嫌よ嫌よも好きのうちとは言うけれど、好きよ好きよは何のうちなんだろうか
「思ったよりも疲れたわね……」
応援を終え、部室に帰った私はそう呟いた。
30分くらいでいいと言われていたけれど、結局その倍の1時間も応援してたみたい。
唯斗くんが見てくれていると思ったら頑張っちゃった。唯斗くんさえ良ければ「えらいぞ〜」なんて言ってなでなでしてほしい……なんちゃって///
素直にそんなことを言えたならどれだけ幸せだろう。そう思うと、少し胸が痛くなる。
そう言えば唯斗くん、私のことをいつもよりも見てくれていた気がする。
彼だって男の子だもの。ああいう格好に興味があるものよね。
記念としてチアリーダーの衣装は持って帰れることになったんだけれど、彼が見たいと言うならいつだって着てあげるつもりよ!
だからこれは大切に保管することにしよう。
そう決めた私は、衣装の入った鞄を抱きしめた。
唯斗くんは依頼完了の申請をしに行ってくれているから、あと少しは帰ってこない。
ひとりでいると周りの静かさが余計に感じられる。
久しぶりにかなり体を動かしたのもあって、だんだん眠気が―――――。
まだ仕事があるから寝ちゃダメなんだけど、今みたいな顔は彼には見せられないし、少しだけなら――――。
「紅葉?」
申請を終えて部室に帰ってきたが、部室に紅葉の姿が見当たらない。もしかしたらトイレに行っているのかもしれない。
そう思って何気なく彼女の机の近くに行った俺は、偶然にも彼女の姿を見つけた。背もたれを倒して寝ていたから机の影で見えなかったけれど、彼女はそこで眠っていた。
椅子がふかふかだということもあるのか、気持ちよさそうに眠っている彼女の姿を見ていると、こちらまで眠くなってきそうだ。
――――――ダメだダメだ!
俺まで寝たら仕事が片付かなくなる。
かと言って彼女を起こすのも気が引ける。
すぅ…すぅ…と一定のリズムで聞こえてくる寝息が、彼女が今日どれだけ頑張ってくれたのかを表しているようだ。
「……可愛いな」
俺は音を立てて起こしてしまわないように、そっと彼女に近づく。
年頃になってからは初めて見る彼女の寝顔。
こうしてみると、彼女が毒舌少女だなんてことは微塵も感じられない。
けれど、それは全て俺への本心を伝えることの恥ずかしさを隠すためで、心の中では俺のことを大好きで―――――。
俺は鼓動が早くなるのを感じた。
今なら、キスなんてしてもバレないんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎる。
俺と紅葉は実質両思いで、1歩踏み出せば恋人になれるような距離にいる。
なら、キスしたっていいんじゃないか?
悪魔が俺に強く囁きかけてくる。
俺は無意識に彼女の顔に自分の顔を寄せる。
女の子特有のいい匂いが鼻をくすぐる。
このままもう少し顔を下ろせば、俺は彼女とキスができ―――――ガチャッ。
ドアが開く音が聞こえ、俺は慌てて紅葉から顔を離した。
「ゲッチー、まだ仕事中?」
部室に入ってきたのは雅だった。
「お、おう、まだ仕事中だ」
「どうしたの?顔真っ赤だけど……」
どうやら雅は、俺の傍で紅葉が寝ていることに気付いていないらしい。
もしも気付かれてしまったら、雅は俺が紅葉の寝込みを襲おうとしていると思ってしまうだろう。
あながち間違いではないけど、いい印象を与えないことは確かだ。
それに、それを知った紅葉が幻滅して俺のことを嫌いになってしまうかもしれない。
それだけはなんとか避けたい俺は、なんとか誤魔化そうと頭を回転させる。
「な、なんでもないぞ?そんなことより、雅の方こそ何か用か?」
「あ、私?私は……その……近くまで来たから寄ってみた……みたいな感じかな?」
雅は窓の外に目をやりながら言う。
ここ、校内だし、学校にいれば大体の場所は近くなんだよな。
自分のことを棚に上げるつもりは無いが、雅がなにか隠し事をしているような気がする。
「依頼とかなら遠慮しないでいいぞ?」
「え、あ、うん、依頼ね。そう、依頼よ!」
雅は自分に言い聞かせるようにそう言って頷くと、ドカドカと俺の方へ歩いてきた。
待て待て!今こっちに来られたら紅葉のことがバレるって!
