第三部 ー暁闇皇国編ー
第47話 逆襲の咆哮
2019年(平成31年)4月25日
~東京・雑司ヶ谷~
<法明寺>の参道脇の植え込みの中、頭を突っ込んだ一匹の猫が、薄汚れたベージュの革が巻きつけられた長さ15cm位の棒の様なものに、気持ちよさげに頭を擦り付けている。
三十分前。
いつも薫と並んで座って、他愛もない話をしていたこの参道に、翔が姿を現した。
いつも薫が座っていた特等席の後ろの植え込みに、薫のサバイバルナイフを根元まで突き立てて、簡易な墓標代わりとする。
(こんなんでごめんな、帰ってきたらちゃんとしたの作るから。)
心の中で詫びて軽く手を合わせていると、いつものように猫がやって来る。
薫の匂いを覚えていたのか、墓標に頭を擦り付けている。
「お前ともしばらくお別れだ、俺がいない間お墓の番を頼んだぞ!」
背中を撫でながら話しかけると、短く鳴いて返事をする。
翔は笑顔を浮かべて、猫の頭を2回ポンポンと軽く叩くと、参道を後にした。
<服部茶房>に戻ると、菜々と紗織が朝食の配膳をしている所だった。
「よし、みんな! しっかり食えよ! しばらくはロクなもの食えないからな!」
「おじさん、ウチにもちゃんと台所ぐらいあるよ!」
「本当か?どうせカップラーメンばっかりだったんじゃないのか?」
半分は当たりだ。
毎食ではなかったが、ダニエルのラーメンは主食と言ってもいい。
「ショウの準備ハ済んだノカ?」
「あぁ。」
軽く笑顔で返すと、ウインナーを摘まんで口に放り入れる。
「あっ!翔さんダメですよ、お行儀悪い!」
目ざとく見つけた紗織に叱りつけられた。
お爺さんの事があってから、紗織は目に見えて自覚が出て来たようだ、或いは知佐の分までという思いもあるのだろう。
「今度見つけたら一週間朝食抜きですからね!」
紗織なりに知佐の代わりを務めようと頑張っているのが分かる。
「まぁ、紗織ちゃん厳しいのね~、その調子で男性陣を見張っておいてね。」
菜々はサバの塩焼きをひっくり返しながら、上機嫌だ。
テーブルの上には、ご飯と味噌汁の他、ベーコンエッグにウインナーにサラダと海苔に明太子まで用意してある。
最後にサバの塩焼きで、朝食にしては豪勢な食卓が完成した。
「いただきまーす。」
皆が、旺盛な食欲を思い思いに満たしていると、菜々がポツリと呟く。
「やっぱり早耶香ちゃんが居ないと、ちょっと寂しいわね。」
「ソウダナ、居るとウルサイけど、居ないとサビシイナ。」
レオナルドまでが妙な事を言い出す。
「翔はどこ行ったか知らないのか?」
「いや、俺にもどこ行ったか分からないんだ。」
谷本は、知佐やダニエルと同じ江東臨海病院に入院していたが、2日前いつものように見舞いに行くと、忽然と姿を消していた。
(ちゃんとお礼を言いたかったんだけど…。)
翔は耳に纏わりつく関西弁を少しだけ好きになっていた。
(それに協力してくれるなら戦力になる…。)
翔たちは、今日東京を出て福岡に入る予定だ。
5日前。
南光院記念病院で、当時の影の今上天皇から(降天菊花)の隠し場所のヒントを得た翔たちは、すぐさま<服部茶房>に戻ると、レオナルド達に報告した。
準備が整ったらすぐにでも、崇継と知佐を連れてレオナルドと共に福岡に戻る予定だと告げると、半次郎と菜々がそれに反対する。
「おいおい、冗談だろ、そんな危険な所にまた紗織ちゃんを連れて行く気か?」
「そうよ、そうよ!」
「これは紗織ちゃん本人の意志なんだよ、おじさん。」
「本人の意志って言ってもまだ子どもだ、知佐さんの敵討ちがしたいのかも知らんが、それは子どものやる事じゃない。」
「そうよ、そうよ!」
「違うんです、半次郎さん、菜々さん!」
紗織が口論に割って入る。
「お兄ちゃんはお爺さんから大事なものを引き継ごうとしてる、私はそんなお兄ちゃんを助けたいの!」
「紗織ちゃん!」
菜々はワナワナと震えながら、拳を握りしめて紗織を見ている。
負けじと菜々を睨む紗織は、意外と負けず嫌いだ。
ガバッ!
菜々が紗織を抱きしめ、半次郎もその二人を抱きかかえる。
「???」
抱きしめられた紗織は、苦しそうに目をパチクリさせている。
「なんて健気なの…、大丈夫よ、紗織ちゃんは私が守るわ!」
「そうとも、絶対に(降天菊花)を取り返すぞ!」
半次郎と菜々は正義感の塊だ、しかも、紗織には人を動かす不思議な魅力がある。
完全に自分達も福岡まで付いてくる気になっている。
「ちょ、ちょっと、おじさん、店はどうするの?」
「そんなもの、どうとでもなるわ!」
「そうだ、そうだ! どうとでもなる、止めるなよ、俺たちはチームだ! 全員で戦うんだ。」
「半次郎さん、菜々さん、ありがとうございますっ!」
「ソウと決まれば、準備したいモノがある。ヤミクモに動いてもシカタナイ。」
レオナルドはそう言うと、ウニモグ改造計画に移った。
それに影の今上天皇の崩御、崇継の即位が重なり、略式ではあるが、それぞれの儀礼を執り行ったりしているうちに5日が経った。
そして今日、再び福岡の地へ戻る。
六人は車の前で円陣を組むと、右手を前に出して重ね合わせる。
半次郎に目で促され、翔が発声をした。
「行くぞ!」
「おう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます