私にとっての呪いの言葉
「それでは、失礼します」
要件を聞き終わった私は、チラシを手に部長のいる部屋を去る。
ばたんと扉を閉めてすぐ、唇を小さく噛みしめ、人目を避けて歩き出す。
大丈夫、大丈夫。
自分の心を落ち着かせるために唱える。
あの部長ならそう言うことはわかってた。
だから予測の範囲内。
ダメージは少ないはず。
繰返し繰返し、頭の中で大丈夫と唱える。
無心で歩いて、人の少ない一階の階段裏のスペースへとたどり着いた私。
周囲に人のがいないことにほっと息を吐き出し、痛む心臓を押さえた。
ゆっくりと深呼吸。
そして小さく呟く。
「私は」
頑張れという言葉が嫌いだ。
言われると心臓が痛くなる。
苦しくなる。
世界がとても暗くなる。
みんなはそれを思い込みだって言う。
医者だって、親だって、友達だって。
そんなのおかしいって。
そしていつだって最後には、努力する私を応援する言葉に頑張れを使う。
それがどれだけ相手を苦しめているか、本当にわかってない。
「わかってない……」
私が握るチラシはいつの間にかぐしゃっとつぶれていて、泣いているようになったAさんの顔がこちらを見ている。
頑張る女子社員を応援しますだって?
彼女は泣いてるよ、私の手の中でね。
そんな馬鹿なことを考えていると、少しだけ心が晴れてくる。
さあ、実験に戻らなくては、しっかり感情労働していかなくては。
私は自分に気合いを入れ直す。
この症状にどうして私だけ、とは思わない。
だってそれを思うには、私の環境は恵まれ過ぎている。
だから私は誰も憎めないし、こうなった自分を責めることしかできない。
私にできるのは出来るだけ頑張らないこと、そして頑張れと言われないように、極力頑張ること。
矛盾してるかもしれないけど、私はそうじゃないと生きれないのだ。
戻る前にと、私は首から下げているロケットを取り出してぱかりと開ける。
そこに入っているのは写真なんかじゃなくて小さな鏡。
うつっているのはひどい顔の私。
「笑お? 私」
鏡の中の私は案外上手に笑う。
このベンチャーに入社して5年目になる。それなりに部下も出来、責任ある立場になってきた。
だから、部下に心配かけないようにしないといけない。
リーダーというのは、部下を守る存在にならなきゃいけない。
私はロケットをぱたんととじ、虚空に向けて微笑む。
大丈夫、いつもの私だ。
「実験、始めないと」
思いの外時間を食ってしまった。
でも昼に取れなかった休憩時間をとっただけと考えると許されるのではないか。
今日は恐らく残業だろう。
……自販機でココア買って飲んでからはじめてもバチは当たらないよね?
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