1—3
ワレスはため息を抑え、新入りをかえりみた。
「名前は?」
「エミール」
「入隊の手続きはすませたな?」
「ああ、うん」
ワレスは眉をしかめた。
「答えるときは『はい』と言え」
「ごめん。おれ、よくわかんなくて」
金につられてやってくる傭兵のなかには、えてして、こんな連中がいる。
ユイラは世界でもっとも文化水準の高い恵まれた国だ。だから、貧富の差の激しい周辺諸国から、出稼ぎに来る外国人が多い。
おもには、海峡をへだてた隣国の六海州から。ハシェドのように、砂漠の国ブラゴールから来る者も、まれにはある。
外国人のなかには、ほとんどユイラ語のわからない者もいる。エミールはユイラ語をしゃべっているだけ、まだマシだ。
「エミールと言ったな。おまえ、ユイラ人だな?」
「ああ。たぶんね。おれ、父親がわからないから」
「そういうことは言わなくていい。ユイラ人なら言葉はすぐおぼえるはずだ。しばらくは許してやる。が、じょじょに慣らしていくように」
「うん……いや、はい」
まあ、おぼえは悪くないらしい。
「手続きがすんだなら、兵舎に案内してやろう」
小隊長が選んできた希望者を、広間で中隊長が手続きする。
ワレスはギデオンから、ちょくせつ新参者を受けとったので、広間へ行く必要はなくなった。しかし、正装したことでもある。中隊長にあいさつしておこうと考えた。
「ハシェド。ブランディをおまえの班(小分隊のこと)にまわし、こいつを一班に入れる。見まわりは、とうぶん、おれが組む。剣と
「コリガン中隊長は、いいかたですからね。では、おさきに」
ハシェドがエミールをつれていく。
ワレスは広間へむかった。
黒い石肌のむきだしの城も、広間だけは美しい。緋色のじゅうたんが敷かれ、壁には織物がかけられ、絵が飾られている。
入口には大理石の女神像が置かれていた。兵士たちに『ラーナ』という愛称で呼ばれている。ラーナはユイラの古語で、花を意味する。
(また、おまえが二十日ぶりに見る女になったな。ラーナ)
ワレスも心のなかで女神像に話しかけ、広間に入った。広間には大勢の兵士がいた。それぞれの隊にわかれ、入隊除隊の手続きをしている。
ワレスの上官、コリガン中隊長は、補佐官のヘンネルとともに退出するところだった。
「コリガン中隊長。遅くなりました。ギデオン小隊のワレスであります」
コリガン中隊長は、四十代の茶がかったブロンドの男。温和で物静かな印象。お人よしのハシェドが、いい人と言うほどだ。人望は厚い。
「ワレス分隊長か。入隊者なら、さきほど、ギデオン小隊長がつれていったぞ」
なぜか、コリガン中隊長の顔色は心なしか青い。
「さきほど引き継ぎました」
「このところ、前庭では変死が続くようだな」
「私の隊では少ないほうですが」
変死と断定はできないが、よく人が消える。消えた人間は、部屋に荷物を残している。脱走などではない。悲鳴を聞いた者もあるので、なにかしらの異変が起こっているのはたしかだ。
それきり出てこないことから、おそらく、死亡しているものと思われた。
「ワレス分隊長。そなたは失うには惜しい人材だ。頭も切れるし勘がいい。剣の腕はまだまだ上達の余地があるが、筋はいい。いずれ人の上に立つ男だ。命を
すると、ヘンネル補佐官も告げた。
「めったにないことだぞ。中隊長がこれほどお褒めになることなど。ご期待にそうようにな」
ワレスは敬礼で答える。
「お褒めにあずかり光栄です」
そのまま、敬礼で、ワレスは二人が去るのを待った。
が、コリガン中隊長は、ワレスを見つめたままだ。何かを迷っているように見える。
「ワレス分隊長」
「はい?」
「あ、いや——ギデオン小隊長と仲たがいしているというのは本当か?」
なんと答えたものだろう。
「仲たがいというほどではありません。ちょっとした思想の違いにすぎません」
泣きついたと思われるのはシャクなので、そう答えた。
コリガン中隊長は笑っていた。ワレスが嘘をついていることを知っているのだ。
「ならばいい。困ったことがあれば、いつでも相談にのる」
「ありがとうございます」
じっさい、コリガン中隊長には感謝している。中隊長が彼でなければ、ワレスはもっと困難な立場になっていたかもしれない。
今度こそ、中隊長は去っていった。
ワレスは中隊長たちが話しながら歩いていく後ろ姿を見送った。
(それにしても、中隊長の顔色が悪かったようだが?)
まあ、ワレスが気にすることではない。
ワレスは東の内塔の自室へ帰った。ドアをあけるやいなや、ハシェドの声が盛大に出迎える。
「ひどいですよ! 隊長!」
三段ベッドが四すみに一つずつ。簡素な十人部屋に、今はハシェドとエミールしかいない。全員、前庭に行っているのだ。
「おれがおまえに何をした?」
たずねると、あわてて訂正する。
「いえ。隊長のことじゃないです。気を悪くしないでください」
「ふん」
「エミールですよ。こいつ、剣をにぎったこともないんです!」
それは……ひどい。
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