2—2
ジョスリーヌはむろん、ワレスが砦に来るとき反対した。押しきって来たので、どうもその仕返しらしい。
「気でも狂ったの? 砦へ行きたいですって?」
そう言って、あきれかえるジョスリーヌに、
「ジゴロの生活がイヤになった」と、ワレスは返す。
「あたりまえよ。頭のいい人は、三十前にはやめたがるわ。だからって砦だなんて。わかってるの? あそこは男が死ぬために行く場所よ。恋人が死んだとか。不名誉なことをして世間に顔向けできないとか。そういう男がね。
あなたときたら、いつも、そう。おかしなことばっかり言いだすんだから。仕事なら、わたしがなんとかしてあげます。あなたは学校も出てるし、官吏にもどりたいなら、いくらでもコネがあるわ」
「女のいないところへ行きたいんだ」
「なんですって?」
「もう女の顔も見たくないんだ」
ジョスリーヌはなんとも言えない顔つきになった。
そして、
「ねえ、ワレス。わたしは未亡人よ。わたしと結婚すれば、あなたは侯爵になれるわ」
遊び好きで派手好き。
何人も若い愛人がいて、およそ家庭には興味なさそうなジョスリーヌが、そんなことを言いだすとは思ってもみなかった。
「ジョス。あんたには息子がいるだろう? 大事な一人息子が。あんたは息子が成人するまでの代理の侯爵だ。おれに息子を殺されたくなければ、軽はずみなことは言わないほうがいい」
「あなたはそんなことをする人じゃないもの」
ワレスは笑った。
ジョスリーヌがあんまり信用しきってるので。
「十年もつきあったのに。あんた、なんにもわかっちゃいないな。でも、礼は言っとくよ。心にもないこと言って、ひきとめてくれたんだからな」
ジョスリーヌはため息をついた。
「どうしても行くの?」
「ああ」
「言いだしたら、聞かない人ね。いいわよ。ワレス。わたし、最初に会ったときから知ってたわ。あなたがいつか、どこかへ行ってしまうこと。今がそのときなのね」
ジョスリーヌが涙ぐんだような気がしたのは、気のせいだったろうか。
そんなことを思いだした。
ワレスはジョスリーヌからの贈りものをひらいた。いつものようにビンづめの砂糖菓子。それに……。
「えりまき……か」
手紙を読んだ。
『わたしの可愛い人。お元気? あなたときたら、意地っぱりね。いつになったら危ない砦暮らしに飽きてくれるのかしら。
わたしは退屈! とっても退屈よ。あなたがいないと、気のきいた会話のできる人がいないわ。
アンリときたら、ウサギのようにおとなしいばっかりだし。リスリンはまったくの子ども。それでも二人はまだいいほうで、ほかの人なんて、うわべだけの人形よ。中身がカラッポ!
早く帰っていらっしゃいな。これは命令です。必ず、生きて帰ってこなければ、ゆるさないから。
えりまきを送るわ。砦の冬は、皇都より寒いのですってね。風邪などひかないで。わたくしのワレス』
白銀の毛皮の美しいえりまき。
とつぜん、ワレスは気がついた。
自分が毎日の暮らしに手いっぱいで、季節の移ろいを感じる余裕もなかったことに。
もうじき、冬か。
おれはなんのために砦に来たんだったかな。
世間に顔向けできない男というなら、たしかにそうだ。おれはジゴロで、さんざん女を食い物にしたあげく、貴婦人を一人、殺しかけた。
ジェイムズはおれに愛想をつかして行ってしまうし……だから、逃げたかったんだろうか?
何もかもから。
いつも、行き場を探していた気がする。ほんの子どものころから。
自分をなぐる父が憎くて、家をとびだした。けれど、どこにもかわりの場所なんてなかった。どこへ行っても、ワレスのための居場所はなかった。
あたたかく迎えて、守ってくれる場所。
そんなもの、この世にはないのかもしれない。
あるのは暴力と偏見。差別。虐待——
そんなものばかり。
何度かは、ここならと思える場所もあった。愛する人がそこにいたからだ。
でも、その人たちはみんな、あっけなく、ワレスを置いて逝ってしまう。
そのたびに新しい場所を求めて、さまよわなければならない。
ワレスの愛した人は、みんな……。
(死んでしまう……から)
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