熱がある時ってひとりだと無性に寂しくなるよな 見舞いその1

「こんな大事な時に熱だなんて、唯斗もバカですね〜」

「それはすまん……ごほっごほっ」

 俺は今、自室のベッドに寝ている。

 どうやら昨日のプールサイドでのうたた寝が響いたらしく、38度7分の熱と葛藤しているところだ。

 俺の家、父さんと母さんは7年前に離婚していて、母さん側に引き取られたわけだけど、今はその母さんも転勤でかなり遠いところにいる。

 長期の休みの時は帰ってくるが、それ以外は仕事が忙しいらしく、電話すらあまり出来ない。

 そんなわけで、1人でどうしようかと悩んでいた時に偶然にもイナリがやってきたというわけだ。

 神様に看病させるというのも罰当たりな気がするが、意外にもイナリは了承してくれたわけだし、ここは素直に甘えさせてもらうとしよう。

「あれ、俺のスマホは?」

 時間を確認しようと思って見てみると、枕元に置いてあったはずのスマホが無くなっている。

「ああ、これですか?床に落ちてましたよ」

 イナリが丁寧に両手で俺のスマホを差し出す。

 落ちていたならすぐ言ってくれればいいのに――――と思いながら時計を見ると、もうそろそろ12時だった。

「タオル替えますね」

 イナリが俺の額に乗っていたタオルを取り、桶に入った水に浸して絞り、また俺の額に乗せてくれる。

 冷たいタオルのおかげで頭痛も少しマシになった。

「ところで唯斗、あれから紅葉とはどうなりましたか?」

 イナリがおにぎりを頬張りながら聞いてくる。

 ちょっと待て、それ俺が朝に頑張って作った昼ごはんじゃないか?なんで勝手に食べてるんだよ……。

 だが、食欲もあまりないし、看病もしてくれてるということで大目に見てやろう。

「ん?何ですか?欲しいんですか?」

 イナリがほれほれと俺の目の前でおにぎりを揺らす。その顔はもう、ご主人様に取ってきたネズミを見せびらかす猫のような自慢げな顔で。

 この駄女神、少しは天罰をくらえばいいと思う。

 もっと上の神様とかいないのかな。

 お願いしたら天罰くだせるだろうか。

「唯斗、なんだか嫌な予感がします。変な気を起こさないでくださいね?」

 そう言って自分の身を守るように胸の前で腕をクロスさせて胸元を隠すように防御体勢をとるイナリ。

 彼女にとっての嫌な予感というのは当たってるが、そういうのじゃないんだよな。

 ていうか、今は体が重すぎてそういう冗談を言う気分にもなれない。

「というか、神様なら俺と紅葉の関係くらい見えてるもんじゃないのか?」

 てっきりもう把握してるものだと思っていた。

「まあ、そういう能力はありますけど……面倒じゃないですか」

「面倒……?」

 絶対に神様が言ってはいけないワードが聞こえた気がする。いや、気のせいだ。きっと『面!胴!』と言ったのだろう。だって神様がそんなことを言うわけ―――――。

「神様だって人間と同じで1日は24時間なんですよ。仕事の他にもやらなくちゃいけないことがあると言うのに、ずっと神様テレビで二人を見てろというのは……」

 言われてみればそれもそうか。

 いくら俺たちと違う次元の存在だとしても、同じ世界にいる以上は太陽は昇って沈む。

 彼女にとっても時間は有限なんだろう。

 というか神様テレビってなんだ?

