好きな人が見舞いに来てくれたりなんてしたら、余計に熱が上がる気がするんだが 見舞いその2
わ、私……今……ゆ、唯斗くんの家の前にいるのよね……!?ああ!緊張するよぉ!
く、来るとは伝えたけれど……やっぱり緊張する……。
で、でも、ここで勇気を出さなきゃ……進めないわよね!
素直になるって決めたんだから!
そのためにはここで踏ん張らなくちゃ!
それに、唯斗くんは熱で苦しんでるんだもの!
私が看病してあげなくちゃ!
未来の妻として!
私は自分に言い聞かせるように頷いて、目の前のインターホンのボタンを押した。
ピンポーン♪
他のものと変わらない、聞き慣れた音のはずなのに、何故か重みを感じてしまう。
あれ、出てこない……。
寝てるのかもしれないし、もう一度押してみよう。
ピンポーン♪
30秒程の間を挟んで『はーい』という唯斗くんの返事が返ってきた。
声を聞く限りはそこまで酷い感じではなさそうで安心した。
私がそっと胸をなで下ろした数秒後、ガチャリと音を立てて玄関の扉が開いた。
それと同時に無意識に背筋が伸びる。
ピンポーン♪
ん……?あ、寝てたっぽいな……。
ピンポーン♪
俺はインターホンの音を聞いて、反射的にベッドから飛び起きる。
いてっ……まだ頭痛がするな。
あんまり激しく動くのはやめておこう。
それにしてもこの時間の訪問者と言うと、彼女しかいないんだろうな。
俺はふらふらする足でゆっくりと玄関まで向かった。
玄関の扉に手をかけた俺は、少し固まる。
この先には紅葉がいるんだよな。
わざわざ見舞いに来てくれるなんて、それだけで感動しそうだ。
俺は涙が出そうな目をこすって、いつも通りの表情をキープするように意識した。
よし、これで大丈夫なはずだ。
俺は内心ドキドキしながら『はーい』と返事をして、ゆっくりと玄関の扉を開いた。
もちろん、そこには紅葉が立っていた。
学校から直接来てくれたんだろう。
彼女の服装は制服だった。
空は既に少しオレンジがかっていて、その光に照らされる紅葉の姿は何度見ても綺麗で―――――。
俺はふいにフワッと浮くような感覚を感じ、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。
「ゆ、唯斗くん!?」
紅葉が咄嗟に俺の背中を支えてくれる。
「大丈夫なの?そこまで酷い熱だったなんて……」
慌てて支えてくれたからか、顔が近い。
それに気付いた彼女は恥ずかしそうにぷいっとそっぽを向いてしまう。
なにそれ、すごいかわいい……。
ただ、紅葉を見た瞬間に顔が熱くなって体に力が入らなくなった――――なんて言えるはずがない。
ここは熱のせいにさせてもらおう。
紅葉はそっぽを向いたまま俺を支えて立ち上がらせてくれると、「上がらせてもらうわね」と言って靴を脱いだ。
「唯斗くんの部屋はどこにあるのかしら?」
「階段を上がって左の部屋だ」
女の子の力で男の俺を運ぶのは少し無理があったらしい。それでも紅葉は何とか俺を支えながら階段を上ってくれた。
その際に彼女が密着させてきた柔らかい感触は忘れることにしよう。思い出したらまた倒れてしまいそうだ。
部屋にたどり着いた俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
あれ、この感覚……さっきも味わったような気がする。
雅が来た時も同じようなシチュエーションだったような気がする。
でも、やっぱり仰向けになった時に見えたその顔の印象は雅のものとは全く違うもので、俺に向けられた心配そうな視線はいつものものとは違っていて――――――。
「えっと、まずは何をすればいいのかしら……」
紅葉は看病をしたことがないらしい。
まあ、なかなかそんな機会ないよな。
「このタオルをそこの桶で濡らして、絞ってくれないか?」
「この桶ね、わかったわ」
紅葉は桶の中にタオルを入れると、首を傾げた。
「この水、ぬるくなっているけれど大丈夫なの?冷たい方がいいわよね。ちょっと替えてくるわ」
紅葉はそう言うと桶を持って部屋を出ていった。
数分後、紅葉は氷の浮かんだ水を桶に入れて持ってきた。
それを持って階段を上るのは、なかなかしんどかったんじゃないか?
