第45話 呼ぶ声

 2019年(平成31年)4月20日

 ~東京・雑司ヶ谷~


「翔くん、帰ってこなかったわね。」

 菜々が心配を口にしながら、濃い煎茶を淹れる。


「スコシ、様子が変ダッタ、ヒエダ神社でナニカあったのカ?」

 レオナルドが崇継に問いかける。


「あったと言えば色々あったんですけど…。」


 言い淀む崇継に、半次郎が優しく言葉を掛ける。

「ゆっくりでいいんだ、最初から話してくれ。」


「僕たちが会いに行った宮司は、既に南光院典明にさらわれて居ませんでした。」

「クソッ。」

「その代わり、咲山という風魔の忍者が待ち構えていたんです。」


「で?」

「翔さんが倒しました、その…忍術が戻ったんです。」


「ほんとか!」

「よかったじゃない!」

 半次郎と菜々が目を見合わせて頷き合う。


「えぇ、それで咲山から情報を聞き出していたら、突然咲山が撃たれたんです。」

「ダレに?」

「蜂谷攻と名乗っていました。」

…確かコウガの生き残りダ。」


「えぇ、それで翔さんと戦いになったんですけど、その最中に『』がどうとかって話になって、明らかに動揺していました。」

「カオル? か、ソッチもコウガの生き残りダ。」

「それから何か心ここにあらずって感じで…。」


「ちょっと待って、って、確か知佐さんをあんな目に合わせた敵の忍者じゃない、早耶香ちゃんが言ってたわ。」

「おいおい、もしかしたらその蜂谷薫が解毒剤を持ってるかもしれないぞ。」

「そうよ、きっとそうよ!」


 半次郎と菜々が希望的観測に浮かれていると、<服部茶房>の玄関のドアが開いた。

 皆が一斉に玄関の方を見ると、翔が女の人を抱えて立っている。


「お、おい、翔、どうしたんだ? その人は?」

「埋めてやりたいんだ。」


「埋めるって、その人死んでるのか?」

 翔は無言で頷く。


「分かった、とりあえず安置できる場所を当たってみるが、誰なんだ?」

 半次郎が受話器を取りながら尋ねる。


だ。」


 半次郎の手から受話器が落ちた。

 突然の事態に全員言葉を失っている。


って…、その人敵の忍者よ!」

 菜々がやっとの事で声を出す。


「敵じゃない!」

「でも、知佐さんはその人に…。」


「知ってる!だから殺そうとした!でも…。」


 翔は薫を抱えたまま力なくうずくまる。


「でも…死んだんだ、自分で。」


「何があったの?」

 問いかける菜々を半次郎が手で制す。


「今はそっとしとこう。」

 菜々はうずくまる翔をしばらく眺めていたが、納得したように頷いた。


「翔、床は冷たい、とりあえず、下のベッドに寝かせてこい。」


 翔は無言のまま立ち上がり、地下へ降りて行った。

 自分の簡易ベッドに寝かせて、冷たくなった体に毛布を掛けてやる。

 微笑みが張り付けたその顔は、死んだのが信じられない位、綺麗だった。

 胸の上に組ませた手をキュッと握ると、優しい笑顔を向ける。

「俺、もう行くよ。」



**********


イートンコーナーでは、半次郎たちが、この先の事について話していた。


「驚いたナ。」

「何があったのかしら?」

「それよりも、知佐さんだ、蜂谷薫が最後の望みだったのに。」

「僕、ちょっと考えていたんですけど…。」

 崇継がためらいがちに輪に入る。


「なに?」

 菜々が続きを促した。


「(降天菊花)の事です。」

「崇継君、確かに元々はそれを手に入れるために動いていたが、今は怪我人が優先だ。」

「いえ、そうじゃなくて、(降天菊花)がの役に立たないかと思って。」

に?」

「ドウいう事ダ? 聞かせてクレ。」


「昔、お爺さんに聞いたことがあるんです、『(降天菊花)に認められた者はとなる』って。」

「全知の者…。」

「もしかしたら毒を無効化する知識もあるんじゃないかって…。」

「その話が本当なら可能性が無いとは言えないけど…。」

 半次郎は気乗りしないようだ。


「でも、もう他に可能性ないじゃない。」

「それはそうなんだけど、どうやって探す? 手掛かりは連れ去られて、蜘蛛の糸はプッツリだ。」

 四人が煮詰まっている所に、翔が上って来た。


「翔くん、今お茶淹れるから、座って。」

 菜々に促されて腰を落ち着ける。


「紗織ちゃんは?」

「上でまだ眠ってます。」

「当然よ、昨日は大変だったもの。」


 そう言いながら菜々が出してくれたお茶は、熱めのほうじ茶だった。

 それを一口に飲むと、喉を焦がすような熱い奔流が眠っていた心を起こしてくれるような気がする。


「ダニーと谷本の具合はどうなの?」

「ダニエル君は回復に向かってるが、2週間はベッドの上だろうな。」

「早耶香ちゃんは傷だらけで衰弱してるけど、栄養取って安静にしてれば2~3日で退院できるって、あの子、見た目に寄らず頑丈ね。」


 菜々の目に谷本がどう映ってるのか疑問だったが、翔は先を続ける。


「で、知佐の方は?」

「その事なんだが、さっき崇継君とも話したんだけど…、おい、崇継君?どうした?」

 さっきまで元気だった、崇継が頭を抱えて苦しそうにしている。

「崇継くん、どうしたの?横になる?」


「待ってくれ、だ。」

 翔が菜々を手で制す。


「なに?」

「超霊感、話してなかったっけ?」

「聞いてないぞ、なんだそれ?」

 半次郎と菜々は翔に説明を促す。


「南朝の血統には数世代に一人の割合で発現するらしい、身に迫る危険だったり、その解決策だったりが、不意に映像で浮かんでくるらしいんだ。」


「おいおい、そんな能力があるのか?」

「半次郎さん、そんな力があるのなら、さっきの話も…。」

 菜々が小声で半次郎に囁きかける。

「あぁ、俄然希望が湧いて来た。」

「さっき言いかけた話?」

「そうだ、実はな。」


 言いかけた所で崇継が青い顔を上げる。


「タカ、何が見えた?」


「…が…。」

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