興味のあることはとことん追求するべきだと思うけど、そう出ないものもきっとあるんだと思う プール前編

「俺たちは雑用係なのか?」

 金曜日の朝、学校にて。

 俺は新たに届いた依頼書を見てため息をついた。

 確かに万事に働くのが万事部ではあるが、この仕事を任せられるとは思ってもみなかった。

『至急プール掃除をして欲しい』

 これは学校側からの依頼だ。故に断ることは出来ない。断ろうものなら生徒会から支給されるはずの部費をゼロにするぞと暗黙に脅されているから。

 ちなみに直接的に脅された訳では無いため、訴えることは出来ない。

 まあ、部費のことで訴えるなんて馬鹿らしいことはしないけど。世間に笑われるだろうしな。

 至急と書かれていることもあり、他の依頼は全て後回しにして、今日の放課後をたっぷり使って掃除をすることになった。

 中間明けから始まる水泳の授業を心地よく行うためとは言え、活動部員2名の万事部に任せるとは、教師も何を考えているのやら。

 絶対に任せていい人数じゃないだろ……。

「ゲッチー、何見てるの?」

 雅が教室に入ってくるなり俺の元へ駆け寄ってきて依頼書を覗き込んでくる。

 金髪の先が顔に当たってきてこそばゆい……。

「へぇー、万事部ってこういうこともするんだ?なんかざつよ……じゃなくて、学校のための部活みたいだね」

「言い直してもバレバレだからな?まあ、頑張れば頑張るほど部費も沢山貰えるし、断る理由はないんだけどな」

 万事部の部費は働けば働くほど増える制度になっている。つまり、努力が形になるというわけだ。

 それなら学校のためにこなす依頼なら、部費の増加は普段の倍……いや、それ以上かもしれない。

 別に部費を大量に貰ってどうこうする訳じゃないが、頑張る理由があるに超したことは無いからな。

 まあ、去年分の部費がどこへ消えたのかは未だにわかってないんだけど。

「そっかそっか〜」

 雅は俺の方に何度か目線をやると、ニコニコしながらサチさんのいるグループに加わりに行った。

 何やらサチさんとこちらをチラチラ見ながら話しているっぽいが、悪い予感しかしない。

 紅葉には朝イチで依頼のことは伝えてある。

「そう、男であるあなたの力がかなり必要になりそうな依頼ね」と、昨日のチアリーダー依頼のあてつけのような視線も向けられ済みだ。

 仕返しを……なんて思っていそうなその表情がなんとも微笑ましかったが、確かにプール掃除ともなれば力もいるだろう。女の子、ましてや体力のない彼女を働かせすぎるのも気が引ける。