頑張って階段を上る紅葉を想像すると、なんだか胸が温かくなった。
「これを言われた通りにすればいいのね」
紅葉はタオルを冷たい水に浸し、ぎゅうぎゅうと絞った。そして俺の額の上にそっと乗せる。
冷たいタオルが俺の額から熱を奪ってくれる。
おかげで頭痛もマシになった気がする。
「ありがとうな、冷たくて気持ちいい。少し楽になったよ」
俺がお礼を言うと、紅葉は照れたように微笑みながら、ベッドに腰かけた。
「こうやって看病してあげるのも疲れるのね。これっきりにしなさいよ?」(唯斗くんの辛そうな姿、見てられないもん!ずっと元気でいて欲しいし!)
今日の彼女は1番目の声ですら、どこか優しさを感じる。
「ああ、迷惑かけてごめんな」
「ええ、本当に迷惑よ。部活だって大変だったもの」(唯斗くんがいないと仕事が楽しくないんだもん!ずっと唯斗くんのことばっかり考えちゃうし……)
え、今日ずっと俺のことを考えていてくれたのか?
声に出しては聞けないが、俺は心の中でその疑問文を繰り返した。
部室で1人で作業をする彼女の姿が思い浮かぶ。
寂しい思いをさせてしまったのかと思うと、すごく心が痛い。
「紅葉……」
俺は無意識に彼女の名前を呼んでいた。
うぅ……これが唯斗くんの部屋。
小学生の時に1度入ったことがある気がするけれど、やっぱりあの時とは全く違う……。
ここにいるとずっと唯斗くんの匂いがする。
す、すごく緊張するよぉぉぉぉ!
私は心の中で悶絶していた。
タオルをおでこに乗せてあげて、ありがとうって言われちゃったし!
こうやって唯斗くんの力になれる日が来るなんて!
私、今すごく幸せです!
幸せすぎて明日死んじゃうんじゃないかってくらい!
でも、死ぬ時は唯斗くんと一緒って決めてるから死なないもんねー♪
だから心配しないでね―――――なんて、心の中だけじゃなくて言葉に出来たらいいんだけど。
今そんなこと言っても、唯斗くんの負担になっちゃうだけだから……。
この気持ちは今は胸の奥にしまっておきましょう。
今日は唯斗くんのために働くんだから!
結婚すればいずれこういうシチュエーションもあるでしょうし!その時の予行演習としては最適ね!
よし!唯斗くんにたっぷり御奉仕よ!
がんばれ私!
「紅葉……」
「何かしらっ?」
おっと、心の中のテンションが漏れちゃったわね。
落ち着いて、しっかりと唯斗くんの声を聞くのよ!
そう意気込んだ私は、唯斗くんの声をよく聞こうと、彼の顔に耳を近づけた。
「紅葉……」
「ひゃっ!?」
次の瞬間、私は突然起き上がった彼の腕に抱かれていた。
えぇぇぇぇぇ!?どどどどどどういうこと!?
じょ、状況が理解できない。
「ゆ、唯斗くん?」
「紅葉、ありがとうな」
「っ!?」
耳元で唯斗くんが囁いている。
だめ、幸せすぎて脳が溶けそう……。
私、このまま彼に身を任せても―――――――。
私はそう心構えをした。
「……」
けれど、唯斗くんはそのまま動かない。
「大丈夫?」
私は彼から顔を離して様子を見る。
「……Zzz」
ね、寝てる!?
