学校一の美少女が再デビューしたのだが？

2回目の夏休みデビュー

　夏海ちゃんは、何かあったのだろうか？

　いや、何があったからあんな格好をしているのだろう。

　高校二年の夏休みの明け、新学期に現れた彼女は一変していた。

　いわゆる夏休みデビュー、というやつか？

　最初現れたときは、幼なじみのボクにも解らなかった

　一番驚いたのは、長かった髪を真っ黒に染めて、バッサリとボブカットに切ってきた。ぴっちりと指定の制服を着込み、スカートも規程より少し短い程度。耳に付けていた痛そうなピアスも取っていた。付けているアクセサリーは、右側で前髪をとめている星形のヘアピンひとつ。趣味の悪いと思う化粧も取って、とんでもない美少女として登校してきたのだ。

「誰だ、あの美少女は？」

「あんな子、ウチのクラスにいたっけ？」

「五十嵐？　まさかあの不良か？」

　彼女の変わりようにクラスのみんなが驚いている。

　まあ、ボクは子供の頃から見ていたから、夏海ちゃんの素材の良さは知っていた。

　高校生になったときには『学校一の美少女登場』と騒がれた。それは外見だけの話で、同じ中学出身の人は知っていた。

　夏海ちゃんの中身は……中学３年の時ぐらいから、少し悪い友達が出来て、周りの大人から警戒されていた。結局、ボクもそのひとりで、しばらく話をしていなかったが……。

　ちなみに去年、高校一年の時の夏休み明けにもデビューしている。

　思えば、全く反対方向だ。

　長い髪を緑色に染め、規程の制服もだらしなく、何個も耳にピアスをぶら下げて登場した。

　それが、隠れていた内面が外面に溢れたというか……その時のデビューはそんな感じだった。

　しかし、今日の再デビューは高校になったときの『学校一の美少女登場』と騒がれたときの感じだ。

　本当になにかあったのだろうか？

＊＊＊

　新学期初登校の一時限目は、体育館に集まっての始業式だ。

　堅苦しい校長の話が続いているが、生徒はずっとヒソヒソと話している。

「緑の髪の女はいないのか？」

　夏海ちゃんは、いろいろと目立っていた。

　それがいないのに不思議がっているのと、入れ違いに……

「何だあの美少女は？」

「ウチの高校で、こんな美少女いたっけ？」

　などとヒソヒソ話をしているものだから、

「静かにしないかッ！」

　おっかない生徒指導の先生が声を上げた。

＊＊＊

　二時時限目は各クラスでのミーティングだ。それが終わったら帰宅となる。

「先程の校長の話にもあったが……」

　まともに話を聞いていないだろうと、担任は同じ話をするようだ。

　見渡しているが、夏海ちゃんの前で一瞬、目がとまった。

　妙な正義感を押し付ける担任と、夏海ちゃんとの仲は最悪だった。だが、今日の彼女の姿を見て何かを……いや、人間として本能的に関わらないことがいい、と思ったのだろう。

　明らかに目をそらした。

「一ヶ月ほど前からある連続爆破事件は、知っているとは思うが……」

　たしかこの市で週に一度、水曜日に連続爆破事件が起きていた。

　８月ぐらいから始まってすでに４件の事件が発生していることになる。

　怪我人や死亡者も出ているという。だが、未解決のままだ。

　それぞれの事件の関連性も薄いと思われているが、動機も解らず不可解な事件……。

「危ないんだら、なんで学校を再開したんですかぁ～？」

「爆弾魔に襲われたら怖いですぅ～――」

　この市で事件を垣間見て、小中学校の新学期の開始を遅らせた。

　つまり、夏休みが延びていることになる。だけれど、高校は普通に開始された。

　高校生ぐらいだったら、自分でなんとかなるだろう。そう判断されたのか？

「五月蠅い。高校生なら大人に頼らず何とかしろ！」

　結局、生徒任せ……生徒の自主性を大切にするという放任主義の学風のため……って、今日は水曜日ですよね？　それで生徒が死んだらどうするのだ！

＊＊＊

　新学期初日のカリキュラムはここまで、後は帰るだけだけれど……。

「おいッ！　五十嵐。ちょっと面貸せや」

　案の定というか……真っ赤な髪の怖い先輩が直々に夏海ちゃんを呼びに来た。

「――ッ！」

　夏海ちゃんが小さく舌打ちをしたような気がした。

　そういえば、今日は登校してからずっと彼女の声を聞いていない気がする。

