七章

7—1



 前庭の各所には、明々とかがり火がたかれていた。

 遠くの光。近くの光。

 大小の金色の輝きが、広い前庭に、ぽつり、ぽつりと浮かぶ。

 どこか幻想的で美しい。


 今夜は月も明るい。

 気のゆるみやすい夜だった。


 いつもの前庭、見まわりの任務。

 さきほど、ハシェド、ドータスの組みと別れてきたばかりだ。周囲には誰もいない。ワレスとエミールの二人きり。


「ねえ、隊長。教えてよ。昼のことはあやまるからさ。おれの父さんって誰なの?」


 しびれをきらして、エミールがたずねてきた。

 ワレスも昼間の反省があった。そろそろ、教えてやろうと思う。


「いいだろう。そのかわり、誓えよ。今後いっさい、ハシェドに変なちょっかいを出すな」

「うん。うん。わかってる」


 小悪魔が必死になってる。

 ワレスは笑った。


「おまえの父はな——」


 言いかけたときだ。

 とつぜん——


「うわああああッ」


 悲鳴だ。近い。

 きびすをかえして、ワレスは走りだした。ザマ林をぬけて近づく。

 悲鳴のしたあたりで、人影が動いた。


「誰だ!」


 いや、違う。人ではない。

 この前のあの影だ。

 だが、なぜ、それなら、あの影は二本足で立っているのだろう?


 影がワレスをふりかえる。

 ワレスの手の松明が、その姿を照らしだした。


 ワレスは愕然がくぜんとした。

 一瞬、わけがわからない。


「なぜ……? きさま……」


 なぜなら、それは、ワレスの知っている人間だ。口のまわりを血だらけにして立っていたのは、ケルンだ。


「なぜ、おまえが……」


 ぼうぜんとするワレスに、ケルンは牙をむいて襲いかかってきた。


 とっさに、ワレスは松明をなげつけた。

 ケルンは獣の咆哮ほうこうをあげ、立ちすくんだ。

 ワレスは呼子を吹きならす。

 ケルンが走り去っていく。


 ワレスは追おうとして、ふと気づく。

 さっきまで、ケルンが立っていた場所。

 ブランディが血まみれになって倒れている。


「エミール! ブランディを見てやれ!」


 言ってから、舌打ちする。

 とうぜん、ついてきてると思っていたエミールがいない。


(逃げやがったな。あいつ!)


 悲鳴を聞いて、反対のほうへ走っていったようだ。気がつかなかったワレスの失態だ。


 ワレスはブランディを見すてて、ケルンを追おうとした。今、重要なのは、砦をおびやかす存在を追いつめること。しかし……。


(おまえはあれがハシェドでも、置いていくのか?)


 そう思うと動けなくなる。

 ひきかえして、ブランディのかたわらにひざをついた。


「ブランディ。しっかりしろ」


 とは言うものの、ブランディの腹には、がっぽり大穴があいている。はらわたがゴッソリ食いつくされていた。頭や心臓の急所はそれているものの、どう見ても助かりはしない。


 ワレスが頭を抱きかかえると、ブランディは目をあけた。


「隊長……ケ……ケルン、急に……」

「わかってる。しゃべるな」


「お……おれ、どうなっ……さむ、い……もう、だめ……」

「ブランディ」


 ブランディはかすかに笑ったようだった。


「ほ……んと、言うと……あんたが隊長……よかった。おかげ……で、いい夢……見なが、ら……死ねらあ…………」


 ごろごろと喉が鳴る。

 おどろくほど大量の血を吐いて、ブランディは重くなった。


 そこへ、

「隊長! ワレス隊長!」

 ハシェドたちがかけつけてくる。


「ご無事ですかッ? さきほどの呼子は隊長ですか?」

「ああ。ケルンが血迷った。ブランディをおそって逃走。今から追う」


「すいません! エミールが足にしがみついて離れなかったので。あの、ブランディは?」

「たったいま、息をひきとった。エミール、ハシェド。ケルンが死体を食いに戻ってくるかもしれない。ここで見張りをしろ。ドータス、来い」


 ワレスは命じた。が、

「いえ、おれも行きます! ドータス、おまえが残れ」


 ハシェドはワレスについてきた。


(バカめ。せっかく危険の少ないほうにまわしてやったのに)


 前回の件からいっても、あれは一度、失敗したところへは帰ってこない。


 それでも、ワレスは喜びがこみあげてくるのを抑えられなかった。


(おれについてきてくれるのか)


 危険をかえりみず、迷わず、ワレスについてきた。

 ワレスと死んでもいいとまで思ったのかどうかはわからない。

 それは愛ではなく、ただの忠誠心かもしれないが。

 今は、それだけで嬉しい。


 ワレスたちは呼子を鳴らしながら走った。聞きつけた兵士たちが大勢、集まってくる。


「何事だ?」

「例のヤツが出たのか?」


 たずねてくるのへ、口早に告げる。


「兵士の一人が乱心した。仲間をおそい、臓物を食らって逃げた。これまでの消失事件との関連は不明」


「その兵士の名は?」

「ギデオン小隊のケルンだ。おれはケルンの上官のワレス。やつの顔を知ってる。同行しよう——ハシェド。おまえは三、四班を呼びに行け。そのまま、小隊長、中隊長へ報告に行くように」

「了解です!」


 ハシェドとも、そこで別れる。


 にわかに前庭はあわただしくなった。木の陰一本一本まで、しらみつぶしに探す。増員も次々にされる。


 しかし、ケルンは見つからない。

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