三章

3—1



 翌朝。

 城の大広間。

 前庭の初めての目撃者ということで、ワレス、エミール、ブランディは、小隊長、中隊長とともに呼びだされていた。

 目の前には、城主コーマ伯爵がいる。


「それで、けっきょく、何も見つからなかったのだな?」


 伯爵は起きぬけに報告を受け、そのまま広間へ来たに違いない。眠そうな目で口髭くちひげをひねっている。

 朝とはいえ、まだ早朝。ついさきほど明るくなりだしたところだ。

 ワレスたちはさっきまで、前庭で緊急態勢の警備をしていた。


「これほど明るくなっても見つからぬ。ということは、もはや敵は姿をくらましたということだ。前庭はなお厳重に警戒にあたらせるべきだが」


 口髭は物々しいが、伯爵は若い。ワレスより年下だろう。なんとなく、たよりない。砦に来て日が浅いので、こんなとき、どう処理していいのか対処に困るようだ。


 答えたのは、大隊長のバーニングだ。砦の最古参の武官であり、かっぷくのいい初老の男。こちらは伯爵と違って、ひとめで迫力がある。


「日のあるうちに似たような事件が起きたことはありません。さようにございましょうな。しかし、失踪の原因がつかめたことは、大きな進展ですぞ」


 おそらく、魔術師をのぞけば、砦について、もっとも詳しい男だ。

 伯爵は素直にうなずいた。

 伯爵のまわりには、ほかにも何人も側近がいる。


「うむ。ワレス分隊長といったな? そなた、身投げの井戸の謎をといた男だな。闇に燃える鬼火のようなその目。おぼえがある」


 伯爵はワレスを記憶していた。

 ギデオン小隊長も、ワレスの目を悪魔の目と言った。

 たしかに、ワレスの目は特殊だ。一度見たら、誰しも忘れられないだろう。


 生まれつきなのだが、光を反射するように、いやにキラキラと、よく輝くのである。

 瞳のなかに踊る鱗粉りんぷんのような青いきらめきが、ワレスの美貌をとても神秘的に見せている。


「ワレス分隊長。そなたは、じっさいに見たのだな? そなたの口から聞きたい。それはたしかに魔物だったか?」


 伯爵が問う。


 ワレスは伯爵を見あげた。

 壇上の城主の椅子。

 ひざまずくワレスからは、あまりに高い。


 これが生まれながらの貴さの違いか?

 伯爵は銀のスプーンをくわえて生まれた。だが、ワレスのくわえていたのは泥だった。


「恐れながら直答します。遠目にあれば、たしかにとは言いかねます。が、しかし、十中八、九、まちがいありません」


 昨夜、闇のなかで——


 悲鳴を聞いて、かけつけたワレスたちが見たもの。

 倒れた二人の兵士と、その上にのしかかるような黒い影。その影は人肉をむさぼっていた。


 叫び声をあげたのは、たぶん、エミールだ。

「やだぁッ、何あれ!」


 影がこっちを見た。

 襲いかかってくると思った。

 だが、影はワレスたちを見て逃げていった。闇のなかにまぎれこむ。


「追うぞ!」


 犠牲者はたしかめるまでもなく死んでいる。それより怪物をとらえることが先決だ。


 ワレスは剣をぬいて追いかけようとした。が、エミールは腰がぬけたらしい。ワレスの足にしがみついて離れない。


「行かないでよ!」

「バカ! 離せッ」


 ぐだぐだしてるうちに、怪物の姿はグングン遠ざかる。もう追いつくことはできない。

 ワレスはあきらめて剣をおさめた。


「応援がいるな。ブランディ。三、四班を呼んでこい。今夜は朝まで巡回だ」

「お、おれが行くのかよ? 一人で」

「では、エミールと行け」


「あんたはどうするんだ? 隊長」

「ここで見張る。あれが死肉を喰らいに戻ってくるかもしれない」


「いいのか? 一人で」

「おまえの心配することじゃない。早く行け。小隊長への報告も忘れるな。指示をあおがねば」


 嫌いな相手だが、こんなときはしかたない。上下の伝達は軍隊の基本だ。


 ためらいがちに、ブランディは歩いていった。

 そこへさわぎを聞いて、となりの区域の兵士もやってきた。


 ワレスは死体の確認をした。

 喉笛がかみきられている。おそらく、これで絶命。その後、はらわたを食いあらされている。

 ただ、ワレスには少し気になることがあったが。


 そのころ、三、四班が応援に到着した。巡回を強化し、周辺区域への伝令、死体の処理などを朝まで続けた。

 しかし、それきり、怪物は現れなかった。

 そして、今、広間で報告をしている。


「それは四つ足で走っておりました。ひどく手足が長く、体型も細かったようです。体毛はないか、あっても、ごく短いでしょう。ツノ、翼といった付属物はありませんでした」

「大きさは?」

「四つ足になったところで、子牛ほどかと」


 ワレスの言葉を聞き、伯爵は結論づける。


「ふむ。中型の肉食獣というところか。それならば捕らえることもできるな」


 ほんとに、そうだろうか?

 ワレスは伯爵の言葉に、違和感をおぼえる。


 遠目に見た怪物の影。

 まだ脳裏に焼きついている。

 そのときの印象から、ただの肉食獣とは異なるものを受けた。が、その感じを、うまく言葉では表せそうにない。

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