだ。


『おそらく、居住スペースですね。大きさとしては約三十平方メートル。少人数が暮らす為のものでしょう。生活用品の類が存在している可能性があります』


そう考えていた。それを確認する為に掘り進んだ。


そしてついに、そこに達したのだった。


バールの先が非常に堅牢なものに当たるのが分かる。彼女が手にしていたバールでは恐らく歯が立たないほどのものだ。そこで彼女は、壁らしきそれに沿って氷窟を広げ始めた。すると、継ぎ目らしきものが見えた。それを完全に露出させると、同じような継ぎ目を上下左右全て露出させた。その為に排出した凍土でこれまで掘り進んできた氷窟の殆どが埋め尽くされてしまったが、まずは構造を確認するのが先決である。


氷窟が狭くなり空気の循環が悪くなっても、ロボットであるひめには関係ないからできることだった。


継ぎ目を露出させると、今度はその隙間にバールの先を押し込み、てこの原理でグイっとこじった。その瞬間、継ぎ目が広がり、がたんと壁が倒れてきた。壁を構成していたパネルの一つが外れたのだ。


それは、氷の圧力に抗する為に非常に堅牢に作られたものではあったが、同時に工期を短縮する為にただ凍土内に造られた空間に立てかけるように置かれ、それを内部のフレーム構造によって支えているだけで完全に固定されているものではなかったのだった。だから外側に向かって力を加えると簡単に外れてしまうのだ。


他には、超振動ナイフなどでなら容易く切れたのだが、別の氷窟を担当している圭児けいじに超振動ナイフを借り受けるにも申し訳ないので、敢えてこうしたのだった。


パネルが外れると、その内側にある断熱材を兼ねた内壁が現れたが、それはバールでも簡単に突き崩すことができた。そして、中の空間が明らかになる。


そこは、バスルームだった。ちょうど洗い場の壁になっていた部分のパネルを外した形だった。内部には灯りはなかったが、僅かな光でも昼のように見ることのできるひめのカメラには何の問題もなかった。仮設の照明から届く光だけでも十分だったのである。


バスルームに入り、ドアを開けると、そこは当然のように脱衣所だった。長らく放置されていたのだろう、人の気配がまったくない寒々しいところではあったが、確かにかつて人の暮らしがあったことが窺われたのであった。


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