第5話 ホテルとフライドチキン〜みつからない
人生折り返しをすっかり過ぎて、焦りがでてきたのか、今までなんだかんだ理由をつけて、なんとなく後伸ばしにしていたことに手をつけ始めた。
例えば、釣り。
昔から、「海に潜ってウニやサザエをとってみたい」だの、「自分で釣った魚をそこいらでさばいて刺身にして食べてみたい」だのの野望があって、手始めに釣り道具を近所の釣具屋さんで揃え、お店のお兄さんに初心者でも釣れそうな、車で1時間ほどの小さな湖を教えてもらった。
その湖に私と子供たちで初めて行った日は、全く釣れない私たちをみかねたインド系のおじちゃんらが、手取り足取り教えてくれて、何とか形だけでもマスを1匹釣り上げた。おまけに、たくさん釣れていたおじちゃんが『お土産に』と3匹おすそ分けしてくれた。その日、たまたま父の日だったので、その魚は子供たちからのサプライズプレゼントとして元旦那の元に。
元旦那はその場でマス4匹調理する羽目になり、なかなか大変だったらしいが、それは私の知ったことではない。
今回は自分たちだけで釣り上げようと、鼻息荒く、一泊旅行で出かけることに。
しかし残念ながら釣果はまたもゼロ。しかし、天気も良く気持ちの良い一日で、一般の家族連れの水遊びも増えてきたあたりで、早めに切り上げて宿泊予定の街に向かうことにした。
いつものようにネットで予約を取ったので、グーグルマップを頼りに車を走らせる。着いた街は小さいながらも観光地らしく小洒落ていて、街を歩く人もほとんどが旅行客のようだった。
街の中心の大きめの道路をゆっくりと走り、グーグルマップの到着地点を目指すけれど、それらしいホテルが見当たらない。助手席に乗っている娘も、目を凝らして探すけれどみつからない。
騙されたのかと疑心暗鬼になり始めた頃、到着地点のとあるビルのフロントドアに、A4紙が貼りつけてあって、それに今日泊まる予定のホテル名が書いてある、と娘が言いだした。しかしそのビルの壁一面に直に、まったく違うホテル名がでかでかとペンキで書いてある。
「それ違うホテルだから」と言う私と、「でも紙切れに私らのホテル名がみえた!」とい張る娘。
しかたがないので、娘を車から降ろし、確かめに走らせたら、やはりそこが今日宿泊予定のホテルだった。どうやら以前のホテル名をビル壁に残したままリニューアルしたらしい。
予約時の注意事項に『内部が改装中』とはあったが、ビル自体に元のホテル名が記載されている事については一切触れず。あきらかにそっちの方が重要だと思うんだけど……。しかも、通りに面しているとはいえ、A4の紙切れにペラっと白黒印刷されただけのホテル名は、運転してたら絶対発見できねー。
しかし、ここはカナダ。日本のような懇切丁寧なサービスを期待してはいけない。若干脱力しつつ、車を止めホテルに向かう。
小さめの古い建物だが、フロントを革製の四角いスーツケースを重ねて作ってあったり、ロビーに藤製のハンモックのような揺り椅子がぶら下げられていたり、手作り感満載とはいえ、モダンな内装になっていて割と楽しい。
部屋も、訳のわからないでっかい花柄のシーツとかではなく、白と黒を基調にしたシンプルなデザインで心地いい。
一度部屋でゆっくりするともう出かけたくなくなるので、グルメなボスおすすめのフライドチキン屋で、チャチャっとテイクアウトすることにした。
またもナビを頼りに車を走らせる。
ボス曰く、「幹線道路沿いにある店なので、見つけるのは難しくない」とのことだった。
しかしナビが「到着しました!」と教えてくれるも、該当の店がない。
けっこうな田舎なので、ナビが正確じゃないのかと思い、そこらへんをウロウロしてみるがやはりみあたらない。
再びナビに住所を入れてみても、やはりまったく違う看板の店についてしまう。お腹も空いて、イライラがマックスに。
