ゲームと言えど、好きな人と結婚するなんてイベントがあったらテンション上がるよな
今日は万事部への依頼がない。
つまり早く帰れる日というわけなのだが、俺の足は自然と部室へと向かっていた。
そのことに気付いたのは俺が部室の扉を開いてからで、同時に紅葉と目が合った瞬間でもある。
俺と目が合った紅葉は椅子から立ち上がって、窓からグラウンドの方を眺め始めた。
「今日は依頼が無いから来る必要は無いはずよ?」(さすが唯斗くん……来てくれたぁ♪もしかしたらと思って待ってたけど、さすがは私の旦那様♡えへへ)
その心の声を聞いてクスリと笑ってしまった俺は、少し彼女をからかってみることにした。
「それを言うなら紅葉もだろ?なんで部室にいるんだ?もしかして……俺を待ってたとか?」
言ってから少し攻めすぎたかと思ったが、紅葉は眉ひとつ動かさずに「別に」と答えた。
が、逆に心の声の方は大変騒がしくなっている。
(んぇぇぇぇ!?ば、バレてる!?待ってたことバレてるの!?は、恥ずかしいよぉ……ぷしゅぅ……)
恥ずかしすぎて心の空気が抜ける音が聞こえたところで、俺は笑いながら「冗談だぞ」と言って椅子に座る。
特に仕事もないため、顔を赤くした紅葉からの熱い視線を受けながら鞄からゲームを取り出す。
「ねえ、唯斗くん」
「ん、なんだ?」
紅葉がこちらに近づいてきて、ゲーム機を覗き込んでくる。
どうやらゲーム機に興味があるらしい。
「前から気になっていたのだけれど、唯斗くんはゲームが好きなのかしら?」
「ああ、ゲームが無かったら生きていけないくらいには好きだな」
「そう、なら今すぐそれを壊してあげましょうか」(私よりもゲームが大切なら、そっちを壊してしまえば……ふふふ……)
そう言って小型ハンマーをポケットから取り出す紅葉。なんでそんなもの持ち歩いてるんだよ!
「いや、ちょっと待ってくれ!なにもそこまでしなくても……」
俺は慌てて紅葉を止めようとするが、紅葉の進撃は止まる気配がしない。
「もうすぐテストじゃない。唯斗くんが集中して勉強できるようにしてたげたいだけなのよ?」(勉強とかどうでもいいから私だけを見てよぉぉぉ!私で色々勉強してもいいからぁぁぁ!)
学年1位が勉強なんでどうでもいいはまずいだろ……。ていうか私で勉強ってなんだよ。絶対ダメなやつだろ。
「わかったから!一旦落ち着こうな?」
「……」
なんとか暴走する紅葉をなだめ、椅子に座らせる。
ハンマーは取り上げて俺の机にしまっておいた。
「紅葉が俺のことを想ってくれるのは嬉しいが、そこまでされると俺は紅葉を嫌いになってしまうかもしれない」
嘘だ、嫌いになるはずなんてない。
ゲームと紅葉を比べたら、ゲームが100機あっても紅葉の方が大事だ。
100機あっても邪魔なだけだからいらないんだが、そういう細かいところは置いておくとして。
ともかく、今の紅葉を鎮めるにはこのワードを出すしかないと思った。
心苦しいがなんとか我慢だ。
「そう……私は別にそれでも……構わないのだけれど……」(やだぁ……嫌いにならないでよぉ……ぐすっ……唯斗くんに嫌われたら私……生きていけない……)
まずい、予想以上に紅葉へのダメージが大きかったらしい。1つ目の声にすら、動揺が出てしまっている。
ここはゲームを捨ててでも……いや、貯金をはたいて買ったものをそんな簡単に捨てるわけには……。
悩んで悩んで、悩み抜いた俺は、あるひとつの答えを導き出した。
「そうだ、紅葉。一緒にやってみないか?」
「一緒に?あなたと私がゲームを?」
「ああ、そうだ」
俺は大きく頷いて見せた。
最近買った新作のゲームは確か、5人まで同時対戦できるはずだ。
それを紅葉と一緒にやって、彼女にもゲームの楽しさを知ってもらおうという作戦だ。
紅葉は少し悩んだようだったが、最後には首を縦に振ってくれた。
「そうね、やってみようかしら」(唯斗くんと一緒に遊べるなんて嬉しい!ワクワク♪)
紅葉も内心乗り気みたいだし、これは俺も楽しみだ。
「よし、準備完了だな」
ゲーム画面をテレビと有線で接続し、テレビ画面でプレイできるように設定した。
これでプレイしやすくなった。
紅葉と2人なら小さな画面を2人で覗く―――――というのもアリだったんだがな。
「……なんであなたがいるのよ」
紅葉が不満そうな声を上げる。
