4—2
残るは、ワレスとエミールだ。
「立て」
壁によりかかるエミールに手をさしのばす。が、エミールはワレスを見ようともしない。
「さほどのことじゃなかったはずだ。今夜の任務は免除してやる。今はフリだけでも任務につけ」
合意のうえではなかったようだ。
でも、自分の経験から言っても、エミールが初めてではなかったらしいことはわかる。それほどひどいケガをしてるようすもない。
そのくせ、エミールが立とうとしないので、ワレスはイライラした。
「自分の身が守れないくらいなら、砦になど来るな」
きつすぎたかもしれない。
正論ではあるが。
エミールがやっと、ワレスを見た。その目はブランディたちよりも、ワレスを責めるように見える。
「おれ、身代わりにされたんだ」
「なに?」
「あんたの身代わりだったんだよ。あんた、知ってるの? あいつらがあんたの変な絵、持ってること。そいつを見ながらやるんだ。バカにしてるよね」
エミールの声が遠くなる。
ワレスは逆上しそうな自分を、むりやり抑えた。ブランディたちを追う。
三人はまだ鎧もつけず、切り株に腰かけていた。ワレスの顔を見て、マズイと思ったらしい。逃げだそうとする。
それがワレスをカッとさせた。もはや、自制はきかない。
「出せッ!」
とっさに、ブランディが胸を押さえる。
ワレスはブランディのふところに手をつっこみ、それをうばいとった。
見た瞬間に、頭のなかが真っ白になる。
ワレスの顔をしたワレスでない男が、裸でしなを作っている。ご丁寧に全身の細部まで、しっかり描かれた、ひわいなものだ。
「きさまッ——」
剣の柄で、ブランディの頭をなぐり——
あとのことはおぼえてない。
「やめろよ! ブランディが死んじまう!」
「そっち、押さえろ!」
「鎧ジャマだ。外しちまえ」
しまいには三人となぐりあいになった。
ワレスもかなり殴られた。鎧をはぎとられ、三人がかりで押さえつけられ……。
ワレスはその倍、殴りかえしたが。
心配してやってきたハシェドが止めに入らなければ、ワレスはブランディたちを殺していたかもしれない。
「おまえたち、隊長に何してるんだ!」
「うるせえ! こいつが、ブランディをこんなにしやがったんだ!」
「だからって上官に手をあげるヤツがあるか! わッ、それに、なんだ、これ」
焼け土に落ちた例の絵を見て、ハシェドがあわてふためく。
「なんだって、こんな……隊長もおやめください。誰か来ますよ」
運の悪いときには悪いことが重なる。まだ肩で息をしているワレスたちのもとへ、馬に乗った人影が近づいてくる。小隊長のギデオンだ。
「そこ、何をしている」
いつものように、メイヒル分隊長をつれ、ギデオンは馬上から、ワレスを見おろす。かすかに笑った。
「ケンカか。ワレス分隊長」
言い逃れしようがない。
ブランディはもちろん、ホルズやドータスも派手に傷を作っている。ワレス自身も、たぶん、青あざになってるだろう。
「何が原因だ。言ってみろ」
言えるはずがない。
自分の春画を部下が持ってたので、逆上してしまった、などと。
ワレスは唇をかみしめた。
「言わなければ、全員を処罰する。それでもいいのか?」
「…………」
ギデオンは目を細めた。
「では、なぐりあっていた者は一列に並べ」
ワレスたちはしぶしぶ一列になった。
馬から降りたギデオンが、乗馬用のムチを手に歩みよってくる。
「全員、十ずつだ。歯をくいしばれ」
ギデオンの容赦ないムチが、きっちり十ずつ、ふりおろされる。きっと、これがワレスだけなら、ギデオンは二十でも三十でも喜んで打ち続けるだろう。
その歓喜するおもてを見ないように、ワレスはずっと目をとじていた。
苦痛は何ほどもない。
心に負った傷にくらべれば。
「ワレス分隊長。兵を統率する立場でありながら、私情に走ったことは、いささか軽率。他の者も上官に手をあげるなど許されない。よって、四名には三日間の謹慎を言いわたす」
言いすてて、ギデオンは去った。
ワレスの胸の内の激情は、まだ消えなかったが……。
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