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「いつ見ても、チャラチャラした格好だな。ワレス分隊長」
「個人の服装の規制はなかったはずですが?」
「ああ。ない。たとえ、そのために、おまえが男娼のように見えたとしてもだ」
腹は立っても、相手は上官だ。言いかえせない。ワレスは黙ってにらみつけた。
すると、ギデオンは皮肉に笑う。
「入隊者だ。ホライの代わりに、おまえの隊に入れる」
いつもつれてるギデオンの右腕、メイヒル分隊長のかげに、もう一人、立っている。
ワレスはますます不機嫌になった。
「ずいぶん頼りになりそうな男ですね」
「おまえの部下にはピッタリだろう? 悪魔の目を持つどうし、可愛がってやるといい」
じっさいには、まだ男ではない。少年だ。線の細い女顔で、燃えるような赤毛。左右の瞳の色が違う。右は水色。左が黄緑。この少年こそ、兵士というより男娼だ。
(明日にでも死んでしまいそうだ)
いくら人死にが日常茶飯事でも、あまり早く死なれては同じ隊の者が迷惑する。勤務時間が伸び、そのぶん、自分の危険が増える。
(わざとだな)
入隊希望者の試験をしてつれてくるのは、小隊長の役目だ。わざと弱い男をつれてきて、ワレスを困らせるつもりなのだ。
「さすがは小隊長のめがねにかなった男ですね。じつに女性的だ」
せいぜい、こっちも皮肉を言ってやる。
ギデオンはサディスティックな目を、カミソリのように細めた。
「口のききかたには気をつけろ」
ねばつくような目で、ワレスを上から下まで見て、ギデオンは去っていった。
(いまいましいヤツめ)
ワレスの心中を察したように、ハシェドがささやく。
「災難ですね。ワレス隊長」
「あいつはおれを憎んでるからな」
「それは、隊長が……」
あとの言葉は呑んで、ハシェドは肩をすくめた。
そう。それは、ワレスがギデオンをふったからだ。まだ、ここへ来てまもないころに。
初めて砦に来た日。
入隊希望者の群れにまじるワレスをひとめ見て、ギデオンは言った。
「冴えた目をしている」
おかしなことを言う。
「青い鏡をくだき、はめこんだようだな。いいだろう。おまえを、おれの隊に入れよう」
そのときは気にしなかった。
持っていた紹介状が皇都では有名な遊び好きの貴婦人、ジョスリーヌの名だったので、そのせいだろうと。
彼女を知ってる者なら、ワレスが都で何をしていたか、察しがつく。
だが、それはワレスの勘違いだった。ギデオンはジョスリーヌを知らなかった。ただ単に、ワレスの容姿に興味があったのだ。なぜなら……。
砦に来て三日め。
ワレスは身投げの井戸で顔をあらっていた。
そのとき、ギデオンが一人で塔からおりてきた。
当時、ワレスはまだアビウス分隊ではなかった。ギデオンのちょくせつ指揮する第一分隊にいた。仕事も塔の内部の巡回。のちにやられたアビウス隊より、ずいぶんラクだった。
「仕事にはなれたか? 新入り」
声をかけられて、ワレスはふりかえった。
「ええ。小隊長」
「運の悪いやつは三日で逝く。気をぬくな」と言ったあと、ギデオンは長いこと無言でいた。
もう話はないのだろうと、ワレスは立ち去りかけた。
すると、なぜか、ギデオンがついてくる。
「何か?」と言ったとたん、抱きすくめられ、キスされた。うむを言わせぬ強引なキス。
「おれはな。おまえのような青い目の男が好きなんだ。今夜、仕事が終わったら、おれの部屋に来い」
女に媚びを売って食わせてもらう。そういうジゴロの生活がイヤになって逃げてきたのだ。
とっさに腕をふりはらった。
「ことわる」
「後悔するぞ」
「かまわない」
言いすてて立ち去った。
夜の屋上の見張りを一人でする、アビウス隊に配置替えされたのは、その直後だ。怪死をとげた男の代わりとして。ギデオンの悪意から来ていることは明白だ。
「小隊長の趣味は有名ですからね。以前にも、袖にしたことを根にもたれて、自殺した男がいるそうですよ。それでなくても、砦の暮らしは毎日が緊張の連続ですから。いじめぬかれて耐えきれなくなったんですね」
同情するように、ハシェドが言った。
「隊長はそんなことないようにしてください」
「おれはそれほど弱くない」
とは言ったものの、後悔してないわけではない。
兵士の昇格は大隊長以上が決める。その点には影響ない。だが、配属を決めるのは直属の上官だ。つまり、ワレスの場合はギデオン。
分隊長になったとき、夜間の前庭の警備にまわされた。だんだん危険の多いところに行かされる。
(いっそ、あの男の自由になってやればよかったか)
今さら、ためらうような生きかたはしていない。
七つで孤児になって、あてどもなくさ迷った。
いったい、何人の男と寝ただろう?
金のために。パンのために。一晩の宿のために。
長じて相手が女になってからは久しいが、純潔を惜しむ体ではない。
ただ、ワレスはあの男が嫌いだ。
「あれであの人、腕は立つから、すぐ中隊長になるだろうってウワサです」と、ハシェドは続ける。
そうなると、ますます、やっかいだ。
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