仕方がないので、車を止めて、その店の前で並んでいる人に、フライドチキン屋を探しているけど、どこか知らないか聞いてみた。
「ここだよ」
即座に振り返って、その店のでかい看板を見上げるが、まったく違う名前が掲げてある。状況が飲み込めず困惑していると、先ほどの人が、
「君、知らないで来たの? オーナーチェンジで、店の名前が変わって今日が再オープンの日。あと10分で開店だよ」
「またか……」
今度はグーグルマップは昔の名前で、看板だけ新しくなっていた。しかも、今日、再オープンって、ラッキーなのか、なんなのか。
そうこうしているうちに、続々とお客が集まってくるが、私たちと同じように
不思議そうな顔をして車を降りてくる。
そして、それぞれが行列の最後尾の人に、「フライドチキン屋を探しているんだけど……」と尋ねる。
だんだん行列が長くなるにつれ、新たに並んだ人には、「オーナーが変わって、今日再オープン。でもレシピは昔のままで、6時開店のはずだけれど、ちょっと遅れているらしい」と伝える伝言ゲームシステムが出来上がっていった。
ついでに、「フライドチキンとプーティンは絶対外せないだって」なんて言うプチ情報も加わっていく。
おなかをすかせてジリジリしながら、いったい何で遅れているのかと、ガラス張りの店内を目を凝らして覗いてみたら、新しいオーナーが飾り棚の上を手で触れて、フロアスタッフにちゃんとふき取るように指示しているのが見えた。
行列できて、開店時間過ぎてるのに、今それ?
しかし、ここはカナダ。
行列を作っている人たちも、遅れていることを茶化しながらも、なんとなく和気あいあい。イライラしてはいない様子。
ようやく、開店。
私たちは、3番目のお客。
プチ情報に基づき、フライドチキンとプーティン(フライドポテトにとろけるチーズとグレービーソースをかけたもの)のセット。ただし、ソース吸いまくったべちゃべちゃポテトは嫌いなので、「グレービーソースはかけないで、別にパックして」と注文。チキンがあまり好きではない娘は、牛挽肉のブリトーを頼む。
待っている間、メキシカンな店内をウロウロしていると、娘がこっちに来いと私を呼んだ。
見ると、店内の壁の一角が日本のアニメのコラージュで埋め尽くされている。ポケモンからジブリから、進撃の巨人までありとあらゆるキャラクターやアニメのワンシーンがぎっしり。
著作権もへったくれもない、しかも『メキシカンレストラン』に日本のアニメになんの関係が?
別の壁にも、メキシカンな内装の中、唐突にロックだか、R&Bだかのレコードジャケットのコラージュがあったり、80年代の映画のポスターやら、なんかもう、何をどうしたいんだか。
そうこうしているうちに、名前が呼ばれた。
見ると、しっかり店内で食べる仕様になっている。
持ち帰りで頼んだはずだと伝えると、バスケットに入ったチキンのトレーを引き寄せつつ、お店の人は若干イラっとした表情をみせたのを私は見逃さなかった。
いやいやいやいや、ちゃんと頼んだし。
すったもんだの挙句、ようやくフライドチキンのセットとブリトーをゲットし、ホテルに舞い戻りさっそく箱を開けてみる。
とりあえずソース別のはずのプーティンは、まんまとグレービーソース吸いまくって、べっちょべちょだ。
娘もブリトーにかじりつく。
「……ママ、これ中身チキンだ」
結局、持ち帰りと店内用を間違え、ソース別も忘れ、ブリトーも中身が違ってて、私たち開店後3番目の客だったはずだけど、どこまでオーダー間違えるのか。
なかば半笑いで、娘もチキンのブリトーにかじりつく。
もう一度店に戻る気力はない。
でも味は確かにおいしかったから、良しとする。
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