ピノキオピー『遊星まっしらけ』

 私が初めてボーカロイドの曲を聴いたのは中学生のころで、その歌声の機械臭さが我慢できなくてすぐに聴くのをやめた。しかしボーカロイドを扱う技術はその後数年で長足の進歩を遂げ、数年後に聴いたlivetuneの「Tell Your World」は音楽もPVも素晴らしいと思い、その後しばらく私はボカロ音楽にはまっていた。

 今までに聴いたボーカロイドの曲の中で一番良いと思ったのはピノキオピーの「ニナ」だ。これは初めて「ニナ」を聴いて以来変わることのない所感である。何が素晴らしいかというと、人生の悲哀みたいなものをこんなにポップに歌い上げたボカロ曲というのは他に存在しない。YouTubeでPVが見られるから、とにかく一度聴いてみてほしい。

 まず歌い出しが天才的だ。


 食べられそうにない ゲテモノが

 主食になる時が来る頃に

 愛されそうにない バケモノが

 無類の愛をいつか手に入れる頃に


 こんな歌詞をボーカロイドに歌わせるなんていう試みは多分空前絶後だろう。この曲が人生の悲哀を歌ったものであることは、例えばサビの「生きていることが楽しくなったらいいのにな」というフレーズから明らかで、他にも歌詞のいたるところから悲哀は感じられるのだが、それはあくまで一種の皮肉みたいなものであって、歌い手や聴き手がその中に沈み込むものではない。その辺の言葉に対するバランス感覚が絶妙だ。加えてすごいのは、こんな含蓄ありげな歌詞を悲哀ゼロの能天気な曲調であっさりと歌い流させていることだ。それによりこの曲が皮肉であることがはっきりする。

 歌詞についてもう一言述べておくと、ピノキオピーの曲の歌詞は若干まとまりに欠けて焦点がぼやけることが多い気がするのだが、「ニナ」について言えばかなり統一感がある。やはり皮肉というのがかすがいとなってそれぞれのフレーズを繋いでいるようだ。

 「ニナ」はピノキオピーの四作目の自主制作アルバム『遊星まっしらけ』に収録されている。このアルバムは名曲揃いだ。特に「m/es」や「こどものしくみ」に見られる、感覚を歌詞に落とし込むセンスはすごい。残念ながら「ニナ」以降のピノキオピーはぱっとしない曲ばかり書いているが、『遊星まっしらけ』は何度でも聴き返す価値のあるアルバムだと思う。


※なお、現在『遊星まっしらけ』は廃盤になっており、同じく廃盤になった自主制作三作目『漫画』と合わせてリマスターしたものを収録した『コミック・アンド・コズミック』というアルバムが出ている。

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