「別にいいじゃないですか、ゲームなんですから私も混ぜてもらっても」
雅も不満そうに紅葉を見る。
なぜ雅がここにいるのかは単純な話だ。
俺がゲームをテレビ画面と接続しようとしていた時、彼女が偶然にも部室を訪れ、ゲームをするという話を知り、飛び入り参加したのだ。
どうやら遊び部の部活動中だったらしく、サチさんもついてきていた。
俺的にはこのゲームは人数が多いほど楽しくなるし、構わないんだが……。
「まあいいわ。遊び部と言うくらいだもの、遊びであるゲームも上手いんでしょうね」
「ええ、もちろん。鶫さんごときには負ける気はしませんけど」
まさにバチバチというやつだ。
なぜこの2人がこんなにも敵意を向け合うようになったのかは分からないが、そろそろ仲良くして欲しい。
そしてそれを見てニヤついているサチさんも何とかしてもらいたい。
それにしても、なぜこの人はいつもニヤニヤしているんだろうか。
「人生ゲームは知ってるか?」
「ええ、もちろん」
「あのすごろくゲームだよね?」
「ああ、そうだ。一本道のルートをサイコロやルーレットで出た数字分だけ進んで、マスに書かれたイベントが起きるゲームだな」
俺はゲーム画面を指差しながら3人の顔を見る。
「このゲームのタイトルは『リアル人生ゲーム』。人生ゲームにさらにリアリティを追加したゲームだ」
「リアリティって、どこが変わったの?」
雅が手を挙げて質問する。
「そうだな……。例えば、人生ゲームだと宝くじ当選で1000万だったりするだろ?リアル人生ゲームではリアリティを追求して、1万円が当たったっていうイベントになるんだ」
雅はうんうんと頷いてくれているからいいが、あとの二人は真顔とニヤついているだけで、その心情が読み取れない。
「どうだ?面白そうだろ」
「ねえ、唯斗くん」
「なんだ?紅葉」
紅葉はごほんと咳払いをした後、低めのトーンで言った。
「このゲームにも結婚イベントはあるのよね?」
結婚イベント、それは人生ゲームには必ずある3大イベントのひとつだ。
御祝儀が貰えたりして、利益にもなる。
「もちろんある―――――が」
このゲームは基本的には個人戦だ。
だが、結婚イベントが起きた時は少し変わってくる。
「結婚イベントが起きると、そのプレイヤーはランダムで別のプレイヤーとの2人チームになるんだ」
「つまり、普通の結婚と同じという事ね」
「そうなるな、所持金も収入も、不動産だったりも全部2人共通の資産に変わるから注意だ」
「結婚した方が収入も倍になる可能性があるから、お得なんだよね〜」
サチさんが雅の髪の毛をいじりながら言う。
「あれ、サチさんはこのゲーム経験者?」
「そーだよ〜?けど、人生ゲームは運の要素が強いから、そこは平等かな〜」
「そうですね、リアル人生ゲームにおいて経験は無意味だって、このゲームのキャッチコピーですからね」
「そーそー♪だから2人も気楽にやろうね〜♪」
サチさんが紅葉と雅の方を見ながら言うと、二人は小さく頷いた。
「よし、じゃあプレイ開始だな」
俺はゲーム機を操作してゲームを開始した。
「よし、俺からだな」
俺はゲーム機を操作してルーレットを回す。
出た数だけ自動でコマが進み、イベントが表示されるという流れになっている。
難しい操作は一切ないから、ゲームが苦手な人でも楽しめる―――――というどこかの売り文句のようなことを心の中で呟きながら、俺は表示されたイベントを読み上げる。
『競馬で勝った、2万円GET』
「確かに現実的ね」
紅葉がため息をつく。
まだ始まったばかりだからそんなつまらなさそうな顔をしないで欲しい……。
「次は私だね」
雅にゲーム機を渡し、俺と同じ手順でコマを進める。
「『自転車での転んだ!治療費1万円を支払う』だって!私はさっそくマイナススタートだよ……」
「そう落ち込むなって、まだ借金ってわけじゃないんだし」
肩を落とす雅を慰めながら、俺は彼女の持つゲーム機を紅葉に渡す。
このゲームはスタート時の所持金が10万円に設定されている。
現実的という設定だからな。
1000万持っていたりなんてことは無い。
その後も順調にターンが進み、中盤に差し掛かった16ターン目。
盤面は雅のターンで大きく変化することになった。
「で、でででででででたぁぁぁ!」
雅が勢いよく椅子から立ち上がると、飛び跳ねながら俺にゲーム画面を見せてくる。
