テスト勉強はパフェのように甘くない、どちらかと言うと恋のように酸っぱいもんだろ

「おい、イナリ。いるんだろ?」

 カフェから家に帰った俺は、自室に入るなりすぐにそう声を上げた。

 が、もちろん独り言ではない。

「なんですか〜?イナリさんは今、バイトでお疲れなんですよ〜」

 思った通りイナリが現れた。

 でも、天井から現れる必要はあったんだろうか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 俺が言いたいことはもっと他にある。

「お前、あのパフェはなんなんだよ」

「あー、あれですか?『みんなまぁるくなぁれパフェ』って言うんですよ。ちなみに私命名ですから、悪用したら出るとこ出ますよ?」

「誰も取らねぇよ……」

 こいつ、やっぱり駄女神なんだな……。

「でも、よく出来ていたでしょう?」

「まあ、そうなんだけどな。いらない才能だよな」

 確かに見た目はJKが映え映え言いそうな感じで、俺から見てもスイーツとしても控えめに言ってすごくいいと思った。

「でもな、頼んでも無いものを出すのは店員失格だろ」

「いやいや、サービスですよ、サービス♪」

「そういいながら食べてもないそのパフェの代金まで払わせたのはどこの誰だよ」

「売上への貢献、感謝します♪てへっ」

 やっぱり腹立つな、こいつ。

「俺はお前を知ってるからいいが、ほかの客には迷惑かけるなよ?」

「安心してください!唯斗以外にはかけませんから!迷惑も声も!」

「いや、声はかけろよ。店員だろ?注文聞けないだろ」

 俺がそう言うと、イナリは人差し指を振りながら言った。

「ちっちっちっ、唯斗は分かっていませんね〜」

 バカにしたような視線を向けてくる彼女に内心イラッとしながらも、俺は「何がだよ」と返す。

「注文を聞かないということは店員としては問題ですが、あの店にとっては大変な利益になるんです」

 俺には彼女が急に外国語を話し始めたのかというレベルで言っていることの意味が理解できなかった。

「私以外の店員はちゃんと注文を聞きに行きます。つまり、私が注文を聞かないことで、あの店の注文を聞く力は私ひとり分だけ減るわけです」

「あ、ああ……」

 話の尻尾すら掴めていない俺を置いて、イナリはどんどん話を進めていく。

「唯斗にお聞きします。今日の店の様子はどうでしたか?」

「そうだな……狭い店って訳でもないのにほとんどの席が埋まってたな」

 俺達の席も偶然空いているのを見つけただけで、周りは全て埋まっていた。

 そうなると、あの店はかなりの人気らしいな。

 よくそんな所にイナリが合格したな。

 彼女の駄女神っぷりを知る俺なら、顔を見た瞬間に落とすと思う。

「そうなんです!店は大繁盛、注文を聞く手すら回るギリギリの状態だったわけです!」

 イナリは自慢気に胸を張っているが、それと彼女がサボることになんの関係があるんだろうか……。

「そんな仕事量を求められる時に私が注文を聞かないとどうなると思いますか?」

「そんなの客が上手く回らなくなって行列が―――――」

「それです!」

 イナリは俺の言葉を遮るように俺に向けて人差し指を突き出した。

 人を指差すのはよくないと思うんだ、俺。

「行列というのは内部がどうであれ、通行人の印象は『人気そう』なんですよ!」

 確かにそうだ。

 行列なんかを見掛けると、美味しいんだろうなという印象を受けるよな。

「だから私はわざと店の回転力を下げ、行列を人為的に作り出して店に貢献するのです!」

 よく分からない決めポーズをとったイナリ。

 それを冷たい目で見つめる俺。

 一瞬は彼女の意見に流されそうにもなったが、普通に考えて悪いのは彼女しかいない。

「そんなこと言いながらサボりたいだけだろ」

「い、イナリさんに限ってそんなことはありません!あくまで下界の人間達を助けようと思っての行動です!」

