三姉妹百合に親はいらない

阿賀沢 隼尾

三姉妹百合に親はいらない

「たっだいま~!! 雪ねぇ、今帰ったよ~~!!」

 洗濯物をしていると、下の妹の桜と美海みうが帰ってきた。

「あら、お帰り。美海。帰ってきたらお帰りでしょう?」


「う、うっさいな。そんなのどうでもいいだろ」

「どうでも良くありませ~ん」

 洗濯ものをしている手を止めて、2人に寄り添い、強く抱きつく。


「ちょっ、雪ねぇ。暑苦しい。鬱陶しい。離れろ」

 美海は腕の隙間からするっと抜けて私と桜を睨みつける。

「もう私は高校生なんだぞ。そんなことするの恥ずかしいんだよ。なれなれしいんだよ」


「そんなこと言って、美海も一緒にぎゅってしたいんじゃないの~? ねぇ、桜~」

「うん!! 私は雪ねぇとぎゅってしたい!! 3人でぎゅってしたい!」

「ほら」

 にやりと彼女を見つめる。


 彼女は頬をリスみたいに大きく膨らませて剥れて見せる。

「わ、分かったわよ。し、しょうがないわね」

 よそよそしそうに両手を私と美海の背中に回して抱き締める。

 彼女の細く、女の子独特の柔和な肌の感触。


 そうそう。これこれ。

 これだよ。

 3人でこうやって一緒にいる時が、抱き締め合っている時が一番私は幸せ。


 数10秒間、私達は抱き締め合っていた。

 甘い。蜂蜜みたいに甘い時間。


「ちょっ、ちょっとも、もういいでしょ。恥ずかしいわよ」

「え~。もう終わりなの?」

「だ、だって、こんなこと高校生にもなってやるの恥ずかしいんだもの」

 そう言って2階に上がって自分の部屋に閉じこもってしまった。


「もう、美海ねぇしょうがないね。雪ねぇ。今日の夕ご飯は?」

 胸に桜の頭がこつんと当たる。


「今日の夕飯はお味噌汁とご飯、あと、2人の大好きなハンバーグだよ」

「え!? ハンバーグ!? ほんと!?」

 太陽の様な満面な笑み。

「ほんとほんと。だから、ちょっと待っててね」

「うん!」


 台所に行って、夕食の支度をする。

 ご飯とお味噌汁はもうできているから、ハンバーグの用意をするだけ。

 ハンバーグは下準備は既にしてある。

 あとは、フライパンで焼くだけ。


 桜はテレビゲームをして暇潰しをしている。

 丁度、今流行っている「大戦争ブレイクブラザーズ」をプレイ中らしい。

 戦闘音を聴きながらハンバーグを焼いて、お味噌汁とご飯をお皿に注いで机に並べていく。


 そこへ、暇を持て余した美海がやってくる。

「あ。なにやってんの。ああ、『ブレブラ』か。ちょっと、あたしにもやらせてよ」

 彼女はそういうなり、コントローラーを掴んで一緒にゲームをプレイし始めた。


 大丈夫かな。

 こういう時、大体けんかになっちゃうけれど。


 夕飯の準備が完了。

「2人とも、夕飯出来たわよ。早く食べないと冷めちゃうわよ」

 その時、耳を劈つんざくような絶叫が聞えてきた。

「も~~~!! お姉ちゃん強すぎ!! 全然勝てな~い~!!」

「ふふん。あんたが弱いだけよ。バーカ」

「う、ううう……」


 あ~、一触即発の状況。

 いや、一触即発ではないか。

 桜が一方的にやられているだけ。


 くりくりな瞳に涙を一杯溜めて、桜が私の胸に飛び込んで来た。

「雪ねぇ~~。美海ねぇが虐める~~!!」

 桜の小さな顔が胸にすっぽりと埋まってしまう。

 濡羽色の髪を右手で優しく撫でる。

「はいはい。辛いね。もう、美海、桜を虐めちゃだめよ」

「はぁい」

「また、そんなこと言って……」

 軽い返事で済ましちゃうんだから。


 日々のストレスが溜まるのは分かるけれど、それを妹を虐めることでストレス発散をするのはいかがなものかと思う。


 私の右隣りに桜が。

 左隣に美海が座る。


「それじゃ、両手を合わせて。いただきます。

「「頂きます」」


 ――――無言。

 私の家の食卓は食事の時には誰も話さなくなる。

 躾をしているからだとか、そういうわけじゃないんだけれど……。

 なぜか私にも分からない。


 父も母も食事の時には何も話さない人だった。


 恐らく、両親の影響が強いのだと思う。

 私も美海も桜もそのせいで食事中に誰も話さないのかもしれない。


 まぁ、それはそれで気まずいのだけれど。

 咀嚼音だけ聞こえるのは嫌なのよね。私。


 よし。

 勇気を振り絞れ! 私!!