見せてもらわなくてもいいようにテレビ画面と繋いだんだけどな……。
それにしてもこの喜びようはかなりのイベントを引き当てたらしい。
俺は画面に書かれている文字を目で追った。
「えっと……『結婚イベント発生!祝、ユイトと結婚!』だとさ……ええ!?」
俺も遅れて驚いてしまった。
まさかのここで結婚イベントが来るとは。
しかも現在1位の俺と2位の雅の結婚だ。
このまま行けば確実に1位になる。
ゲームに勝てるのは嬉しいんだが、紅葉の視線が痛い。
「良かったじゃない、唯斗くん。あなたみたいな人を貰ってくれるのは世界中探しても彼女くらいよ」(わだじが……わだじが唯斗ぐんをじあわぜに……ぐすっ……しであげだがっだぁぁぁ……)
心の中では涙で溺れるんじゃないかと言うくらい大泣きしている紅葉。
そんな声を聞いたら素直に喜べないだろ。
「ふふふ、私が妻なんだから幸せになれないわけないよ!ゲッチー、一緒に頑張ろうね!」
「お、おう!」
ただ、これはゲームだ。
そこは紅葉にも割り切ってもらいたい。
「幸せな時間って言うのは結局は幻なのよ」(私と唯斗くんだけは特別!幻なんかじゃない……よね?)
よね?と聞かれても答えられないんだよな……。
だが、次に紅葉が止まったマスの内容を見た彼女は、口角をニッと上げた。
「『2人を引き裂く滅裂の矢、あなたに差し上げましょう。結婚状態の2人を強制的に引き裂くことが出来ます』ということらしいわね。もちろんこれはあなた達2人が対象なわけだけれど……」(ふふふ、引き裂いちゃえ!そして私とくっついて!唯斗くん!絶対に離さないから!)
紅葉は悪魔的な笑みを浮かべながら、対象を選択する画面を俺たちに見せつける。
「ほーら、押しちゃった♪ふふふ……」
その瞬間、俺たちの肩書きに書かれていた夫婦の文字が消滅した。
「そ、そんな……」
雅はガックリと肩を落として項垂れてしまった。
いや、ゲームだからそこまで落ち込まなくてもいいだろ……と思うけれど、それぞれの価値観というやつがあるからな。
そこは何も言わないでおこう。
俺は無言で雅の背中をさすってやった。
そして中盤を超えた21ターン目。
『祝、ユイトと結婚!』
紅葉の持つ画面にそう表示された。
「私が唯斗くんと結婚ね……はぁ……」(あぁ……嬉しすぎて言葉も出ない!唯斗くんと結婚だなんて……ああ、夢じゃないかしら!)
そう言ってほっぺをつねる紅葉。
その様子が可愛すぎて俺はついニヤけてしまった。
「何よ、あまり見ないでくれるかしら?」(私、ニヤけてたかな……?そんなところ見られてたら恥ずか死ぬよぉぉ……)
そんな可愛すぎる心の声を浴びせながら、紅葉はサチさんにゲーム機を渡した。
それから5ターン後。
『おめでとうございます!子供が生まれました!』
そんな文字が雅の持つ画面に表示された。
「やった!子供が……って、あれ?」
どうやら雅も気付いたらしい。
このゲームには少しバグがあって、離婚していても、しばらくすると子供が生まれることがあるのだ。
それが本当にバグなのか、リアリティを追求した故の黒い部分なのかはハッキリとしないが、ひとつだけ分かりきっていることがある。
紅葉の目が怖いことだ。
「不思議なこともあるのね」(新庄さんに子供!?相手はいないはずなのに……って、まさか……唯斗くんが不倫!?なんで……なんで……)
雅と俺(?)の子供には自動的にタクヤと名付けられた。
なんだかこの話題には触れづらい。
この場にいる全員がそう思ったのか、それ以上は誰も突っ込まなかった。
そこから順調に結婚生活を進めた俺たちは、着実にお金を貯めて1位に居座っていた。
「よーし、私のターンだね」
そう言ってサチさんがルーレットを回す。
出た数は『8』。このゲームで進める最大の数だ。
そして止まったマスのイベントは――――――。
『祝、ユイトと結婚!クレハにはユイトと離婚して頂きます』
「―――――へ?」
紅葉も思わずマヌケな声を上げてしまうほど突然なイベントだった。
このゲームにまさか強制離婚と結婚が同時に行われるイベントがあるとは俺も知らなかった。
「唯斗くんと結婚か〜♪幸せにしてね♪」
そう言ってゲーム機を差し出すサチさん。
その嬉しそうな笑顔は本物か嘘か。
彼女のことだからからかっているだけなんだろう。
