四章
4—1
見張りの強化が始まって六日。
連日、真夜中から夜明けまで、五刻も見張りに立たされて、ワレスの隊の規律は乱れていた。誰しも気分がささくれだち、ちょっとしたことで殺気だってしまう。
そのうえ、森焼きの順番がまわってきた。いかに傭兵とはいえ、いいかげん、うんざりするのは当然だ。
嫌な作業だ。
いつ魔物が出現するかわからない森のなかで、重い
もちろん、一番には魔物の侵入をふせぐため。かつ、城から監視の目が行き届きやすくするためだ。
意味のある作業なのはわかる。とはいえ、それをやらされるほうは、たまったもんじゃない。
危険だけはスペシャル級なくせに、いささか
ワレスが嫌いなこの作業をしているとき。
困ったような顔をして、ハシェドが近づいてきた。
「ワレス隊長。すいません。ブランディたちを知りませんか?」
「ブランディ?」
ワレスは
前回の森焼きで焼け残った木を切りたおすのが、今日のワレスの隊の役割だ。
ふりかえると、ハシェドの顔は
たぶん、ワレスも同じだろう。肌が白いぶん、きっと、ワレスのほうがさらにヒドイ。
しかし、これだって、まだ焼けていない森に入り、枝を切る役よりはいい。次の森焼きのために、枝やツル草を切りおとし、乾燥させておくのだ。
これだと、けっこう深くまで、魔の森へ入っていかなければならない。
森焼きの作業で、一番、死亡率が高いのはこの役目だ。
これに当たらないだけでも幸運だと思わなければならない。
「ブランディたちがどうした?」
ワレスは手斧を切りかけの木に食いこませた。
頑丈な革手袋をはずす。
手の甲でひたいの汗をぬぐうと、その手が真っ黒になる。
早くこの作業から解放されたいものだ。分隊長くらいでは、まだその恩恵には浴せない。せめて小隊長にでもなれば、監督という名目で作業を放棄できるのだが。
「それが、姿が見えないことに、ついさっき気がつきまして。探してるんですが」
ハシェドは苦りきった顔をしている。
「ブランディと誰だ?」
「ブランディとドータスです」
言われて、あたりを見まわした。ブランディたち二人だけではない。ホルズとエミールもいない。
(やつらめ。さぼってるな)
舌打ちしたが、これはまあ、しかたない。ワレスだって、なまけていたいところだ。この作業のために、今日は正味四刻も寝てない。
しかし、ブランディやドータス、ホルズは同郷だ。ふだんからつるんでいるので、いっしょにさぼるのもわかる。
——が、エミールがいない。
これは意外だ。
いつも、ワレスかハシェドのあとに、金魚のフンのようにひっついてるくせに。
ワレスは少し離れた場所にいる、アブセスにたずねた。
「アブセス。エミールを見なかったか?」
「いえ。見ません。そう言えば、どこへ行ったのかな」
森焼きの作業はかなり広範囲だ。一個中隊五百人でおこなうが、役割分担にそってちらばると、人影はまばらになる。
とくに、今日のワレスの隊のような比較的安全な作業は、兵士の気がゆるんでしまう。いつのまにかバラバラになっていることが多い。
それに、イヤな作業なので、さっさと終わらせてしまおうと、あまり他人のことなど気にかけない。
だからこそ、隊長の監視が重要だ。
いつものワレスなら気づいただろう。
しかし、今日は連日の寝不足で注意力が散漫になっていた。自分の部下が四人もいなくなるまで気づかないとは。完全にワレスの監督不行き届きだ。
「おれが探そう。ハシェド。おまえは作業にもどれ」
「はい」
ワレスはハシェドやアブセスと別れた。焼け野原のなかを歩きだす。
(こんなところ、小隊長に見つかれば、めんどうなことになる)
イヤミのひとつですめば、まだいい。
ほんの二十人の兵士も束ねられないのは統率力に欠ける——という報告でもされれば、昇級にかかわる。
作業をさぼったブランディたちはムチを食らうだろうが、それは自業自得だ。まきぞえのワレスこそ、いいツラの皮だ。
(あの、ろくでなしども)
それにしても気になる。
なぜ、エミールまでいないのか。
どうせ、たいした労働力にはならないとふんで、
いやになって投げだしたのだろうか?
どうも、あの世間知らずは、ここでの生活を甘く見ている。その可能性はなきにしもあらずだ。
が、それならそれで、ワレスなりハシェドなりにまとわりついているはずだ。
ワレスのイヤな予感は当たった。
二重になった城壁の外壁にそって歩いていく。
すると、補修中のくずれた壁のなかから、声が聞こえてきた。
「痛い……もう、やめて」
エミールの声だ。
うわずって、涙声になっている。
ワレスはそっと、くずれた壁の穴をくぐる。
そこに男たちがひとかたまりになって、エミールをかこんでいた。
「おい」
ワレスが声をかけると、三人の略奪者は、瞬間、こわばる。次いで、ふてぶてしい、ふてくされた顔になった。
のろのろとワレスをふりかえり、エミールを離す。
「なにごとだ? このありさまは」
「見りゃわかるだろ」
ブランディが肩をすくめる。
ブランディはわざとらしく、誇示するように見せつけて、下着に押しこむ。
「よろしくやってたんだよ」
「任務中だぞ。ゆるされると思ってるのか?」
「悪かったよ。隊長さんよ。あんまし働かされるもんで、うさ晴らししたかったんだ」
いちおう、下手に出てくる。彼らもムチは嫌いだろう。
「罰はあとだ。ともかく作業にもどれ」
ワレスの気が変わらないうちにと思ったのだろう。三人はてきとうに衣服をつけると、鎧をかかえて走っていった。
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