第56話 電脳戦

 <戒壇院>

 太宰府市の都府楼跡の程近く、観世音寺に隣接するその寺院は、出家者が正式な僧となるための戒律を授けるために設けられた施設だ。

 かつては<西戒壇>と称され、奈良の東大寺(中央階段)、栃木の下薬師寺(東戒壇)とともに、<天下の三戒壇>と並び称される。

 国の重要文化財にも指定されている本尊の毘盧舎那仏ビルシャナブツ像の手の形は、珍しい事にお釈迦様が説法する際にとる<説教印>を結んでいる。


 翔たちは、谷本達と別れると、戒壇院の山門をくぐり境内に入った。

 山門から本堂まで石畳が伸びているが、その中央に石の壇が置かれている。

「あれはなんだ?」

「あれが、その戒壇だよ、おじさん。」

「ホウ、コレガ。」


 三人は物珍しげに戒壇院を見物していたが、備え付けのパンフレットを眺めていた半次郎がの興味を引く物があったのか

「あっちの観世音寺に鐘楼があるじゃないか!」

 と、目を輝かせて小走りに離れていく。


 ノートパソコンで戒壇院の歴史を調べていたレオナルドが、周囲を見回しながら感慨深げに呟いた。

「レキシが深いナ。」


 そう、太宰府は歴史の街だ。


 かつて、様々な人たちが様々な思いを抱えて生活し、それは盛衰を繰り返しながら現在に続いている。

 神社や寺は、ただそこに在りながらその思いを見守っているのだ。


(深い歴史か…。)


 今回崇継を襲っている事件や、翔自身の忍者の家系を思うと、改めてその重みを感じざるを得ない。


(断ち切るべきなのか、継承すべきなのか…。)


 どこかで断ち切っていれば、崇継の父親が殺されるような事もなかっただろうが、どこかで断ち切っていれば、それを自分が忍術を使って助ける事もできなかった。

 思考の迷路に入りかけた翔を、レオナルドが現実に引き戻す。


「ナンダ、アレ?」

 見ると、南の空に黒い小さな影が10個程浮かんでいる。


「なんだろう?カラスかな?」

 その影が段々と大きくなってくる。


「イヤ…ドローンダ。」

「ドローン? 撮影用か?」

 虫の羽音の様な耳障りな音も大きくなってくる。


「ソレなら1台で充分ダ。」

「つまり、敵って事か?」

「アァ、クグツ使いダ。」


 レオナルドの言葉を遮るように、軽機関銃の乾いた音が周囲に響き渡る。

 鈍く光る銃弾が翔たちの頭上を掠め、歴史ある戒壇を削り取っていく。


「逃げろ!」

 翔とレオナルドは、銃弾の嵐をかいくぐるように本堂の裏に回り込んで中に身を隠した。


「隠れてやり過ごせると思うか?」

「イヤ、熱源探知カモシレナイ。」


 その間にも続く銃撃で、木造の本堂の薄い壁はハチの巣を通り越して、もはや壁の用を成していない。

 毘盧舎那仏像の影に隠れて難を逃れているが、背面の光背は端から削り取られ見る影もなくなっている。


 レオナルドはレシーバーで半次郎と連絡を取っている。

『ソッチは?』

『こっちにも黒いのが一台居るぞ、鐘楼の中に入ってやり過ごしてる。』


「よかった、おじさんは無事なようだな。」

「アァ、シカモ隠れてブジなら、アイテはカメラ映像で探知シテルかもシレナイ。」

「じゃあ、煙玉を。」

「モウ遅い、大まかな位置ハ掴まれテル。」

「じゃ、どうすんだよ。」


 レオナルドは、目線を一瞬上に上げて考える素振りをすると、ニヤリと笑った。

「翔、頼みがある。」


 **********

 黒木義明は、ガランとした空間でモニター上の映像を確認しながらコントローラーをクリックしていた。

 二手に分かれた片方の男は見失ってしまったが、残りの二人は本堂の中だ。

 このままドローンの下部に付いた機関銃で撃ち続けて燻り出してもいいし、小型ミサイルを搭載したドローンで一撃お見舞いしてもいい。


 黒木の趣味としては、前者だ。

 燻り出した獲物が逃げ回る所を、遠隔操作の射撃で仕留める<>こそが黒木の趣味だった。


「左から一斉射して、右に出した所をズドンだな。」

 黒木が、本堂の右に一台残して残りのドローンを左に移動させていると、予想外の事が起こった。

 服部翔が本堂の右側から飛び出して、ドローンに手を向けたと思うと、映像が向きを変え地面がグングン近づいてくる。

 近づいてくる服部翔の姿を捉えた所でドローンからの映像は途切れた。

 **********


「おい、1台取って来たぞ!」

 翔は戦利品をレオナルドに投げる。

「サスガ!」

「たまたまだ、1台だけ残して残りは反対に回ってるぞ。」

「デキルだけ急ぐガ、イザって時は梅花でボウギョしてクレ。」


「分かったが、何するんだ?」

「映像にウイルスを仕込む。」

 そう言ってノートパソコンに向かうと同時に、本堂の左側から機関銃の一斉射が始まる。


「飛梅!」

 仏像の影に隠れてはいるが、貫通してくる銃弾も増えている。

 一発防ぐ度に音を立てて消えて行く梅の花弁も、もはや風前の灯だ。


「おい、まだか!」

「もう少し!」

「もう持たないぞ!」

「デキタ!」

「やれ!」


 **********

 黒木義明が見ている十分割されたモニターに、一台分だけ映像が途切れている個所がある。

 残りの九台が目の前の建物をハチの巣にしている映像を映していると、突然残りの一台の映像が復活した。

 思わずその一台のコントローラーをクリックして、すぐに顔をしかめる。


「トラップか。」

 すぐにコードの制御画面を呼び出すと、既に二割近くが書き換えられている。


「舐めやがって!」

 すぐさまキーを叩き防戦に入る。

 **********


「やるもんだな。」

 銃撃が休止したのを確認し、レオナルドに話しかける。


「いや、まだだ。」

 レオナルドが見つめる画面には、何やら良く分からないコードが物凄い勢いで赤字に書き換わっている。


「それが全部赤になればいいのか?」

 翔はよく分かっていないながらも聞いてみた。


「ソウダが、クグツ使いモなかなかヤル。」

 画面を見るとものすごい勢いで逆側から青字の波に押し戻されているが、レオナルドは別な画面を開いて何やらキーを叩いている。

「おい?」

 心配そうに見ていたが、ついに全て青字に呑み込まれてしまった。


「どうなったんだ?」

「ウイルスは駆除された。」

「まずいだろ!逃げろ!」

「マテ!」


 慌てる翔を制すると、半次郎に呼びかける。

『例の煙玉は持ってるか?』

『あぁ、持ってるぞ。』

『クグツ使いは宝物館に居ル、ヤレルカ?』

『あの大きさなら大丈夫だ、任せろ!』


「何する気だ?」

 心配げに尋ねる翔にレオナルドがウインクを返す。


「ジャミング。」


 遠くから僅かな爆発音が聞こえると、壁に空いた穴から覗くと、隣接する観世音寺の宝物館が煙に包まれていた。

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