 かといって俺に体力があるかと言えば答えはNOだ。

 ゲームに勉強ばかりの俺にとって、運動と呼べるものは体育の授業くらいだ。

 部活でも机に向かっていることが多いし、体力なんてものは運動部の人達と比べれば無いに等しい。

 彼らに面と向かっているなら、体力の『た』の字を発音するのも躊躇われる。

 まあ、『た』を使えなかったら生きていけないから使うけど。

 俺は依頼書を折りたたんで、もう一度ため息をついた。

 これは万事部にとって最も不向きな依頼だ。

 今日一日で終わらせられるんだろうか。



「えっと……なぜあなたがここにいるんですかね?」

 放課後、俺は予定通りプールに来た。

 俺の学校にはプールが2つあって、ひとつは水泳部が使っている温水プールで、もうひとつが今日掃除する普通のプールだ。

 水も既に抜いてあるし、室内にあるおかげでそこまで汚れてもいない。

 これならそこまで時間をかけずに終われるかもしれない―――――が、それよりも今は彼女らがここにいることの方が気になる。

「んー、ゲッチーが深刻そうな顔してたからさ!友達のよしみで助けてあげようと思ったってわけ♪」

 右手で作ったピースを俺に向かって突き出してニコッと笑うのは雅。その隣ではサチさんも何やらニヤニヤしている。

 あの時感じた不安感はこれだったのか。

 雅は手伝いに来てくれたとしても、サチさんは果たしてそうなのだろうか。俺は彼女と仲がいいわけじゃないし、このニヤついた顔がなにか企んでいそうで少し怖い。

「助けに来てくれるのは有難いんだが……万事部の仕事を2人に手伝わせるってのもな……。俺と紅葉はともかく、2人は手伝っても得なんてしないだろ?」

 万事部は楽に仕事が出来てなおかつ部費を稼げるという利点があるが、2人はただただ疲れるだけだろう。なんだか申し訳ないし、あまりお願いしたくないところだが……。

 だが、雅は首を横に振って、俺に向かって親指を立てる。

「私とゲッチーの仲でしょ?得とか損とか毛沢東とか、そういう話はなしでいいじゃん!」

 なんでいきなり毛沢東をぶっ込んできたのかは謎だが、そのドヤ顔がなんだか清々しくて、俺はつい笑ってしまった。

 本当に、こいつは根っからの良い奴だな。

 まだ彼氏がいないのが不思議なくらい……なんて言ったらさすがに怒られるだろうからやめておこう。

「そう言って貰えると助かる。人手も足りなかったところだし、せめてものお礼は後でさせてくれ」

「いいってことよ〜♪その代わり、テスト前の勉強、手伝ってよね?」

「おう、まかせとけ」

 彼女の雰囲気からしてその見返りは後付けしたものだろう。俺の気遣いを少しでも軽減できるようにと、わざと言ったんだろうな。

 テスト勉強に付き合うってのは前からの約束だったわけだし。

 本当に、彼女の優しさには頭が上がらない。

 まあ、もう少し頭の良さは上げてもらいたいところだけど。

「そうだね〜。私へのお礼はほっぺにチューしてくれたらでいいよ〜♪」

「は?」

 唐突なサチさんの言葉に俺は疑問の声を漏らす。

「え、ちょ、サチ!そ、それは……」

 雅がサチさんの方を見て顔を真っ赤にしている。

 この場合、赤面するのは俺の方のはずなんだが、いきなりちゅーなんてワードが出てきたら恥ずかしくもなるよな。

「あはは、冗談だって♪私へのお礼は雅が受ければいいよ。景地くんもそれでいいよね?」

「ああ、サチさんがいいって言うなら、雅に2倍お返しするけど……」

 でも、それだとなんのためにサチさんは手伝ってくれるんだ?

 そんな疑問を頭に浮かべていたが、それは扉が開かれる音でかき消された。

「遅くなってごめんなさい、先に片付けておきたい用事があったのよ」

 現れたのはポニーテール姿の紅葉だった。

 2つ目の声が聞こえないということは、特になにか厄介事に巻き込まれていたなんてことでは無いらしい。

 それにしても、何度見ても紅葉のポニーテール姿はいいな。

「なに?あまり見つめられても気分が害されるだけなのだけれど」(唯斗くんが見てくれてる……可愛いって言ってくれるかな?言って欲しいなぁ♪)

 既に心の声で甘え全開の紅葉。

 つい頬が緩みそうになる。

 だが、雅の方を見てみると、どこか表情が硬いように感じた。

「あなたが鶫さん?」

 その表情のまま雅が訪ねる。

「ええ、そうだけれど……まさか金髪女まで来ているとはね。唯斗くんが助っ人として呼んだのかしら?」(な、なんで2人も増えてるの!?まさか、唯斗くんが誘ったの?2人だけの時間を私から取り上げたの……?)

 泣きそうな声でそう訴えかけてくる紅葉の心の声。

「金髪女って呼ばないでください、私の名前は新庄 雅ですから」

 雅は腕を組みながら、どこかトゲのある声でそう返す。

「そう、仕方ないから新庄さんと呼んであげるわね」

「仕方ないって……あー、なんでそういう言い方しか出来ないんですか」

 雅が明らかにイラッとしている。彼女にしては珍しい。

「そういうとはどういうことかしら?はっきりいってもらわないと分からないのだけれど」

 心の声が聞こえるのは俺と紅葉との会話でのみだ。だから2人の会話中には紅葉の本心が分からない。

 これは困ったぞ……。

「わからないって、もしかして自覚してないの?上から目線で人を見下して、ゲッチーにはひどい言い方してましたよね?」

 雅がもう限界だと言わんばかりに紅葉へと詰め寄る。

「事実だもの、はっきりと言ってあげることが本人のためになると思っての行動よ」

 だが、紅葉は表情ひとつ変えずにそう返す。

 時折俺の方に目線を送るのは、本心じゃないということを伝えようという意思の表れだろうか。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

「事実って……なら鶫さんの目は節穴ですね。私は彼と一緒にいても気分を害されませんから」

「あらあら、私には分からない魅力があるようね。ならふたりでくっついてしまえばいいんじゃないかしら?」

 紅葉はそこまで言うと一瞬だけ、やってしまった!という表情をした。

 おそらく俺しか気付いていない。

 一方雅の方はと言うと、俺の方をチラチラと見ながらモジモジしている。

「げ、ゲッチーと……なんて……」

 なんだかとても嫌がられているような気がする。

 まあ、そうだよな。好きでもない男とくっつくなんてこと考えたら、誰だって嫌だよな。

 俺だから嫌がっているというわけじゃないことを信じたい。

 というか、あれ?

