プリンス『イマンシペイション』

 プリンスの名前を初めて目にしたのもやはり村上春樹の『海辺のカフカ』だが、プリンスを本格的に聴き始めた時期はレディオヘッドより少し前だった気がする。何がきっかけだったかは覚えていないのだが。

 プリンスの音楽はR&Bとロックやポップのミクスチャであり、一言でカテゴライズするのが難しい。しかもアルバムによって作風が結構がらっと変わるので、代表作を一枚選ぶことも難しい。ちなみに『海辺のカフカ』に登場したのはベスト盤だ。おまけに曲中に露骨に性的な表現が頻出したり、アルバムのジャケットに自分の全裸の写真を使ったり、一時期自分の名前を発音不能な記号に変えたりと、奇矯な言動も多い。どうもつかみどころのないアーティストだ。

 この連載ではアルバムごとに音楽を紹介するということなので、プリンスについてもとりあえず一枚を選ばなくてはならない。最初私は、プリンスの最後の作品となったアルバム『ヒット・アンド・ラン・フェーズ・トゥー』を取り上げるつもりだったのだが、このアルバムはプリンスにしてはかなり控え目で、これを聴いて得られる感動は良質なR&Bを聴いたときに得られる感動以上のものではない、ということに気付いた。要するに、音楽自体は悪くないのだが、プリンスの唯一無二の個性があまり出ていない感じがする。しかしプリンスの入門編としてはこのアルバムはやはり最適だと思う、ということは付け加えておく。

 今回取り上げるのは『イマンシペイション』。タイトルは日本語では「解放」という意味になる。これはプリンスの名前が発音不能な記号だったころの作品で、三枚組の大作だ。各ディスクにはそれぞれ十二曲が収録されていて、再生時間はどのディスクもちょうど一時間となっている。それから、プリンスが初めてカバー曲を収録したアルバム、というコメントが付くことが多い。四曲あるカバー曲のうち、「ワン・オブ・アス」はもろにロックなので他の収録曲から浮いている感じがするが、他の三曲はどれも良い。ちゃんとプリンスの音楽になっているし、アルバムの流れにも沿っている。私は特に多幸感にあふれた「ラ・ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー」が好きだ。

 もちろんこれはプリンス初心者にすすめられるようなアルバムではないのだが、しかし間違いなくプリンスの良さに満ちた名盤だと思う。三十六曲もあるからあまり好きになれない曲もあるだろうが、必ず「良い音楽だな」と思う曲はあるはずだ。プリンスという名前と、『イマンシペイション』というアルバムのタイトルを是非覚えておいてほしい。それから、私はプリンスの音楽性についてあまり説明しなかったが、それはプリンスの音楽性が言葉で説明しにくいものだからだ。下手な説明で余計な先入観を持ってほしくない。プリンスはプリンスなのだ。

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