彼は眠っていた。
すぅ…すぅ…と寝息を立てながら、私の方にゆっくりと倒れてくる。
「ま、待って……」
私の力じゃ今の彼を持ち上げられない。
私は唯斗くんに覆いかぶさられる形でベッドに押し倒された。
私の頭の中は爆発が起こったのかというくらい混乱している。
待って……私、今、唯斗くんと一緒に寝てる!?
だ、だめ……そういうのは大人になって責任を持てるようになってからって……。
でも、唯斗くんは眠ってるし……本当に寝るだけなら大丈夫――――――って、私の心が大丈夫じゃないのよ!
このままじゃ私、幸せすぎて爆発しちゃいそうだもん!
かと言って唯斗くんを押しのけることなんて、私には出来ないし……。
このままじゃ身動きが取れない……。
どうすればいいのぉぉぉぉぉ!
私は結局、唯斗くんが寝返りをうつまでの2時間の間、彼に捕らわれていた。
その間トイレにも行けなくて、もう少しで漏れちゃうところだったよぉぉ……。
「……ん、あれ?」
目を覚ますと外はもう真っ暗だった。
時間は――――――もう8時だ。
2時間以上も寝ていたらしい。
部屋に紅葉はいないし、きっと帰ったのだろう。
寝る前の記憶が無いんだが、彼女に変なことを言っていたりしてないよな。
俺がそう思いながら体を起こすと、目の端に水の入った桶が見えた。
あれ?この桶、まだ氷がたくさん残っているな。
氷を入れたのはイナリと紅葉が1回ずつだけのはずじゃ……。
これだけ時間が経っているのに溶けていないなんて不思議だ。
俺が首を傾げていると、突然部屋のドアが開かれた。
「あら、目が覚めたのね」
「紅葉、まだいたのか?」
「その言い方、帰って欲しいみたいな言い方ね?もしかして何かバレたくないことでもあるのかしら?」(そ、それについては審議したいところです!なぜ唯斗くんの部屋にあるラノベ本には金髪の女の子が沢山出てくるのよぉ!や、やっぱり新庄さんのことを……うぅ……)
紅葉はそう言いながらお盆に乗せたおかゆを俺の伸ばした脚の上に置く。
「いや、そんなことは無いけど……」
って、なんで俺の部屋の本の中身を紅葉が知ってるんだ!?ま、まさか……漁ったのか……?俺の趣味を全部見られたってことか!?
「その反応は図星なようね?やっぱりあなた、新庄さんのことが好きなのね」(金髪が好きなら私だって染めちゃうから!そしたら唯斗くん、見てくれるよね?)
いや、待て待て!クールで美人な黒髪少女で通っている紅葉が金髪なんかにしたら、学校中が大騒ぎするぞ。
それに、俺は金髪が好きなんじゃなくてツンデレが好きなだけだからな……。
ほら、金髪のキャラってツンデレとか多い感じするだろ?それを狙って買ってるだけなんだが……。
俺的には黒髪のツンデレなら尚良しなんだよな。
ほら、紅葉みたいだし……。
俺は自分で考えたことになんとも言えない恥ずかしさを感じた。
だめだ、目の前に本人がいるのにそういうことを考えるのは―――――あれ?紅葉がこちらをジト目で睨んでいる気がする。
何かを言いたそうな視線を向けてくる紅葉をよく見てみると、下の方で指を絡ませてモジモジしている。
これは、何かを期待しているんだろうか。
なら、ここははっきり言っておいたほうがいいよな。
「俺は金髪キャラが好きなんじゃなくて、ツンデレが好きなんだよ」
「そう、言い訳をするのね」(そ、そうなの!?ということは黒髪にも需要があるのね!ところで、ツンデレって何かしら?)