　カバンをもって立ち上がると、そのまま先輩に連れられて行ったが……。

　また喧嘩でもするのだろうか？

　あれ？　彼女の持つカバンに妙なマスコットが付いていることに気が付いた。

　何だろう？　見たことがないキャラだけれど……

　クレーンゲーム機とか、その辺のマスコットはボクは網羅している。だが、あんなダサいキャラクターは知らない。

　空色のタコ星人なんて……。

　そもそも夏海ちゃんの性格からして、そんな付けるはずがない！　まあ、１年ぐらい話していないが……。

　先輩は怖いが、夏海ちゃんが何されるか。

　他のクラスメイトは関わらないようにしているが、ボクはそっと跡を付けていった。

＊＊＊

　どうせ連れて行かれた場所は解っている。中庭の端っこ、機械室の裏の小さな隅だ。

　ボクはバレないように、２階の廊下から覗いた。

　案の定、そこに夏海ちゃんは連れてこられている。

　取り囲んでいるのは、ウチの学校で折り紙付きの……いわゆる不良だ。

　ここからだと、頭の色が虹に見える。その中にひとりだけ、黒髪が壁に背を向けていた。

　声はよく聞こえない。廊下の窓を開けるわけにもいかない。

　五十嵐、と名前だけは聞こえてきたが、夏海ちゃんの声は聞こえない。

　どうなっているのだろう……あッ！

　彼女の胸ぐらを掴んでいる奴がいる！

　だけれど、夏海ちゃんは声を上げていない。

　へッ!?

　何だろう。何か目に入ってはいけないものが、入ってきたような……。

　疲れているのかな？

　目をこすって、疲れ目の目薬をさして、ボクは改まって覗いた。だけれど、そこにはちゃんとあった。

　夏海ちゃんの頭の上、あのカバンに付いていたタコ星人のマスコット。

　先輩達も頭の上で、フワフワ浮いているものに困惑しているようだ。

　バリバリバリっ！

　突如、雷が鳴った。空も青いのに……。

　それはタコ星人のマスコットから放たれたのだ。

　夏海ちゃんを取り囲んだ不良達が、気が付けば軒並み倒れて……ビリビリと失神している。

　立っているのは夏海ちゃんだけなのだが、その彼女は急に正座する。

　そして、フワフワ浮いているタコ星人のマスコットに土下座しはじめた。

「夏海ちゃんッ！」

　思わず、ボクは窓を開けて彼女の名前を呼んでしまった。

　見上げた彼女の目は……死んでいた。

　そういえば、この１年、まともに目を合わせていなかった。

　今日登校してきても、伏し目がちだった。が、久しぶりに見たからと言っても、あんな疲れた目をしているものだろうか。

　ヤバいッ！　ここから逃げなければ！

　ボクは人間の本能だろうか、ヤバいものを見たと感じた。

　新学期に再デビューした幼なじみが、妙なモノに取り付かれている。

　あのマスコットはヤバいモノだ。

　慌ててボクはそこから逃げ出した。

　階段を駆け下り、昇降口に滑り込み、下駄箱の靴を取り、校門へ賭けだした。

＊＊＊

　夏海ちゃんは何かに取り付かれている……。

　あからさまに見てはいけないモノを見たボクを、何らかの危害を加えないだろうか？

　前にも言ったが、夏海ちゃんは幼なじみだ。つまり、近所の子である。

　ボクを捕まえるのなら、家の前で待っていればいい。

　ウチに帰るのはマズいか……。

　新学期明けだから、すぐに帰っていると思っている親には申し訳ないが、彼女のことを解決せねば……と、思ったが一高校生であるボクに出来ることはない。

　ウチの前で待ち構えているであろう夏海ちゃんが飽きるまで、どこかで時間を潰そうと考えた。

　そして、ボクは駅前のネットカフェで時間を潰すことにした。

　お小遣いが厳しいが、身のことを考えると背に腹はかえられない。

　節約するために個室はダメだ。

　お気に入りの漫画とドリンクで時間をつぶしてと……。

　そういえば、今日は人が少ないな。

　駅前の立地条件のいいカフェのはずなのに、妙に人が少ない気がした。

　なんでだろうと、考えていると……ふと、爆弾魔のことを思い出した。

　それに今日は水曜日だ。

　みんな爆弾魔のことが気になって、出歩いていない？　

　考えすぎじゃないか。爆弾魔が律儀に水曜日に限って……。

　ズドーンっ!!

