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 ジョスリーヌはむろん、ワレスが砦に来るとき反対した。押しきって来たので、どうもその仕返しらしい。


「気でも狂ったの? 砦へ行きたいですって?」

 そう言って、あきれかえるジョスリーヌに、

「ジゴロの生活がイヤになった」と、ワレスは返す。


「あたりまえよ。頭のいい人は、三十前にはやめたがるわ。だからって砦だなんて。わかってるの? あそこは男が死ぬために行く場所よ。恋人が死んだとか。不名誉なことをして世間に顔向けできないとか。そういう男がね。

 あなたときたら、いつも、そう。おかしなことばっかり言いだすんだから。仕事なら、わたしがなんとかしてあげます。あなたは学校も出てるし、官吏にもどりたいなら、いくらでもコネがあるわ」


「女のいないところへ行きたいんだ」

「なんですって?」

「もう女の顔も見たくないんだ」


 ジョスリーヌはなんとも言えない顔つきになった。


 そして、

「ねえ、ワレス。わたしは未亡人よ。わたしと結婚すれば、あなたは侯爵になれるわ」


 遊び好きで派手好き。

 何人も若い愛人がいて、およそ家庭には興味なさそうなジョスリーヌが、そんなことを言いだすとは思ってもみなかった。


「ジョス。あんたには息子がいるだろう? 大事な一人息子が。あんたは息子が成人するまでの代理の侯爵だ。おれに息子を殺されたくなければ、軽はずみなことは言わないほうがいい」

「あなたはそんなことをする人じゃないもの」


 ワレスは笑った。

 ジョスリーヌがあんまり信用しきってるので。


「十年もつきあったのに。あんた、なんにもわかっちゃいないな。でも、礼は言っとくよ。心にもないこと言って、ひきとめてくれたんだからな」


 ジョスリーヌはため息をついた。


「どうしても行くの?」

「ああ」

「言いだしたら、聞かない人ね。いいわよ。ワレス。わたし、最初に会ったときから知ってたわ。あなたがいつか、どこかへ行ってしまうこと。今がそのときなのね」


 ジョスリーヌが涙ぐんだような気がしたのは、気のせいだったろうか。


 そんなことを思いだした。


 ワレスはジョスリーヌからの贈りものをひらいた。いつものようにビンづめの砂糖菓子。それに……。


「えりまき……か」


 手紙を読んだ。



『わたしの可愛い人。お元気? あなたときたら、意地っぱりね。いつになったら危ない砦暮らしに飽きてくれるのかしら。

 わたしは退屈! とっても退屈よ。あなたがいないと、気のきいた会話のできる人がいないわ。

 アンリときたら、ウサギのようにおとなしいばっかりだし。リスリンはまったくの子ども。それでも二人はまだいいほうで、ほかの人なんて、うわべだけの人形よ。中身がカラッポ!

 早く帰っていらっしゃいな。これは命令です。必ず、生きて帰ってこなければ、ゆるさないから。

 えりまきを送るわ。砦の冬は、皇都より寒いのですってね。風邪などひかないで。わたくしのワレス』



 白銀の毛皮の美しいえりまき。


 とつぜん、ワレスは気がついた。

 自分が毎日の暮らしに手いっぱいで、季節の移ろいを感じる余裕もなかったことに。


 もうじき、冬か。

 おれはなんのために砦に来たんだったかな。


 世間に顔向けできない男というなら、たしかにそうだ。おれはジゴロで、さんざん女を食い物にしたあげく、貴婦人を一人、殺しかけた。


 ジェイムズはおれに愛想をつかして行ってしまうし……だから、逃げたかったんだろうか?

 何もかもから。


 いつも、行き場を探していた気がする。ほんの子どものころから。


 自分をなぐる父が憎くて、家をとびだした。けれど、どこにもかわりの場所なんてなかった。どこへ行っても、ワレスのための居場所はなかった。


 あたたかく迎えて、守ってくれる場所。

 そんなもの、この世にはないのかもしれない。


 あるのは暴力と偏見。差別。虐待——

 そんなものばかり。


 何度かは、ここならと思える場所もあった。愛する人がそこにいたからだ。

 でも、その人たちはみんな、あっけなく、ワレスを置いて逝ってしまう。

 そのたびに新しい場所を求めて、さまよわなければならない。


 ワレスの愛した人は、みんな……。


(死んでしまう……から)

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