需要という言い方もなにか違和感があるが、紅葉がツンデレを知らないことの方がもっと違和感がある。
だって、彼女はツンデレそのものなのだから。
むしろ時折見せるデレの割合だとか、ツンの中にも優しさがあるだとか、そういうの諸々を合わせてみれば、彼女はツンデレの最高峰だと言える(俺にとっては)。
「ああ、そう思ってくれてもいい。俺はあのツンツンとした態度と時々見せてくれる優しい笑顔とのギャップが好きなんだ!俺は金髪よりも黒髪のツンデレの方が好きだな」
「そう、どうでもいい自己紹介をありがとう。実に有意義な時間だったわね」(ツンツンと優しい笑顔のギャップ……私もそうなれば好きになってもらえるかな?でも、黒髪はクリアね!どやぁ♪)
心の声がすっごいかわいい……。
私もなればって、やっぱり自分がツンデレだって気付いてないんだろうな。
そういう所も可愛いんだけど。
俺的には黒髪が好きというか、紅葉が好きだから黒髪派ってだけなんだよな。
「あら、おかゆが冷めちゃうわよ」
「ああ、そうだった。いただきます!」
俺はちょうどいい具合に冷めたおかゆを口に運んだ。
雅の作ってくれたのとは結構違うんだな。
おかゆだけでここまで違いが出るとは思ってもみなかった。
でも、好きな人が作ってくれたものだと言うのもあるんだろう。
そのおかゆはすごく満たされる味がした。
「ごちそうさま、すごい美味しかったぞ」
「そう、それなら良かったわ。安心して、お金を取る気はないから」(褒められたぁぁぁぁ!これから毎日おかゆだけをお弁当に入れて持っていこうかな!えへへ!)
かわいいんだけど、おかゆだけだと栄養が偏りそうだからやめてくれ……。
部活中に倒れられても困るし、何より紅葉には健康でいてもらいたいからな。
「ところで、空いている布団はあるかしら?」
「布団?なら隣の部屋の押し入れにあると思うけど……」
「そう、わかったわ」
紅葉はそう言うと部屋を出ていった。
ドアを開ける音が聞こえたから、おそらく隣の部屋に入ったんだろうな。
2分ほどすると、紅葉が戻ってきた。
両手に布団を抱えて。
「な、なんで持ってきたんだ?」
「決まってるじゃない、泊まるのよ」(だ、ダメ元だけど……やっぱりだめかな?)
心配そうな2つ目の声が聞こえてくる。
「泊まるって、ここに!?」
俺の脳はまだこの状況を理解出来ていないらしい。
ベッドの隣に布団を敷く彼女を、ただただ呆然と眺めていた。
「よし、準備できたわね」
布団を敷き終えた彼女は満足そうに額の汗を拭った。
「いや待て、なんで泊まるの確定なんだ?」
俺がそう聞くと、彼女は俺を冷たい目で見ながら言った。
「私が帰ってから熱が酷くなって……ってのも気分が良くないもの。今夜はそばに居てあげるから安心して寝なさい」(唯斗くんとの初夜……だなんて///これは看病よ!いかがわしいことなんて何も無いもん!唯斗くんはそんなことしないもん!大丈夫!)
まあ、手を出すつもりは無いんだが、年頃の男女が同じ部屋で寝るってのがな……。
「ちなみに、他の部屋だとあなたの助けが聞こえないかもしれないから却下ね」(私ったら天才!唯斗くんと寝れるチャンスを掴み取ったわ!まさか断ったりしないよね?ね?)
どこか期待の眼差しを向けられている気がする。
そんなことを言われたら断れるわけないだろ。
「わかった、何かあったらよろしくな」
俺は仕方なく受け入れることにした。
「それじゃあ、お風呂を貸してもらうわね。唯斗くんも大丈夫そうなら後で入るのよ」(本当は一緒に入りたいけど、それは大人になってから……ね♪)
「ああ、わかった。風呂は階段を降りて左だ。洗濯機が見えるからわかりやすいと思う」
「わかったわ、行ってくるわね」
紅葉はそう言うと部屋を出ていった。
トントンと階段を降りる音が聞こえてくる。
それにしても、あの紅葉が泊まるだなんて……。
一緒に寝るチャンス……とか言ってはいたけれど、本気で俺のことを心配してくれているからこそ、勇気をだしてくれたんだよな。
やっぱりツンデレ幼馴染は尊いな。
そう思った日だった。
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