「み、美海。右腕は大丈夫?」


 ぴくり、と美海の肩が震える。

「え、いや。大丈夫。なんでそんなことを今聞くの?」

「いや、だって――――」

 良く見ると、美海の右肩の動きがぎごちない。


「右肩の様子が変だなって思ったから。それに、食事中ずっと無言でいるの気まずいし」

「大丈夫だよ。ほら、この通り」

 そう言いながら、彼女は拳を握ったり、離したりして異常がないことをアピールしてくる。


「本当だ。それなら良いんだけど。何か変なことがあったら私に言うんだよ。美海」

「あー、ハイハイ。雪ねぇはおせっかいなの。過保護すぎ。桜はともかくとして、アタシはもう高校生なんだし放っておいて!」

「そんなことは出来ないわ。だって、大切な大切な妹たちなんだもの。過保護になってしまうのが姉というものでしょ。ほら、今日も一緒にお風呂に入るわよ」


「わぁーい!! おふろだーーー!!」

 タタタタタタとお風呂場へと飛んで行ってしまった。


「ほら。美海も」

「っ……。そ、そんな恥ずかしいことできない」

「何を今更言っているの? あんた、小さい頃お母さんにべったりだった癖に」

「なっ……!? そ、それとこれとは関係ないでしょ!!!!」

「ほらほら。そんなこと言わず。行くよ」

「ちょっ、やめ……」


 美海の腕を掴んで無理矢理連れて行く。

 抵抗する事は無駄と悟ったのか、大人しくお風呂場までついてきた。


「ほーら。脱いじゃえー!!」

 お風呂場に着くと、美海の服を脱がせ始める。

「ちょっと、雪ねえやめてよ! それくらい自分でやるから! 恥ずかしい!」

「え~。なんでよ。私は妹の成長を見守る義務があるのよ」

「そんなの知らないわよ。私はそんなの知らない!! 自分で着替えるから離してよ!」

「もう、仕方がないわね」

 美海は全て脱ぐとお風呂に入る。

 それに続いて私と桜もお風呂に入っていく。


 2人とも小さいこ頃に比べたらやっぱり成長をしているなと感じるし、そう思う。

「どれどれ」

「ほうあっ!? 雪ねぇ!?」

「おろ? 桜ちゃん少しおっぱい成長したんじゃない?」

「ちょっと、お姉ちゃん止めてよ。恥ずかしいよ」

 両手に収まるほどの小さい胸だけれど、形は悪くない。

 美乳だ。


 うんうん。

 少しずつだけど成長している。


「どうやったら雪ねぇみたいにお胸が大きくなるの?」

「ん~~。それはね、牛乳を飲めば大きくなるのよ」

「え!? 本当に!?」

 桜は大きく目を見開いて、まじまじと私の胸を見る。


 もう少し意地悪をしてやろうと、私の意地悪心がうずうずしてしまう。

「でもね、胸って大きすぎても不便なのよ?」

「え? そうなの?」

「そうそう。下は見えないし、走っている時に胸が揺れて邪魔だし、重いし、男子と話していても胸ばっかりに視線がいくし、着られるブラのデザインも限られてくるし。胸を大きくしたい気持ちは分かるけど、私から見ると、小さい方が可愛くて、多種多様なブラを着られるから、その方が私から見たら羨ましいけどな」

