温度

重蔵じゅうぞうはその<女性のようにも見えるもの>に躊躇うことなく近付き、手を伸ばし、触れてみた。万が一のことがあっても自分はもう十分に生き、既に最後の砕氷さいひ見習いも一人前となり、もう思い残すことはないから自分を使う。だから最初に入り、それに触れた。


「温かい…?」


分厚い手袋越しにでも温かみを感じるほどそれは温かかった。触れた手袋だけではない。マスクの隙間から微かに覗く目の周囲に僅かに残った正常な皮膚にも温度を感じるほどに。


『何だこれは…? これがメイトなのか…?』


重蔵もかつてメイトを見たことがあったが、それは壊れているらしく動くことがなかった。またこのように熱も発していなかった。だから印象がかなり異なるのだ。


『こいつが熱を出しているからこの部屋は暖かいのか…?』


腕に付けられた温度計を確認すると、氷点下四度となっていた。浅葱あさぎが入った時よりは僅かに下がっているのは、空いた穴から冷気が浸入しているからかもしれない。しかしそれでもこの温度を維持しているというのは、メイトと思しき<これ>が熱を発しているからだろう。


広げられた穴からは、浅葱あさぎ圭児けいじ遥座ようざ開螺あくらが息を呑んで見守っていた。


そしてその瞬間、まったく何の前触れもなくメイトの目が開き、正面にいる重蔵を見詰めた。


「!?」


ざわっとした緊張が五人の体に奔り抜ける。


「動くのか…!?」


思わず声を発した重蔵に、<それ>は話し掛けるように声を発した。


「バッテリー残量が三パーセントを切りました。これ以上の室温維持は困難です。スリープモードに移行します。再起動には充電が必要となります」


それだけを淡々と告げて、その<女性のようにも見えるもの>は再び目を瞑ってしまった。しかも、温度が急速に下がっていくのが分かる。


「ヒーター代わりをしていたのか、こいつ…」


そのことに気付いた瞬間、重蔵は察していた。こいつは人間の気配を感知し、部屋を暖める為に自らヒーターの代わりをし、そうして暖められた部屋により周囲の凍土の温度も上がり、緩んだのだと。浅葱あさぎはそれを察したのだ。


腕の温度計に目をやると、見る見る温度が下がっていくのが分かった。まもなくここも氷窟と大差ない温度にまで下がるだろう。しかしそれは砕氷さいひにとってはむしろ馴染んだ環境だ。暖かすぎては何が起こるのか予測がつきにくくなりリスクも上がる。


そうして五人は、安心して<それ>を引き上げる作業へと移れたのだった。


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