「それに恋稲荷神社にお参りに来た人は2人だけではありませんからね」

「ああ、他の人の手助けもしてるのか?」

「唯斗のように直接関わることはありませんが、ある程度は。でないと恋愛成就の神様としての名が廃りますからね」

「そうか、意外としっかり神様やってるんだな」

「意外とという部分は引っかかりますが、今日は許してあげましょう。覚えてますよね?期限は明日なんですから、早く治してもらわないと困ります」

 確かにそうだ。

 熱があるままでは紅葉と会うことも出来ない。

 つまり、告白なんて到底できない。

 これはここまで先延ばしにしてきた罰なのだろうか。そうとまで思ってしまう。

 だめだ、熱のせいでネガティブになっているらしい。

「そう言えば、なんで期限を設けたんだ?」

 俺はふと思い出した前からの疑問を彼女に聞いてみた。

 彼女は「そういえば言っていませんでしたね」と言って、俺の寝ているベッドの端に腰を下ろした。

「それはですね、月曜日に大事な予定があるからです」

「大事な予定?」

「はい、とーっても大事なのですが、唯斗たちの恋が実らないとその予定がなしになる可能性も……」

「そ、そんな大事な意味があったのか?」

 適当に設けただけだとか、心の声を聞けるのは1週間だけだとか、そういうのだと思っていたが、イナリ側の都合だとは思ってもみなかった。

「ちなみにその予定ってのは?」

「合コンです!」

「――――――は?」

 合コンと言うとあれだよな。合同コンパとかいう男女で集まってなんやかんやする……。

 合同コンサートの略ではないだろうし、そっちの意味であってそうだが……。

「あ、今こいつ彼氏いないんだな……って思いましたね!」

「いや、思ってないけど」

「嘘です!イナリさんには全部わかってます!神様のくせに彼氏いねぇのかよって思ってるに決まってます!」

 いや、全く思ってないんだけど。

 むしろ、神様に彼氏彼女の概念があることに驚いている。

「神様だってリア充と非リアがいるんです!恋愛の神様だって恋愛に悩むんですよぉぉぉ!」

 イナリが泣き出してしまった。

 一応神様であっても女の子を泣かしてしまったことに対する罪悪感は残る。

「ごめんな、イナリ。合コン頑張れよな?」

 イナリは弱々しく頷いた。

「私のためにもちゃんと紅葉に告白してくださいね?」

「あ、ああ……善処する」

 神様のために紅葉に告白するというのも変だが、いつかはしなくてはならないものだし、思い切ってするしかないよな。

「あ、早速来たみたいですね」

 イナリは突然そう呟くとベッドから立ち上がった。

「来たって何がだ?」

 もしかして、おにぎりでは飽き足らずピザを注文したとかないだろうな。

 そう思ったがどうやら違うらしい。

「ゲッチー?いるんでしょ〜?」

 外から聞こえてくるその声が、俺のよく知っている声だったから。

「では、私はこれで失礼しますね。良い休日を♪」

 イナリはそう言うと、床に溶けるように消えていった。

 俺は自室から出て階段を降りた。

 足取りはまだおぼつかないが、朝よりかはマシになっている気がする。

 玄関の扉を開くと、そこにはよく見知った顔が立っていた。

「ゲッチー!大丈夫!?」

 若干慌てた様子の雅が飛び込むように家に入ってきた。

「なんで来たんだ?」

 なんでの以前に、俺はそもそも雅に家の場所を教えたことは無いはずだ。

 どうやってここまで来たんだろうか。

「なんでって、ゲッチーが熱出たってメッセージ送ってきたから……」

「メッセージ?送ってないぞ?」

「送られてきたよ!だから急いで来たんだし!」

「そ、そうか、まあひとりで寂しくなりそうだったし、上がっていくか?」

 大きく頷いた雅を家に招き入れ、部屋まで案内する。

 さすがに往復するのはまだ辛かったらしい。

 俺は部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。

「そんなにしんどいの?」

 雅が心配そうに覗き込んでくる。

「ああ、久しぶりの熱だからな。結構辛い……」

「でも、さっきまで誰かいたんだよね?」

「え?いたけど……」

 もしかして、イナリの存在がバレているのか?

「ほら、桶が置いてあるから。ゲッチーひとりでこれは準備できないでしょ?看病してくれてた人は帰っちゃったの?」

 ああ、そういうことか。

 イナリの存在がバレてるわけではなさそうだ。

 彼女が俺の部屋にいたとなると、その説明がややこしくなるからな。

 神様ですなんて言ったもんなら、熱のせいで頭がおかしくなったと思われて入院させられるかもしれない。それだけは避けたいからな。

「もしかして鶫さん?」

「え、いや、違うけど」

 どうして今、紅葉が出てくるんだ?