「助けたいなら一生懸命働け。それでちゃんとした行列ができるまで店を育ててやれよ」

 イナリは俺を軽く睨みつけると、両耳を塞いでブンブンと首を振る。

「あーあー!唯斗の意見は真面目すぎるので、不真面目フィルターのかかっている私には何ひとつ聞こえませーん!」

「子供かよ……」

 俺はため息をつきながらベッドの端に腰を下ろした。

 これ以上彼女に何を言っても同じだろう。

 そう思った俺は少し話題を変えることにした。

「そう言えば、病み上がりなのに働いてよかったのか?」

 話題が変わったことに気付いたイナリは、両耳を塞いでいた手を下ろした。

 ちゃんと聞こえてるんじゃないか……。

「それについてはご心配なく。元凶である病神のことは上にチクっておきましたから♪」

 笑顔でそう言ってピースまでしてしまうあたり、こいつ、腹黒いんだなと思わされてしまうな。

「チクるって……セコい手を使うんだな」

「セコいなんて人聞きが悪いですね。策士だと言ってもらいたいです!」

「他人の力を借りただけだろ?権力にものを言わせたやつのどこが策士だよ」

「た、確かに権力を借りたことはセコいやり方だったかも知れません……。ですが、その権力を動かしたのは紛れもなく私自身の力ですから」

 俺がどういうことだと首を傾げると、イナリは無い胸を張ってドヤ顔で言った。

「上のジジイ共に『皆さんが奥様と円満でいられるのは誰のおかげでしょうか……。はぁ……こんなにブラックなら恋愛の神様なんて辞めてしまいましょうか』なんて独り言を呟いたら言うことを聞いてくれましたよ♪」

「いや、ただの脅迫じゃねぇか!」

「いえいえ、だから策士だと―――――おわっ!?」

 俺はイナリの言葉を遮るように彼女の後ろ首を掴むと、強制的に俺の方を向いて正座させた。

「上の神様なら、お前を人間界に来ることを禁止させることだってできるんじゃないのか?」

「――――――はっ!?」

 イナリは何かを思い出したように立ち上がる。

 足が痺れたのか、そのままよろよろと俺の座っているベッドの方に倒れた。

 痺れるの早すぎだろ。

 だが、その顔は青ざめていて、確かに焦りというものを感じられた。

「そう言えば、、病神も力の悪用を理由に1ヶ月間の人間界への出禁を食らってるんでした……」

「だろ?ならお前だって同じになるかもな。それに加えて上の神様達の家庭を壊したともなれば、二度と戻ってこれないかもな。そうなれば―――――」

「そ、そうなれば……?」

「バイト代が入らないどころか、神社に入る賽銭すらも手に入らないかもな」

「ガ――――――――ン!?」

 イナリはかなり衝撃を受けたのか、床に手と膝をついて倒れてしまった。

 彼女のいまの心情はまさにガーンではあるのだろうが、それを言葉にするやつを俺は初めて見た。

 目の前でされてみると、やっぱり胡散臭く見えるもんだな。

 俺は落ち込んでいる彼女を慰めるように、その肩に手を置いた。

「だから、そうならないためにも神様達に謝ってこい!」

「で、でも……私の辞書に謝るという言葉はありませんし……」

 イナリはポケットから取り出した小さい辞書をパラパラとめくって俺に見せる。

『謝り』という単語の次に書かれているのは『謝れ』だ。

 確かに『謝る』という言葉は載っていない。

「って、そんなことはどうでもいいんだよ!職を失ってもいいのか?」

「だ、ダメです!」

「なら今すぐに謝ってこい!あと、辞書に『謝る』を追加しておけ!」

 俺が怒鳴るように言うと、イナリは「ひゃいっ!!」という可愛らしい返事をして壁の方へと消えていった。

 少し言い過ぎたところもあると反省はしているが、イナリに下手をされて、紅葉との恋のバックアップが消えてしまうのはかなりの痛手だったから仕方が無いと思うところもある。