それよりも紅葉の方が気になる。
彼女は冷静を保とうとしているが、その目は焦点があっていないし、手も震えている。
何とかしてやりたい所なのだが、俺の前のコースには結婚イベントマスも離婚マスもない。
ゴールに続く10マスと少しの道のりだけだ。
結局俺にはどうすることも出来ず、次のターンで子供が生まれ、そのままユイト&サチペアは1位でゴール。
その後、『同性愛に目覚めましたイベント』によって紅葉と雅が結婚。
法律の改正をするための総理大臣への賄賂として1億を支払い、借金まみれになりながらもゴールした。
CPUはというと、無難なイベントばかりを受け、大それたことも起きないまま2位でゴール。
なんだか、誰も望まない形で勝敗が決まってしまった気がする。
というか、法律改正に1億の賄賂のどこにリアリティがあるのかと言うのがこのゲーム最大の疑問だ。
まあ、ありえない話でもないとも思うけど。
紅葉の心の声によると、彼女が1番悔しいのは俺との子供を自分だけ授かれなかったことらしい。
いや、雅のは俺のかどうか分からないんだけどな。
ゲームの電源を切り、鞄にしまった俺は紅葉に声をかけた。
ゲーム終了時には心の中でかなり悔しがっていた彼女だが、今はそれも落ち着いて椅子に座っている。
「紅葉、楽しかったか?」
雅とサチさんは既に帰っている。
2人だけの部室でなら彼女の1つ目の声で、本音に近い答えが聞けるかもしれないと思ったから先に帰ってもらったのだ。
「そうね、つまらなかった……と言ったら?ふふ」
紅葉は俺の表情をを伺うような視線をチラチラと向けてくる。
「冗談よ、思っていたよりかは面白かったわね」
紅葉はそう言って鞄を手に取り椅子から立ち上がった。
2つ目の声が聞こえない。
それはつまり、彼女が本音で冗談を言えるようになったということだ。
それは超奥手な彼女にとって、かなり成長したことを示しているのだ。
「それってつまり……」
俺は彼女に聞きたい言葉を上手く出せずに、ただ俺の目の前まで歩み寄ってくるそのシルエットを見つめていた。
紅葉は俺の目を真っ直ぐに見つめて――――――。
「あれならまた一緒にしてあげてもいいかもしれないわね、ふふ」
そう言って笑った。
その笑顔が愛らしくて、愛おしくて、俺は言葉を発することも忘れて彼女に
その時の俺は夕焼けの色に惑わされていたのかもしれない。
それか彼女の秘めた魅力に呑まれていたのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――
俺はその衝動を抑えられなかった。
―――――――――――――――――――――――
俺は彼女の華奢な体を抱き寄せた。
俺よりも少し高めな紅葉の体温を感じて、俺はさらに彼女を強く抱き締めた。
紅葉は不満そうな声をいくつか上げたが、特に抵抗する様子もなく、俺に身を委ねているという感じだった。
「紅葉、好きだ」
あの日に練習した言葉。
意外と素直に出てくれた。
でも、その後味はどうしようもなく恥ずかしくて、熱くなる顔は彼女のふわりとした髪の毛に埋めて隠してしまいたかった。
紅葉の顔を見る余裕はない。
けれど、彼女も俺と同じように幸せな気持ちでいっぱいになってくれている。
彼女が俺の腰に回した腕の締め付けが強くなったことで、その願いが確実になったことが分かった気がした。
紅葉は俺の告白に対して何を言うでもなく、ただただ俺に抱きつくばかりで、俺もそれ以上は何も言わなかった。
この温かな空間を永遠に保存できたらどれだけ幸せか。
そんなことを心の片隅で思いながら、鶫 紅葉という愛する人の温もりをじっと感じていた。
数分後、紅葉は我に返ったように俺から慌てて離れると、「次こんなことしたら通報するわよ!」と言って部室を飛び出してしまった。
でも、心の声がダダ漏れなんだよな。
(トイレに行きたいだなんて言えないもん!ごめんね唯斗くん!幸せな時間をありがとう!毎日でもいいからまた抱きしめてね!い、急がないと漏れるぅぅぅぅ!)
やっぱり俺は鶫 紅葉のことが好きだ。
改めてそう実感した瞬間だった。
次は返事の聞ける告白をしよう。
そう誓った俺であった。
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