　突然、目の前が真っ暗になった。

　爆音と砂煙で、耳も喉も痛い！

　ジジジジジジジシっ！　と火災警報器がけたたましく鳴っている。

　何が起きたのか。それが例の爆弾魔の仕業であることはすぐに理解できた。だが、なんでボクが被害に遭うのだ！

　それもこれも、今日始業式を始めた大人達が悪いのだ！

　呪いたくなる。だが、瓦礫やら何やら上に乗っかっていて、ボクは身動きが取れなかった。唯一の救いは瓦礫の間から、入り口方向が見えたことだ。

　暗い中で唯一、明かりが差している。

　そこに何か大きな塊が立っていた。

　目が慣れてくると、それが異様な人の形をしていないモノだと解った。

　というか……なんだあれ？

　最初に思ったのは、特撮の怪物だ。ようは着ぐるみ。

　ひょうたんをモチーフとした、といわれればそうかもしれないが……ダサい。

　ひょうたんのような巨大な頭に、腰は極端にくびれ、お腹は太鼓腹だ。その太鼓腹には小さなひょうたんがぶら下がっている。

　ゲリラ撮影か？　今のご時世に……

『そこまでです！』

　突如、頭上に声がした。

　見上げればあの夏海ちゃんと一緒にいたマスコット（空色のタコ星人）がいるではないか!?

　そこから声はしている。

『銀河特捜班です！

　未交流惑星の破壊工作及び原生生物への殺傷容疑で、処刑命令が出ています！』

　いきなり犯罪者（悪い怪物）を殺すなんて、銀河特捜班とか言うモノには弁護は付かないのか!?

　突っ込みたくなるところで、ボクの前を遮るようにキレイな人の脚が見えた。

　夏海ちゃん!?

　声を上げたくなったが、グッとこらえた。

「変身許可をお願いします！」

『五十嵐夏海、変身を許可します！』

　夏海ちゃんが右の拳を高く上げたかと思うと、周りが突然、銀と赤い粒子にあふれた。

　それが彼女の元に集まると、赤いボディースーツの上に銀色の鎧を着た戦士が現れた。

　昔やっていた特撮の宇宙から来た刑事（メタルヒーロー）のような……。

『さっさと処刑しなさい！』

　彼女の手には、お約束の光る剣が握られていた。

　マスコットの指示の元、剣を振りかざし怪物に突っ込んでいく。

　そして、脳天からバッサリと真っ二つに切り裂いてしまった。

　ホントに処刑してしまったよ。こんなあっさりとした戦闘で、視聴者が……って、何かの撮影だよね？

『さあ、長居は無用です！』

　逃げるように出て行くタコ星人。

「夏海ちゃん!?」

　ボクは勇気を振り絞って声を上げた。瓦礫をなんとか退かして立ち上がる。

『原生生物!?』

　タコ星人の触角がボクに向けられたが、その間に彼女が飛び込んできた。

『何をしているのですか！』

「彼を傷つけないでください」

『規則です！』

「お願いします！」

　夏海ちゃんは土下座しはじめた。すると、タコ星人は触角を降ろした。

『ともかく、人が集まる前に宇宙船に移動します』

　そう言ったかと思うと、周りが光で一杯になった。

＊＊＊

　ボクが目を開けてみると、そこは光に包まれた部屋だった。

　目の前に……制服を着ている夏海ちゃんがいる。相変わらず、目の下にヒドい隈が出来た死んだ目をしていた。

　何か声をかけようとしたが、急に土下座しはじめた。

「どっ、どうしたって言うんだ急に……」

　今までの彼女なら、土下座なんてしないはず。

『この星の謝罪の仕方ではないですの？　資料によると』

　見ればタコ星人が浮いていた。

「彼女に何をした!?」

『この原生生物しか適用者がいないので、臨時で戦闘員になってもらいました。

　ですが、素行が悪いのは、銀河特捜班には不適切です。なので、規則を守るように……』

「洗脳したというのか!?」

『あら、再教育と言ってください』

　悪気が無いように言うタコ星人。

　学生手帳に載っていた校則を鵜呑みにして、夏海ちゃんを仕上げたのだろう。

　これはこれで……だが、ボクの好みだった美少女の夏海ちゃんに戻ったのはいいが、本人は望んでいないのだろう。

　ヒドくやつれているように見えるのはそのために違いない。

『この先も、彼女には頑張ってもらわないといけません』

「だとしたら、あんたの地球の常識は間違っている！」

『そんなことありませんわ。この星の調査結果を元に、的確に行動しています』

「調査結果？　何年前のだ！」

『この星の時間で、１５０年ほど前ですが？　それが何か？』

　めちゃくちゃ前ではないか！

　宇宙では地球の最新調査結果かも知れないが、このタコ星人を再教育してやらねば。

　彼女を取り戻すためにも！