 紅葉は今日も学校で週内に片付かなかった依頼の処理をしているはずだ。

 俺の看病なんてしている暇はないだろう。

「違うんだ」

 雅はほっとしたようにため息をつくと、俺の額のタオルを取り替えてくれた。

「なんだか雅、お母さんみたいだな」

 俺は天井を見上げながら独り言のように呟いた。

「お、お母さん?」

「いや、老けてるとかそういう意味じゃないんだ。なんていうか、お前が近くにいると落ち着くというか……」

 こういうのを母性と言うんだろうか。

 金髪ポニーテールのお母さん。

 かなり破壊力のあるワードだな。

「そ、それってつまり……」

「あ、いや、あんまり気にしないでくれ。ちょっと思ったことを口にしただけだ」

「あ、うん……」

「雅、顔が赤いぞ?もしかしてうつしちゃったか?」

「そ、そうじゃなくて……そ、そうだ!ご飯まだだよね?おかゆでも作ってくるよ!」

 雅はそう言うと、勢いよく部屋をとびだしていった。

 おかゆなんて食べるのはいつぶりだろうか。

 美人なクラスメイトの手作りおかゆ。

 こちらもかなり破壊力のあるワードだな。

 金髪ポニテママが戦闘力42万なら、こっちは60万くらいだろうな。おまけに体力と状態異常を全回復の効果までついていそうだ。

 あ、でも美人なクラスメイト=金髪ポニテママなわけだから、融合召喚で『美人クラスメイトな金髪ポニテママの手作りおかゆ』ってことになるのか。

 クラスメイトでママというのはかなり無理があるが、ポスターなんかに書いてあったら目を引かれるワードだな―――――って、何考えてるんだ。

 最近ゲームのし過ぎなのかもしれない。

 なんで頭の中で雅が召喚されてるんだよ。

 俺は頬を叩いてぼーっとしていた頭を目覚めさせる。

 そう言えば、雅が俺からメッセージが来たって言ってたな。もしかしたら寝ぼけて送ったのかもしれない。

 そう思った俺は枕元のスマホを手に取ってRINEを開いた。

 うわ……本当だ。熱が出たという内容の文章を彼女に送っていた。

 それにしても、寝ぼけて送ったにしてははっきりとした文章だな。

 俺は雅とのトークの一つ下のトークに目をやった。

 待てよ、紅葉にも同じようなことを送っている。

 返信はないが既読がついている。

 いや、2人に送ったならいくら寝ぼけていたとしても覚えているものだろう。

―――――――いや、待てよ……。

 よく考えたら俺、紅葉とRINEの交換なんてしたっけ?いつの間に友達追加したんだ?

 メッセージの送信時間を見てみると、12時の少し前。

 確かこの時間はイナリが勝手におにぎりを食べていた時間帯だよな。

 それで、確かスマホをイナリに拾ってもらって―――――――あ、そういうことか。

 俺は全ての疑問が繋がったような気がした。

 まるで某探偵の出てくるアニメのように。

 真相はいつもひとつ――――ってな。

 記憶にもないふたりへのメッセージの送信と、身に覚えのない紅葉の友達追加。イナリがスマホを拾ったことをすぐに言わなかったことに引っかかっていたが、そういう事だったのか。

 イナリのやつ、勝手に俺のスマホをいじったんだな……。

神様なら彼女を友達追加するのだって簡単だろうし。

 早く紅葉に告白しろということだろう。

 でも、雅にまで送る必要はあったのか?

 その疑問が浮かんでくる。

 雅を家に呼んだところで、紅葉にはなんの影響もしないだろうに。

 もしかして誤送信したのだろうか。神様なのに意外と不器用なんだな。

 そんなことを思いながら俺はスマホを枕元に置いた。

 階段を上ってくる足音がする。

「お待たせ〜♪雅ちゃん特製おかゆだよ〜♪」

 雅がお盆に乗せておかゆを運んできてくれた。

 エプロンなんて付けて、本当にお母さんみたいだ。

 それにしても、とてもいい匂いがする。

 途端に食欲が湧いてきた。

「ゲッチーの口に合うといいけど……」

 そう言って雅はお盆を机に置き、俺が体を起こすのを手伝ってくれる。

 そしてお盆を俺に手渡してくれる。

「そうだ、あーんとかしてあげようか?」

 思いついたように言う雅に、俺は一瞬固まってしまった。

「あ、えっと、冗談だから!ほら、召し上がれ!」

 雅は顔を赤くしながら俺に食べるように勧める。

「そ、そうか。じゃあ、いただきます」

 しっかりと手を合わせてからスプーンで熱々のおかゆをすくう。こぼさないように口に運び、ぱくっと食べる。

「おお、美味い!」

「ほんと!?よかったぁ〜♪」

 雅は安堵の表情を浮かべながら、胸をなで下ろしている。そんなにも俺の感想を気にしているとは。

「お前と結婚する男は幸せだろうな。こんなに美人で料理が出来て、元気な奥さんなんだから」

「そ、それってつまり……」

「ん?どうかしたか?」

「い、いや、なんでもない!ほら、もっと食べないと元気にならないよ!」

 どこか嬉しそうな表情をうかべる雅。

 そんな彼女のことを見ていると、俺もすぐに元気になれそうな気がする。

 美人なクラスメイトって本当に尊いんだな。

 そう実感した日だった。



 数時間後、ずっと俺の傍で看病してくれていた雅が家族でご飯を食べに行くということで帰った。

 帰り際の彼女は申し訳なさそうな表情をしていたが、申し訳ないのは俺の方だ。

 彼女に熱がうつっていないことを祈るしかない。

 ただ、体調もかなり良くなってきたし、明日には自由に動けるくらいにはなりそうだ。

 そうじゃないとイナリとの約束を破ることになるからな。

 俺がそう思っていると、ピコンッという聞き覚えのある音が聞こえた。RINEの通知だ。

 発信者は――――――紅葉だった。

『これからそちらに向かうわ』

 俺はいきなりの展開に動揺していた。

 まさかいきなり紅葉が家に来るとは。

 イナリが彼女にもメッセージを送っていたことをすっかり忘れていた。

 部屋が散らかっているわけじゃないから片付ける必要は無いが、どうして来るなんて言い始めたんだろうか。

 いつもの彼女なら心の声はともかく、「うつされたくないから行かない」なんて言いそうなものだが……。

 よっぽど勇気を振り絞ったのだということがひしひしと伝わってくる。

「俺も勇気出さないとな……」

 俺はそう独り言を呟いて目を閉じた。

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