 まぁ、つまり、隣の芝生は青いってことなんだろうけど。


「それじゃ、次は美海の胸を確かめてもらおうか。ふふふふふ」

「ゆ、雪ねぇ!? ちょ、やめ……」

「ほむほむ。なるほどなるほど。んんん?」

 彼女の胸を鷲掴みにして2、3回ほど揉んでみる。


「んんんんんん?」

 もう3、4回ほど揉んでみる。


 ん~~。

 やっぱり成長していない。

 もう少し成長してもいいはずなのに。


「ちょっと、雪ねぇ!! 私の胸を揉みたいだけでしょ!!!!」

 キッと、美海の鋭い視線とぶつかり合う。

「えへへ。バレた?」

「ば、バレた? じゃないわよ。もう!! 妹の胸触るとか雪ねぇ変態! スケベ!! 出ていけぇ!!」

「はいはい。全部洗ったからお姉ちゃんは出ていきますよ」


 お風呂から上がると、寝間着を着て2人が来るのを待った。

 数十分後、2人がお風呂から出て来た。

「ほら、着替えたら歯磨きをしてもう寝なさい」

「「はぁーい」」


 歯磨きを終えると、私達は2階に上がり、2手に分かれる。

「それじゃ、桜ちゃんはお姉ちゃんと寝る?」

「うん!!」

 そのやり取りを見ていた美海が一言。

「アンタ、いつまで雪ねぇと一緒に寝るのよ。もう中学1年生でしょ」

「別にいいじゃない。ねぇ、桜?」

 弱弱しく小さく頷く。


「雪ねぇは桜を甘やかしすぎなのよ。ふんっ」

 美海はそう言い残して自分の部屋に入って行った。


 不安そうな表情を浮かべる桜の頭を優しく撫でる。


「気にしなくても良いのよ。桜。ほら、一緒に寝ましょう」

「うん」

 布団の中に入る。


 桜の温かい体温を感じる。

 でも、この温かさが偽物の温かさだって私は知っている。

 それでも、私はこの温かさをこの子の本当の温かさだって私は信じたい。


 桜を寝かせると、布団から出て机の電気を点け、上から2段目の棚を開ける。

 1枚の縁が黒く焼けている1枚の写真と仮想体健康監視装置を机の上に置く。


 明るく照らされた写真には2人の男女が写っていた。

 1人は、顎鬚と口髭を生やしたツンツン頭のダンディな男性と細身のグラマラスな体形をした黒髪ロングストレートの女性。

 2人の間と両端に1人の黒髪の女の子が微笑みを浮かべて並んでいた。


「お父さん、お母さん。今日も2人は無事だったよ。私、美海にどう話したらいいのか分かんないよ。きっと、桜が仮想体って分かったらきっとも美海はショックを受けてしまうよ。あの子はただでさえ、2年前のことから抜け出せていないのに」

 幸い、この町が国で最も3Dホログラムの技術が発達している都市で良かった。


 でも、いつまでも死者に囚われてはいけない。

 産まれ、いつかは死ぬのが自然の摂理。


 これは私自身の問題でもあるのだろう。

 私があの時の火事から抜け出せていないから。

 囚われているから。


 正直、あの時の判断が正しかったのか自分でも迷う。

 1人でいるのが嫌で。


 家族がバラバラになるのが嫌で桜を仮想体として――――3Dホログラムにして――――生かして、美海の焼えて失ってしまった右手に義手を点けてサイボーグと化してしまった。

 させてしまったこと。


 2人は許してくれるのだろうか。


 町全体の構造を3Dホログラムと一致しているから、桜は生きていけるが、この構造が崩れたら私はどうすればいいのだろう。

 美海に何といえばいいのだろう。


「私だって、私だって辛いのよ……」

 だって、1人はいやだったから。

 そうするしか、あの時の私にはできなかったから。

 それしか、考えることが出来なかったから。


 いつ、3Dホログラムとバレるか分からないから、桜と一緒にいないといけないし、反抗期真っ只中の美海の右手のことも心配だし。

 これは、私の罪なんだと。


 私の勝手なわがままで2人を生かしてしまってごめんなさい。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 それでも、それが家族の愛だって、家族愛だって私は信じていたいの。

 そう思わないとやっていけない。


 でも、いつかは真実を話さないといけない。


 そう考えているうちに朝が来た。

 いつもの朝だ。


 もう、突っ走るしか道は無い。


 すうすうと寝息を立てている桜に近づき、布団の端を思いっきり放り投げる。

「ほうら! 桜、朝だよ!!」

「ぐみゅう。雪ねぇ。もう少し寝ていたい」

「だーめ。そんなことをしていたら学校に遅れちゃうでしょ」


 私は不安と恐怖を胸に閉まって、今日もいつも通りの「日常」を過ごす。

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