俺と幼馴染のラブコメに突然の侵入者!その名も……。
特に何事もなく日曜日を迎えた俺は、家でゴロゴロしていた。
紅葉が家族旅行で家にいないということで部活も無し。丸一日自由な時間が出来たというわけだ。
「喉が渇いたな」
誰に言うでもなく独り言を呟いた俺は、自室を出てキッチンに向かい、水を手に取る。
時刻はもうそろそろ1時を迎える。
とりあえず未クリアのゲームは消化できたし、あとは読みかけの漫画でも読むか。
そう頭の中で計画を立てながら階段を上ったのだが、自室の前に立ってみると閉めたはずの扉が少し開いているではないか。
「イナリ、いるのか?」
俺はそう言いながら部屋に入る―――――が、誰もいない。
部屋を見回し、ベッドが少し盛り上がっているのに気が付いた俺は、こっそりと近づき、布団を一気にめくった。
「……え?」
布団の中にいた存在と目が合い、俺は一瞬固まる。
ショートカットの黒髪に、見覚えのないセーラー服。何より俺を見て満面の笑みをうかべたその顔。
それはイナリではなくて、俺にとって久しぶりに見る顔だった。
「あー、バレちゃった♪」
そう言って体を起こした彼女は、ベッドから下りるなりすぐに俺に抱きついてきた。
「久しぶりだね、お兄ちゃん♪」
そう言って笑う彼女の名前は
正真正銘、俺の妹だ。
「あ、ああ、久しぶりだな」
俺は彼女の腕での拘束を解かせて一歩離れる。
「どうしたの?そんなに驚いた顔しちゃって。もしかして、彼女さんでも部屋に連れ込んでるの?」
「そんなわけないだろ?そもそも俺に彼女がいるように見えるか?」
「んー、見えないかな!」
「直球だな……」
自分から言っておいてなんだが、胸が痛い……。
唯奈と俺とは血の繋がっている兄妹で、彼女は母さんと一緒に暮らしている。
母さんとは時々顔を合わせることもあったのだが、唯奈とは1年ぶりくらいだろうか。
久しぶりに見る妹というのは、やっぱり女の子らしくなっているもんだな。なんて関心しながら彼女を眺めていると、唯奈が照れたように笑って、
「お兄ちゃん、そんなにまじまじ見つめないでよ」
と言った。
「すまん、お前の成長ぶりに感動しちゃってな」
「そうなの?どう?女らしくなったでしょ」
「その言い方はどうかと思うが、確かに可愛くなったな」
「えへへ♪お兄ちゃんも男らしくなったと思うよっ!」
そう言ってまた抱きつこうとしてくるのを回避した俺は、彼女をベッドに座らせた。
「お前、どうやって入ってきたんだよ。鍵はしまってたはずだろ?」
俺がそう聞くと、唯奈はポケットから何かを取り出して見せた。
「ふふふ、お母さんから鍵を預かってきたのだ〜♪これでお兄ちゃんの家に上がり放題だよ♪」
「おい、それはダメだろ」
俺達は確かに家族ではあるけれど、別々に住んでるわけで、好きな時に勝手にはいられたら俺だって困る。
だが、彼女にとってもこの家は昔住んでいた家であるわけで、それを考えると強く言えないんだよな……。
「大丈夫だよ、本棚の裏とか漁ったりしないからさ!」
「そこの心配はあんまりないんだが……」
一番心配なのは彼女の行動だ。
彼女は妹である前に一人の女性として俺を好いているらしい。ふたりきりになると何をしてくるか分からないのだ。
2年前には一度、ベッドに拘束されて動けなくなったこともあった。
それに耐えかねて1年間は会わないという約束をしたのを今思い出したところだ。
そう言えば、昨日でその1年間が終わりなんだった……。
普通にしていてくれればなんの問題もないのだが、彼女は一度ネジが緩めば、外れるまでそう時間がかからない人間だ。
あまり刺激しない方が身のためだと、過去の経験から学んでいる。
ある程度の具合までは言うことを聞いてやるが、それ以上は全て拒む。
彼女のような人間とはそういう付き合い方が一番いい。いずれは彼女にも好きな人ができるだろうし、それまでの辛抱だ。
「ところで、何しに来たんだ?」
「んーとね、用事はないんだけど、会いたいから来た!」
「そうか、ならどこか行くか?俺も暇してたところだからな」
俺がそう言うと唯奈は嬉しそうな顔をして「うん!」と返事をした。
「どこがいい?」
「お兄ちゃんとならどこでも!」
「どこでもは困るんだよな」
