どちらが好き?
目が覚めるとキッチンからいい香りが漂ってくる。
「七時か」
ベッドの横の小さな棚に乗る目覚まし時計。
まだ鳴らないそれは、デジタルで7:00と表示されていた。
「おはよ」
私の衣擦れか、つぶやきが聞こえたのか、ベッドルームに入ってくる彼。
「おはよー」
私はぼさぼさ髪も気にせず彼に抱きつく。
徹夜でパソコンに向かっていた彼は昨日寝る前に見たときより少し疲れているように見えた。
「ご飯、出来てるからね」
「うん」
私は彼から離れて洗面所に向かう。
顔を洗って歯磨きして、さあこれでOK。ご飯の時間。
今日はなにかな?
リビングに顔を出すと、机の上には私の大好きなオニオンスープ。
朝の一口目はちょっとムカムカして食べれないからスープでならすのが一番。
やはり、彼は私のことを分かってくれてる。
「いただきます」
私が手を合わせると、ちょうど彼も食卓に座るところだった。手には美味しそうなピザトーストが乗った皿が2つ。
オニオンスープ飲んで体が落ち着いたら食べよう。
私は心に決める。
「そういえば、昨日はどうだった?」
ちょっとだけなんだか寂しくなって、聞かない方がいいことを聞いてみる。
「うーん、いいところまで言ったけど負けちゃったよ。ヒーラーさんが途中でクラ落ちしちゃってさ。あれがなければ勝ててたなぁ」
彼の回答と、きらきらと輝く目に、私はやっぱり聞かない方がよかったと思う。
ヒーラー? クラ落ち?
なにそれ。知らない。
ゲームは私には馴染まない。
オニオンスープを飲むと、体の中に温かみが広がってほっとする。
温かさと同時に、冷たい。
彼とのずれが、違いが、私達の心を結婚から遠ざける。
「スープ、美味しい」
「よかった」
そう言って心底ほっとしながら、微笑む彼がいとおしい。
そして私は、それがなくなったら彼じゃないこともわかりながら、ゲームが、その向こうにいる人もうらめしい。
ああ、もうだめだ。
残業でまだ疲れてるんだ。
決めたことじゃないか。いろいろ二人でやって来て、これが一番効率よくて、双方の我慢が同じくらいだって。
それを不満に思うなんて、今日の私はやっぱり疲れてる。
今日は意地でも定時に帰れるようにしよう。
「トーストも食べるー」
スープをのみ終えて、私はトーストに手を伸ばす。
けれど、チーズとケチャップの間からなにやら緑の物体が見えていてはたと手を止める。
「こ、これは、かの有名なアレですか」
「うーん、違うかな。食べてみなよ」
パプリカの仲間であるあの野菜が、苦いあれが私はとても嫌いだ。
でも、彼が違うというなら違うのだろう。信頼させて食べさせる作戦じゃなければ。
ぱくり。
そんな擬音を頭に浮かべながら口にすると、チーズとトマトの中に少し酸っぱいような感覚がする。
ああこれ。
「ピクルスか」
「あたり」
彼がニヤリと笑う。
「ハンバーガーに入ってるんだから、合うに決まってるかな、と思って」
彼もトーストをがぶりといく。
彼のにもピクルスが入っているんだろうか。
私はもう一度トーストを見つめる。
にしても……
「やっぱりピーマンに見えるなこれ」
「それは、見えるように工夫してみたから」
「えっ!」
驚いて声をあげると、彼が言った。
「だって、のんちゃんのそういう反応、可愛いんだもん」
なんだよなんだよ、朝っぱらからいじめやがって。こっちは、精神不安定だぞ、こら!
まあ、でも、可愛いと言われて悪い気はしないので、私はそれを口に出さず、トーストをもぐもぐと頬張る。
リビングの時計が8時を告げる。
そろそろ出なくてはいけない。
歯磨きをして着替えて、準備万端の私を彼が玄関まで見送りに来てくれる。
「のんちゃん。今日も無理しすぎず頑張りすぎず、いってらっしゃい」
見送りの言葉。
私はその言葉になんだか寂しくなって言ってしまう。
「いってくる。今日は一緒に寝てくれる?」
彼は私の言葉に困った表情を浮かべると、小さくうなずいた。
「やっぱり出来ないと思うけど、それでもいいなら」
「……うん。行ってきます」
そう言って扉を出る。
そして、閉めた扉に寄りかかって息を吐き出す。
「あーあ、何で言っちゃったんだろう」
自分の出来なさに、涙が出てくる。
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