4—3
*
謹慎は城の地下でおこなわれる。
地下にはかすかに死臭がただよっていた。砦で死んだ兵士の遺体安置所があるからだ。
おそらく、先日、前庭でやられた二人のなきがらも、まだそこにあるだろう。
それらは塩づけにされて、遺族のもとへ送りかえされる。二十日に一度の輸送隊が砦から帰るとき運んでいくのだ。
遺族のもとにつくころには、兄か弟か、息子か、夫か、恋人か、家族の目にもわからなくなっているだろう。
(おれも死んだら、そうなるのか)
ワレスの場合は家族がいないから、死体を受けとるのはジョスリーヌになる。
生きてる男ならともかく、ジョスリーヌは死んだ男になど興味はなかろう。きっと、
ワレスが砦で稼いだ金で、せいぜい見栄えのいい墓石でも建ててくれたらよしとしなければならない。
その墓をおとずれる者も、誰もいないだろうが。
(おれは自分の墓を立派にするために、命をなげうって稼いでるのか)
そう思うと、急におかしくなった。
せめて、ジェイムズ。
おまえがおれの墓を見て泣いてくれれば、少しは救われる気がする。が……それも期待はできないだろうな。
ジェイムズは学生時代からの友人だった。
騎士学校にいるころは、特別に親しいわけではなかった。が、ジゴロになって再会したあと、なにくれとなく親身になってくれた。ワレスのすさんだ生活を案じてくれたのだ。
あまりにもジェイムズが優しくしてくれるので、うっかり彼に甘えすぎたのがいけなかった。
ジェイムズがワレスに与えてくれたのは、友情にすぎなかったのに。ワレスはそれ以上を求めてしまった。
ジェイムズが婚約者を紹介してきたとき、彼をとられたくないと思った。
もう少しのあいだだけでいい。
おれだけのジェイムズでいてほしい。
そう思って、酔わせたジェイムズをベッドにひきずりこんだ。
その夜は甘美だった。
が、翌朝、正気にもどったジェイムズは、恐れをなして、ワレスのもとを去った。ひとことも別れを告げることなく、敵国のようなブラゴールへの任に発ってしまった。
そうなることは最初からわかっていたのだ。ジェイムズはまったくの常識人で、正常な男子だったから。彼の良心が、決してゆるさなかっただろう。泥酔していたとはいえ、同性の友人と一晩、ベッドをともにしたなんて。
けっきょく、つなぎとめるつもりで失ってしまった。
きっと、ジェイムズはワレスを軽蔑した。あいつは性根のくさった男娼だと痛感した。
もう、とりかえしはつかない。何年もはぐくんだ友情も、壊れるのは一瞬だった。
(それでやけになって、ティアラを殺しかけたんだよな)
ティアラの純粋さが、ジェイムズの育ちのよさを
でも、あれも失敗だった。
ティアラがジェイムズの身代わりであることを、ワレスは心のどこかで自覚していた。だから、ティアラの愛に本気で飛びこむことができなかった。
もし、ワレスが本気になっていたら、まちがいなく、ティアラは死んでいた。
(おれは死神なんだ。誰も、愛してはいけない……)
暗い地下では、暗い思考ばかりが浮かぶ。
ワレスの前を歩く
廊下の両側にそういう牢屋がいくつも続いていた。おおむね、無人のようだ。
地下のおりぐちで、ギデオンからこの魔法使いに引き渡された。
そのあと、魔法使いは一度も口をきかない。話せないのかもしれない。
魔術師には修行のために、自分で自分に禁をかける者がいる。肉を食べない。酒を飲まない。といったていどは可愛い。なかには、文字を鏡写しに書くとか、髪を切らないとか、わけのわからないことをする者もいる。
この男(頭から衣をかぶる例の魔法使いの制服のせいで、男女の区別もつかないが)も、そういう事情で声を発さないのかもしれない。
なんにせよ、不気味だ。
文書室で司書をしてる魔法使いのほうが、まだしも人間味がある。
この場所でこんな男を見ると、あのウワサは本当ではないかと思う。
それは、こういうウワサだ。
この地下の奥深くに、何重もの鉄の扉に守られて、生け捕りにされた魔物が
それは魔物の生態や
魔物の血肉から不老不死の妙薬をつくるためだとか。
いにしえの神との約束だからだとか。
さまざまにウワサされる。
魔物を閉じこめ、実験をおこなっているのは、地下の魔術師らしい。
ほんとかどうかはわからない。
ただ、背筋が寒くなる。
日のささぬ、この暗い地下牢で、紙でできた影絵のように存在感のない魔術師を見るのは。それじたいが魔物の
魔術師はここでも言葉を発さず、牢屋を示す。
ワレスは顔をしかめた。
「おれはこんなバカどもと同じ牢になど入りたくない。どこでもいいから、一人にしてくれ」
これでジャマは入らない。三対一でケンカの続きを——となれば、ワレスに勝ちめはない。剣もギデオンにとりあげられている。
そのくらいなら一人のほうがマシだ。たとえ、どんなに不気味なウワサのある地下であろうと。
牢番には、こっちの声が聞こえているのだろうか?
しばらく、なんの反応もない。鉄格子の戸に手をかけ、中腰になったまま、ピクリとも動かない。じつはそれが人間ではなく、命令されたことしか行動できない機械じかけの人形ではないかと、あやぶんだほどだ。
「おい? おれは一人になりたいんだが?」
やっと反応があった。
両目の部分だけくりぬいた黒いフードの内から、人間の目がワレスを見つめ、ゆっくりとうなずく。
ワレスはホッとした。
牢番はさきにブランディたち三人をひとつの牢屋に入れた。鉄格子の戸に外から鍵をかける。万一のとき逃げだせない。この恐怖は、地下の闇のなかではかなり深刻だ。
ワレスは手招きされるまま、牢番にしたがった。
離れたところで鍵束がとりだされ、ワレスのために牢屋がひらかれた。
じめじめと陰気な牢。
今のワレスには似合いかもしれない。
森焼きのあと、すぐにつれてこられた。全身は煤だらけ。顔にも体にも、いくつものアザ。なおかつ、気分は最低……。
——ようこそ。砦へ。予言の天馬——
変な声が聞こえた気がした。
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