「じゃあショッピングモールに行こうよ!新しい服とか買いたいし!」
「そうだな、じゃあそうするか」
俺はベッドから立ち上がると、外出用の服をタンスから取り出した。
「……」
「……唯奈?」
「んー?」
「お兄ちゃんは今から着替えるから、少し部屋から出てくれるか?」
「えー、着替え見たい!」
「男の着替えを見て何が楽しいんだよ」
そう思うのは俺が男だからかもしれないが、ガタイのいい男って訳でもない俺のを見て楽しいはずがないだろう。
だが、唯奈は人差し指を振って言った。
「お兄ちゃんは分かってないな〜♪男のを見るのがいいんじゃないよ。お兄ちゃんのだから見たいんだよ」
「はぁ、変な事言うなよ……」
妹の言っていることが意味不明すぎて、お兄ちゃんはお前の将来が心配です。
とりあえず、変な気を起こされても困るので唯奈には部屋から出てもらった。
数分後、着替え終わった俺は、部屋に唯奈を入れ、準備を整えたところでショッピングモールに向けて出発した。
ここからショッピングモールまでは電車で2駅だ。
久しぶりに会ったということで、唯奈から学校のことだったり、母さんのことだったりを聞きながら揺られていると、あっという間に着いてしまった。
「さて、初めにどこに行こうか」
俺がショッピングモール内の案内図を眺めながら言うと、唯奈はここ!と三階にある服屋を指差した。
「その店、メンズ店だぞ?」
「いいのいいの!ほら、行こ?」
そう言って俺の腕を掴んで引っ張っていく唯奈。その楽しいという気持ちを素直に表してくれる姿に懐かしさを感じた俺は、そっと彼女の手を握った。
「……お兄ちゃん?」
さすがの唯奈も急なことに首を傾げてしまう。
「いいだろ、兄妹なんだから」
「……うん♪」
照れたように頷く唯奈を見ていると恥ずかしさが増してくるような気がして、俺は足早にエスカレーターに乗った。
三階に着いた俺達は、服屋までの通路を並んで歩いていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんって彼女さんいないんだよね?」
「ああ、いないな」
素直に答えるのが少し悔しくて、少し小声になってしまった。
「じゃあ、こうやって女の子と手を繋ぐのは初めて?」
「そうだな……物心ついてからは初めてだな」
「そうなんだ……。じゃあ昔は誰かと繋いだことがあるの?」
「ああ、小三の時だな」
「へぇー、どんな人か聞いてもいい?」
「いいけど……別に面白い話じゃないぞ?」
「いいからいいから、お兄ちゃんの話が聞きたいんだよ!」
「そうか?なら話すけど……」
俺は一呼吸置いてから聞き取りやすいペースで話し始めた。
「手を繋いだ相手ってのはお前も知ってる人なんだ」
「私の知ってる人……?だれだろ」
唯奈は顎に手を当てて考えているようだ。
きっと彼女から見たあの人の姿からじゃ思いつかないんだろうな。
そう思った俺は答えを言うことにした。
「鶫 紅葉、覚えてるだろ?」
「……あの冷たい人?」
その表し方は納得が行くようで行かない、俺の中で引っ掛かりを覚えた感覚があったが、とりあえず頷いておく。
心の声を知るまでの俺も、きっと同じ気持ちだったから。
「俺が遠足で迷子になったことがあっただろ?」
「小学校3年生の時……だっけ?」
「ああ、生きていたのが奇跡的だった。なんて言われたけど、あれはほんとに奇跡だったよ」
俺が救助されたのは遠足の日から1週間が経った時だった。水は近くの川の水で何とかなったが、食料はほとんど無く、発見時には飢え寸前だった。
「それと紅葉さんと何か関係があるの?」
「もちろんある。あの時、俺の隣にはあいつがいたんだからな」
「……そっか。2人とも生き残るなんて奇跡としかいいようがない状況だもんね」
目的の店の前に着いたが唯奈は入ろうとはせず、正面のベンチに腰掛けた。俺もその隣に座る。
「彼女が足を滑らせて山道を滑り落ちそうになったんだ。なんとか手を掴んで助けようとしたけど、俺の力では無理で……」
話しているとあの時の光景が蘇ってくる気がした。
何度も木に体を打ち付け、枝で傷だらけになって、ようやく止まったと思えば川が流れているだけの何も無い場所だった。
「あの時は幼いなりに絶望したよ。もう帰れないんじゃないかって」