 誰かいなくなったような気がする。

 俺がそう思って顎に手を当てた瞬間、キュッという金属の擦れる音が響いた。

 それと同時に2つの悲鳴が聞こえる。

「「きゃっ!」」

 ふたりはあっという間にびしょ濡れになってしまった。犯人はもちろんサチさんだ。

 彼女は右手に持ったホースをクルクルと回しながら、してやったり!と言わんばかりにニヤニヤしている。

「ふたりとも、あんまり熱くなりすぎちゃダメだよ〜♪」

 そう言ってホースをポイっと投げ捨てたサチさん。おかげで喧嘩中だった2人も大人しくなってくれた。

 まあ、唖然としているだけなんだけど。

 ただ、俺にはどうしようもなかったわけだし、機転を利かせてくれた彼女には感謝しよう。

 何も考えていない人だと思っていたが、そうでもなかったらしい。

 人は見かけによらないというか、人は第一印象によらないと言ったところだろうか。

 喧嘩を止めてくれたのはこれから仕事をする上でもとても有難いことだ。

 でも、サチさんはひとつ見落としている。

 彼女らが着ているのが制服(夏服)であることを。

「ちょ、ちょっとサチ!何して……ちょぉ!」

「あなた、何を考えて……っ!?」

 びしょ濡れになった2人は、今の自分の姿を認識すると、慌てて体を腕で隠す。

 それもそうだろう。

 だって、彼女らは今、とてつもなく過激な姿をしているから。

 濡れたシャツが体にピッタリと張り付いて、体のラインがはっきりと見て取れる。

「ちょ、ゲッチー!見ないでぇ!」

「何を見ているの!このエロ斗!あっちを向きなさい!」(あぅぅ……心の準備がぁぁぁ……)

 ふたりともスタイルが抜群だからこそ、隠そうとしているその姿がさらにエロスを醸し出す。

 これ、見ちゃダメなやつだ。

 俺の本能がそう訴えかけてくる。

 俺は自然と視線を背けていた。

 その視界の端には笑いを堪えるのに必死なサチさんが映っていた。

 この人、絶対こうなるって分かってたよな。


 15分後、更衣室で体操服に着替えに行った3人が戻ってきた。

サチさんもついでに着替えてきたんだとか。

 びしょ濡れになった制服は洗濯部の代々木さんに渡してきたらしい。

 洗濯部というのは、代々木さんが作った部活で、部員は彼女の他にもう1人だけらしい。

 どうやら洗濯の世界大会というのがあるらしく、洗濯、乾燥、アイロンがけや畳んで収納までの一連の工程の速さと丁寧さを競うものらしい。

 彼女たちは大会での優勝を目指して特訓していて、その一環として紅葉たちの申し出も快く受け入れてくれたらしい。

 おかげで帰りの服装の心配はなくなったが、体操服姿の女子が3人並ぶという光景も、これはこれで男心が黙っていないんだよな……。

 おまけにそのうちの一人は好きな人なわけだし。

 それはもうときめきが止まらないくらいで……。

 けれど、抱きつくわけにもいかないし、そこはグッと堪える。

 ただ、その気持ちは紅葉も同じらしく――――。

「さすが引きこもりの唯斗くん、もやしみたいな体ね」(ああ、唯斗くんの体操服姿……尊い……。出来れば写真を撮って保存しておきたいのだけれど、そんなことしたら変に思われちゃうわよね……ここは我慢よ!)

 そんな気遣いは必要ないと言いたいが、心の声が聞こえているのがバレるのも厄介だし、写真を撮られるのはあまり好きじゃないから何も言わないでおこう。

 雅もかなり目に毒なフォルムだが、意外にもサチさんが着痩せするタイプだったことが分かった。

 胸を強調するようなポーズと俺の様子を伺ってくるような上目遣いについ目を奪われてしまう。

「…………」

 そんな俺の姿をじっと見ている紅葉に気づいた時にはもう遅かった。

「さすがはエロ斗くん、サチさんの胸に興味津々なようね。はぁ、気持ち悪い……」(私のだって同じくらい大きいのに、なんで私のは見てくれないのぉぉぉぉ!唯斗くんの浮気者ぉぉぉ!ぐすん……)

 浮気って……紅葉の中では既に俺は彼氏になってるんだな。嬉しいような、どこか虚しいような……。

 早く本当の彼氏になりたいけど、この調子だと期限の日曜日には間に合いそうにないな。

 その後、何度も弁解したが紅葉はなかなか機嫌を治してくれなかった。

 ただ、そこにも愛を感じたというか、紅葉の想いの強さが身をもって感じられた。

 控えめに言って、今の俺は世界一の幸せものだと思う。

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