第二話 人肌の似姿

一章

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https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16817330658225033226(挿絵)



 ユイラ皇帝国の辺境の砦。

 ボイクド城の昼下がり。

 ワレスがこの城に来て、ひとつきあまりだ。


 宿舎の自室で、ワレスが着がえていると、いきなり扉がひらいた。

 まあ、しかたない。ここは傭兵たちの十人部屋だ。とつぜん、同室者が入ってきたからと言って、とがめることはできない。


 身投げの井戸事件を解決した手柄で、分隊長に昇格はしたが、やはり、大部屋のままだ。


 入ってきたのは、ハシェドだ。ワレスを見て、一瞬、息をのむ。


「早くしめろ。外から見える」


 ワレスが叱責すると、あわててドアをしめた。


「隊長! 正装でありますか?」

「まあな」


 祭用の古い民族衣装に近い、すその長いローブ。貴族や金持ちが好んで着る服だ。その上からまとうのは、分隊長の青いマント。魔物の徘徊はいかいする殺伐とした砦では、ここまで着飾る者は、なかなかいない。


「今日は入隊者があるだろう。広間へ行かなければ」と、ワレスは飾り帯に剣をさしながら答える。


「そうか。ホライの代わりですね。あいつも運がなかったな」


 ホライは四日前に死んだ同じ隊の男だ。しかし、ここでは人死にはよくあること。いちいち感傷的になってはいられない。ワレスが来てからでも、すでに五人……いや、六人が死んだ。ほんの二十人たらずの同じ分隊のなかで。


 ましてや、ハシェドはワレスより二年も長く砦にいる。いいかげん、なれっこだろう。


 ワレスが着がえ終え、出ていこうとすると、

「おれも同行していいですか?」

 にこにこ笑いながら、ハシェドがついてくる。


「かまわんが。なぜだ?」

「もちろん、目の保養だからであります」


 元気のいい答え。


「そうなのか?」

「眠っておられるところを見ると、少し、ドキドキしますよ」


 そんなことを男の口から聞かされたのは、何年ぶりだろう。それほど、男ばかりの砦暮らしは、わびしいということか。


 あたりには人家もなく、森のただなかにそびえる前線の砦。

 二万人いる兵士や下働きのほとんどは男だ。女は二、三十人もいるだろうか? 兵士は女の姿を見ることもなく、したがって、少し若くてキレイだとこの扱いだ。


 若いとは言っても、ワレスは二十七。ただし、ジゴロあがりの端整な容姿は、美形の多いユイラ人のなかでも、ちょっと他にない。


 まぶしい金髪。

 あざやかな青い瞳。

 雪でできた人形のように、冷たい印象の美貌だ。


「おまえがそんな目で、おれを見てたとは。知らなかった。いやにつきまとうのは、そのせいか」

「つきまとうはヒドイです」


 ワレスが砦に来たばかりのころから、ハシェドは何くれとなく親切にしてくれる。

 なぜかはわからない。たぶん、もともとの性格だろう。ワレスにかぎらず、誰に対してもそうだから。荒くれ者ばかりの傭兵のなかでは、貴重な存在だ。


「おれだって、初めて隊長を見たときは思いましたよ。なんて目つきの悪いやつだって。でも、今では口の悪いこともわかりました」


 カラカラと笑う。

 笑われて腹も立たないのは人徳か。同じことをワレスが言えば、とんでもない皮肉に聞こえるだろうに。


「ついてくるなら、マントをとってこい」


 ハシェドは小分隊長の黄色いマントをつかんでくる。


 以前は二人とも、アビウスという分隊長のもとにいた。

 ワレスが分隊長に昇格したとき、ハシェドも小分隊長としてついてきた。気心の知れた部下がいるほうがいいだろうという、中隊長の配慮だ。


 小分隊長は、四人から六、七人のリーダーで、マントは黄色。

 分隊長になると、小分隊を四つ持ち、マントは青になる。

 瞳と同じ色のマントは、ワレスによく似合う。


 そのせいか、歩いていくワレスたちを、通りすがりの多くの兵士がふりかえっていく。皇都でジゴロをしていたころの派手な服を着てるから、なおさら目立つのだろうが。


「人目をひきますね。ワレス隊長は、分隊長のマントがとても映えますから。でも、大隊長の紫のマントは、もっと似合うと思います。金糸のぬいとりが、きらびやかですからね」

「世辞がうまいな」


 一階におりると、本丸へ続く扉をくぐる。ろうかの窓があけはなされ、前庭が見えている。ふだんは剣のけいこをする者くらいしかいない前庭だ。


 しかし、今日は数えきれないほどの兵士の姿がそこにあった。

 今日は二旬に一度、国内から物資を運んでくる輸送部隊が来る日なのだ。砦で使う備品や食料のほか、入隊希望者をつれてくる。


 ほかにも、輸送隊には大勢の商人がついてきていた。砦の兵士の給料は、異例の高額だ。そこに商人が目をつけないわけがない。

 酒、タバコ。菓子などの嗜好品しこうひん。衣類。日用雑貨。女でさえ。たいていのものはそろっている。

 したがって、手あきの兵士は、こぞって集まる。


「あとでごいっしょしませんか?」


 というハシェドを、ワレスは冷たくあしらう。


「あまり近づくな」

「あれ? もしかして、さっきのこと気にしてますか? ただの冗談です」

「何が?」

「だから、さっきの。おれ、ふつうに女が好きです」

「おれもだな。どちらかと言えば」

「どちらかと……?」


 首をひねってるハシェドに、ワレスは苦しい言いわけをする。


「おまえのほうが上背がある。ならびたくない」


 ユイラ人は華奢きゃしゃで小柄だ。なかで、ワレスはかなり背の高いほうだが。それでも、母親がブラゴール人のハシェドとは、根本的に体格が違う。


 ハシェドは笑った。


「意外と細かいこと気にするんですね」


 そうじゃない。ほんとは、たとえハシェドにでも、背後に立たれたくないだけだ。


(人間ってやつは、信用できない)


 いい人だからって、いつ、どんなふうに気が変わるか知れたものではない。

 砦に来るような人間は、多かれ少なかれ、そう感じているはずだ。信じられるのは自分だけだと。誰彼なく親切にしてまわる、ハシェドのほうが異常なのだ。

 ましてや、ワレスは敵を作りやすい。


 さっそく、敵の一人がやってきた。

 ワレスは黙礼した。

 ほんとは顔も見たくない。が、しかたあるまい。相手は直属の上官だ。


 イヤなやつだが、小隊長のギデオンである。エメラルド色の双眸に黒髪。若いころは、かなり美男だったに違いない。


 しかし、それは十年も前の話だ。今の彼は神経質そうにやせて、とがって、お世辞にも好ましい風貌には見えない。

 蛇のような目つき。

 見るからに残忍そうだ。

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