「けれど、お兄ちゃんは帰ってきた。紅葉さんも」
「ああ、救助が来た時は本当に嬉しかった。手を繋いだのはその時だな」
助けが来たと知った俺は、よろよろとした足取りの彼女の手を握って、体を支えながらレスキュー隊の元まで向かったんだ。
「よく考えたら、手を繋いだと言うよりも支えたって方がしっくりくるけどな」
俺は軽く微笑みながら自分の左手を見つめた。
彼女の握った左手、あの時の安心感と温もりは未だに忘れられない。
「確かに迷子になった原因はあいつだった。でも、生きられた理由もあいつなんだよ」
「どういうこと?お兄ちゃんは紅葉さんが足を滑らせなければ、迷子になんてならなかったんだよ?恨まなかったの?」
「確かに普通なら恨むかもな。でも、恨めるわけないだろ?あいつ、助けが来るまでずっと泣いてたんだから。『私のせいで唯斗くんが……』ってな」
「あ、あの紅葉さんが……?信じられない……」
「あいつだって人間なんだ、泣く時は泣くだろ」
「そ、そうだけれど……」
唯奈にとって鶫 紅葉という存在は、俺を見下している冷徹な女にしか見えていなかったんだろう。
けれど、踏み込まなければ見えないものもある。
「俺はな、紅葉が泣いてる顔を見たら『生きなきゃ』って思えたんだ。ここで俺が死んだら彼女はもっと泣いてしまう。謝るべき相手が棺桶の中だ。そりゃあ謝っても謝りきれないだろうな」
「お兄ちゃんは本当に優しいんだね」
「そうか?優しいのは紅葉の方だったと思うぞ?だって、助かった時にあいつが言ったんだ。『唯斗くんが助かってよかった』って。自分のことよりも誰かのことを喜べる人間が真に優しいやつだと思うけどな」
「そっかぁ……私の知らない一面があの人にはあったのか……」
「ああ、クールに見られるけれど本当は感情を伝えるのが下手で、コミュニケーションに不器用で……。そんな所に俺は惹かれたんだ」
「……そう」
唯奈が一瞬肩をビクッとさせたような気がしたが、気のせいかもしれない。彼女は立ち上がると背中を向けたまま言った。
「お兄ちゃんは紅葉さんのことが好きなんだね」
「ああ、大好きだ」
こんな言葉じゃ足りないってくらいに好きだ。
近くにいないと、彼女の全てを愛おしく感じる。
俺はきっと、紅葉がいないとダメなんだと思う。
「よし、わかった!」
唯奈はくるりと回転して俺の方を向くと、ニィッと笑って言った。
「紅葉さんが私のお兄ちゃんに相応しいかどうか、審査してあげる!元々それが目的で来たんだし♪」
「……は?」
「私、お兄ちゃんのこと好きだから!家族としてじゃなくて異性として。だから、もしも紅葉さんがお兄ちゃんに相応しくないと思ったら、私がお兄ちゃんを貰うから!」
突然の実妹からの告白。
一線を越えようとしているのは薄々気付いてはいたが、正直冗談だと思っていた。妹から兄への少し歪んだコミュニケーションだと思っていた。
ただ、こんな公共の場で大胆な告白。
これってもしかして……本気なのか?
そう思ってしまう。
「言っとくけど冗談じゃないからね!日本の法律的には無理でも、外国なら近親婚が認められてる所もあるだろうし……」
「わ、わかったから!」
頬を赤らめながら近親婚を語る実妹なんて見ていられない。俺は慌てて彼女を止めた。
「存分に審査してくれ、俺と紅葉のことを」
俺にとって愛する人は紅葉しかいない。
心の声を聞く限り、紅葉だって同じはずだ。
なら、審査だって上手くいくはず……だよな?
「うん!りょーかい♪」
唯奈は敬礼のポーズをとるとえへへと笑って。
「じゃあ、買い物はじめよっか!お兄ちゃんの服から選んであげるね!私が着替えさせてあげるから♪」
そう言って俺を試着室に連れ込もうとする唯奈と新たな店に入る度に格闘し、買い物が終わる頃には夕方になっていた。
久しぶりの外食が妹と食べられたのは嬉しかったが、とにかく疲れた日曜日だった。
俺と紅葉の恋愛に妹が割り込んでくるこの構図。嫌な予感しかしない。
一体どんな風に審査をするのか、彼女の行動には気を付ける必要がありそうだ。
そんな嫌な予感が的中し、翌日に一波乱起きることを俺はまだ知らなかった。
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