みんなはどう思うかな

私と彼は結婚していない。


どうしてかって言われると私は明確な答えを出すのに戸惑ってしまう。


私達が結婚を決めない背景は複雑で絡み合ってて、難しい。


親に反対されてるとか性格の不一致とかそういう理由じゃない。


私は一生この人と一緒にいるんだろうなと思いながらも、結婚というものにイメージがわかないのだ。


最近は同級生もどんどんと結婚を決めていて、早い子の子供はもう小学生だと聞く。


状況が、周りが、私と彼をどんどんと追い詰めてくるけれど、いくら追い詰められても、焦る気持ちが募っていくだけで、私も彼も心が動かないのだった。


「うーん、おいしい。ユウ君、また料理の腕が上がったんじゃない?」


スプーンがハヤシライスのお皿と口を行ったり来たり。素直に美味しくて止まらない。


「そうかな、嬉しいな。ネットでいいレシピ見かけて自分でアレンジしてみたんだ」


私の言葉に嬉しそうな彼。

いつだってなににだって正当な感謝をする。それは仕事でも家でも一緒のこと。


「そういえば、ハヤシライスは初かもね!」


彼の言葉を聞いて記憶をたどってみると、食べた覚えがなかったので言ってみる。

彼の反応を見るとビンゴだった模様。


「作り方知らなかったから、今までインスタントしか出せなかったからねハヤシライス」


彼が苦笑いをしながらジュースを飲む。

グラスが空になったのでつぐ。


「ありがとう」


自然な感謝が心地いい。


幸せな夕食を終えて、穏やかな夜の時間。

寝る準備を二人で少しずつ始めていく。

彼自身は寝ないが、一緒に一通りの準備はしてくれるのだ。


「のんちゃん、お風呂たけたよ」


「はーい」


一通りの準備を終えて新聞を読んでいると(紙のチラシ好きの彼のためにとっている)、彼からお声がかかる。


私はソファに一緒に座っていたパジャマを片手に立ち上がる。

お風呂にいつも一緒にはいる。

うちのお風呂は追い焚きができないうえにさめやすい。それに、二人がぎりぎり一緒にはいれる大きさなのだ。

これで一緒に入らなかったら非効率の極みだ。


「バブル入れてもいい?」


洗濯をするためか洗濯機の前で何やらしている彼の後ろを通りながら聞く。


「うん、いいよ」


彼が断ったことなんて一度もないけど、一応の了解を得て私は泡の選定に入る。

ラベンダーと、ああ、ゆずも捨てがたい。ここはいっそ、カモミール……?


私が決めかねていると、彼の手が後ろからすっとのびてきて、ゆずのバブルを掴む。


「今日はこれにしよう」


「いいね、そうする」


彼が選んでくれたものは入ってから違ったななんてならないから不思議だ。


私は暖かいお風呂にバブルを放り込むと洗面所の脱衣スペースに戻って服を脱ぐ。

遠くで泡の弾ける音。じゅわーという音。

家の中の音は本当に私にリラックスをもたらしてくれる。職場で同じ音を聴いても全く落ち着かないのに不思議だ。


「先にはいってるよー」


いつの間にか洗面所からいなくなってしまっていた彼に声をかける。

スタートは一緒じゃない方が効率がいい。

いくら湯船に一緒に入れても、さすがに二人同時に体は洗えない。


面倒だけど全身を洗ってから湯船に入る。

私はお風呂がそんなに好きじゃないけど、泡のお風呂の香りはとても好きだ。


「お邪魔しまーす」


「はーい」


その言葉とともに入ってくる彼。

お風呂場だと外で見るより大きく見えてやっぱり男の人なんだなぁ、なんて考えてしまう。

でも、自分と違う性別の生き物は、たまに怖かったりもする。


「背中流すー?」


「あ、うん、お願い」


広い背中は洗いづらそうでいくら面倒くさくても私は毎日申し出る。今日もおいしい料理を作ってくれたお礼と思って、私は背中をごしごしとこする。


「どう? まだかゆいところある?」


「それは頭洗うときに言うセリフじゃない?」


「もー、せっかく洗ってあげたのに。恩知らずなお前には、こうだっ!」


彼の頭からシャワーをかける。


「ぶっ」


彼はびっくりしながらも、すぐに反応してきて、私の手からシャワーを取ろうとしてくる。

けれど、負けない。

私はシャワーヘッドを左右に揺らし、彼を翻弄しようとする。


「私に勝とうなど百年早いわ!」


「そうかな?」


そういった彼が狙ってきたのはシャワーではなく私の脇腹で、私はすぐに降参してしまった。

くすぐりには滅法弱い。

くそう、弱点を握られているな。


そんなこんなで戯れながら暖まった私達は、お風呂をあとにする。

彼の志願でドライヤーをかけてもらい、私はその間うとうと。


「ほら乾いたよ、お嬢様」


その言葉で目が覚める。

そう呼ばれるような歳じゃないのはわかってるし、そんな立場じゃないのでちょっとこそばゆい。

だから、


「苦しゅうない、表をあげよ」


そういってバランスをとる。

彼がその言葉に笑う。

私も一緒に笑ってしまった。


髪も乾いて寝る準備が完了。

私は二人で十分に寝れるサイズの大きなベッドに一人ではいる。

彼はベッドの縁に座って、私の頭を優しく撫でる。


「おやすみ、ノゾミ。今日もよく頑張ったね」


頑張れと頑張ったは違う。

前者は奮起の、後者は承認の言葉。

だから、私は受け入れられる。


「おやすみ」


私がおやすみを返すと、彼は部屋から出ていく。

一人寂しいベッドで、私は眠りについた。




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