 まあ、これでその心配もないだろう。


 ところで、ずっと気になっていたんだが、イナリは前に神様は歳を取らないって言ってたんだよな。

 なのにジジイの神様がいるって言うのはどういう原理なんだろうか。

 生まれた瞬間からジジイということもあるということだろうか。

 神様って不思議だな。

 そう思った日だった。



 カフェの一件から三日後の木曜日。

 昼休み、昼食を食べ終えてゲームでもしようかと鞄を漁っていたところに声をかけられた。

「ゲッチー!勉強教えてぇぇぇぇ!」

 顔を上げてみると、そこには涙目の雅が立っていて、俺はその姿を見てため息をついた。

 それは彼女の姿に『残念美少女』というワードが浮かんだからであり、そしてこれと全く同じ光景を去年も見た記憶があるからでもあった。

 まあ、去年泣きついてきたのはテスト一週間前になってからだったし、少しは成長してくれたのだろうか。

 そう思うのも、俺がそう信じたいだけなのかもしれないが。

 雅が突然泣きついてきたのはテストまで2週間と少しになり、焦りを覚えたからだろうか。

 そうなると、彼女にも高校生の自覚が芽生えてきたということになるし、俺としても子供の成長を見る感じで少し嬉しい。

「教えてやるから泣くな、拭け」

 雅は小さく頷くと、俺の差し出したハンカチで涙を拭った。ついでに鼻水も。

 美少女だから悪い気はしない――――はずもなく、むしろ悪い気しかしない。

 出来れば洗って返して欲しいが、今の雅にそんなことを言っていい余裕は見当たらない。

 俺は仕方なくそのハンカチを受け取って鞄に入れた。

「で、何を教えて欲しいんだ?」

「これなんだけど……」

 彼女はずっと握っていた数学の教科書を差し出した。

 中を見てみると、赤いペンで公式や覚え方がびっしりと書き込まれていて、裏を見てみると、名前の欄に『三上 サチ』と書かれていた。

 なるほど、サチさんの成績がいいのはしっかり自分向きの解き方を見つけているからなのか。

 俺も真似させてもらおう。

 そして、俺が関心するほど立派なその教科書を見てしまった雅は、勉強をしなくては!という衝動に駆られたと。

 いや、こちらを見てニヤニヤしているサチさんの様子から、彼女が雅のことを何かしらそそのかした可能性もあるな。

 雅のことだ。

 将来のことで脅されたりでもしたんだろうな。

 それくらいされないとやる気出さないやつだし。

 雅に赤点を取られて留年されるのは、俺としても気が重いし、やる気を出させてくれたのは本当に有難いことなんだけどな。

 その結果、俺のゲームをする時間が削られてしまうのだから、サチさんには感謝すべきなのかどうか、悩みどころだ……。

 まあ、俺もどうせ勉強しなくちゃいけない訳だし、その前借りと思えば苦じゃないな。

 俺は教科書のとあるページを開いて、雅に手渡した。

「ここを解いてみてくれ」

「かしこまり!」

 雅は自信満々に返事をすると、俺の前の机に座って教科書と向き合いはじめた。



 5分後。

「出来たぁ!」

「お、早いな」

「でしょー?自信あるんだ〜♪」

 そう言って差し出されたノートに目を落とした俺は、一瞬目を疑った。

「そ、そうだな……今日はこれくらいでいい。明日雅用の対策プリントでも作ってくるから、復習しておいてくれ」

「うん!ありがと!」

 雅はそう言うと、サチさんの方へと戻っていった。

 その背中を見送った後、俺は再度ノートに目を落とす。

 結果は5問解いて全問間違い。

 それも、見当違いな答えを書いている。

 雅、いつも真面目に授業受けてるよな。

 寝てるところだってほとんど見た事がない。

 それでこの結果というのはかなり致命的だ。

 これは俺も気合を入れて教えないといけないらしい。2週間で間に合うんだろうか……。

 俺は小さくため息をついて、鞄からゲームを取りだした。



 翌日、約束通りに対策プリントを作ってきて、雅に解かせてみると、昨日は出来ていなかった部分が少しできるようになっていた。

 俺が「やれば出来るんだな」と言うと、彼女は嬉しそうに何度も頷いていた。

 こうやって少しずつでもいいから、勉強に興味を持つようになってくれれば、俺も嬉しいんだけどな。

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