第4話 ヴィーガン〜怒涛の啓蒙活動の行方

 私の周りにも割と菜食主義の人がいるが、誰も私に菜食主義を押し付けてきたりすることもなく、一緒に食事をとっても、ベジタリアン用のメニューを頼むか、食材をチェックして、それぞれに自分の主義レベルにあった食事を注文をするので、その存在をほとんど気にしたことはなかった。


 そんな中、一年ほど前に、バイク乗りで、筋トレも欠かさないガタイのいい、職場の受付兼セキュリティのおばちゃんと仲良くなり、彼女がヴィーガンだと知った。


 どうやら、おばちゃんは動物愛護の精神からヴィーガンを選択したらしく、更にアロマオイルで薬に頼らないで健康維持、ひいては地球の自然環境保護にまで心を砕くようになっていった。


 私がちょっと切り傷を作れば、何かのアロマオイルを塗ってくれる。

「風邪ひいたっぽいなあ」と言えば、自然食品の何かよくわからない酸っぱいゼリーを自信に満ちた目で手渡してくれる。


 まあ、別に害がある訳でもないので、私は「はい、どうもありがとう」と、オイルを塗ってもらい、言われるがままにゼリーをすすっていた。


 しかし、ものすごーく頑張って啓蒙活動しているのに、悲しいかな私も含め、職場の誰もおばちゃんに感化されず、みんな相変わらずの肉食ざんまい。


 そんな状態が腹立たしいのか、おばちゃんはどんどんエスカレートしていく。


 チキンを食べている同僚をゴミをみるような目で通り過ぎ、ランチタイムにみんなでグルメ番組を見ていると、ビーフシチューが大写しされた瞬間に、「けっ」と吐き捨てて立ち去る。


 ある日、ボスの部屋でのミーティングに集まったら、壁に貼ってある犬のカレンダーを指さして、おばちゃんが「これ誰のカレンダー?」と聞いた。


「ボスの部屋の壁に貼ってあるんだから、ボスのに決まってんだろ?」と、不思議に思っていると、犬を3匹も飼っているボスが嬉しそうに、「俺の。これと同じタイプの犬、昔飼っててさ」と語り始めたのに、おばちゃんはすかさず遮って、「変なの。あなたは肉を食べるのに、犬のカレンダー飾ってるんだ」と不遜な笑みを浮かべてぶちかます。


 重い沈黙の後、ボスは苦虫噛み潰したような顔でミーティングをおもむろに始めた。


 一時が万事こんな調子で、彼女との会話する時は、みんな話題を選びに選ぶようになっていった。


 そんな彼女も、ヴィーガンになる直前まで、平気でばくばくフライドチキンとか、ローストビーフとか食べまくる『超肉食』だったらしい。


 軽い菜食主義で始まり、いよいよヴィーガンとかではなく、突然、超肉食からの完全ヴィーガンへのシフトチェンジ。ハンドル真逆に切って、この熱の入れよう。


「ついこの間まで、あんた……」って気にもなる。


 結局彼女は、あまりにも本職をないがしろにしたせいで、職場チェンジを言い渡され、それに激昂して辞職してしまった。


 なんか、こう、北風と太陽じゃないけど、押して押して押しまくって、逆に人の心を閉ざさせているような。しかも、いつもギャンギャン吠えまくって、不満を口にしている人に啓蒙されてもなあ、などと思う、今日この頃。

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