俺は慌てているのを見透かされないように、あくまで自然に、こちらからも彼女に歩み寄った。
紅葉をちょうど死角に入れれば、見えてしまってバレるなんてことは無い。
俺は瞬時に紅葉と雅を結ぶ直線上に割り込んだ。
「ちょ、ちょっとゲッチー、近いんだけど……」
「す、すまん……」
慌てていたせいで少し距離を詰めすぎたらしい。
俺は彼女の様子を伺いながら、慎重に一歩下がった。大丈夫だ、俺の後ろを気にしている様子はない。むしろ別の場所に気が言ってるっぽいから、この調子ならなんとか隠しきれそうだ。
彼女の乱入のおかげでキスが未遂ですんだのには感謝しかないが、この状況からはなるべく早く抜け出したい。
「どんな依頼なんだ?」
俺は近くにあったペンと用紙を手に取って彼女に渡す。
「えっと……あ、今度やる遊びに必要な人数が足りないから加わってもらいたいんだけど……」
「そういう依頼は初めてだな、無理ではないけど」
確か、遊び部は彼女を含めて5人だったよな。
俺たちを含めて7人か、かなり大人数での遊びなんだな。
「日程とかは2人に合わせるから、大丈夫そうな日に教えて?」
雅は書き終えた用紙を俺に手渡すと、スタスタと扉の方まで歩いていった。
俺はそれを追いかけるようについていく。
「こ、この部活は依頼した人を見送るっていうルールがあるの?」
俺の動きが不自然だったのか、雅はそう言って首を傾げる。確かに、今の動きは少し高めの飲食店でのお見送りみたいだったかもしれない。
「い、いや、お前だからだ。友達なんだし、見送るだろ?」
慌てたせいでよく分からない理論を持ちかけてしまったけど、雅は納得してくれたらしく、「そっか!じゃあ依頼の件、よろしく!」と言って出ていった。
俺は小さくため息をついて椅子に座った。
なんとかバレずにすんだらしい。
彼女が来なければ俺は紅葉にキスをしてしまっていたかもしれない。そうなれば良くも悪くも紅葉との関係は変わってしまっていただろう。
今度、お礼にアイスでも奢ってやろう。
そう思って俺は机の上の資料に目を落とした。
ああ……もお!
私は万事部の部室を出た後、頬を緩めながら階段へ向かう廊下を歩いていた。
ゲッチーに会いに来たなんて言えるわけなかったし、そこは嘘ついちゃったけど、結果的にゲッチーと一緒に遊び部の活動ができることにはなったのは結果オーライって感じ?
ゲッチーったら、頬赤くしながら私のこと真剣な目で見つめてたし。
二人っきりだったわけだし、あの場で告白するのもアリだったのかな。いやいや、告白ってのは雰囲気ってのが大事なんだから!
私はブンブンと首を横に振る。
階段を降りて、靴箱で運動靴に履き替えると校庭に出た。
「みー!はやくはやくー!」
遊び部の部員で私の親友のサチがこちらに大きく手を振っている。
「ごめんごめん!おまたせ!」
私は駆け足でみんなの輪に加わる。
「じゃあみーも戻ってきたし、続きやろっか!」
サチのその言葉に頷いた私たちは、先程までやっていた鬼ごっこを再開させた。初めの鬼はサチだ。
「じゃあ10数えたら追いかけるよ〜!じゅーう、きゅーう―――――」
サチがカウントダウンする声を背に、私たちはなるべく遠くに逃げる。
鬼ごっこというのはかくれんぼ要素も大事で、鬼に見つかるまでは鬼の視界に入らないことを最優先に考える。
私は植木の裏に身を隠した。
サチのカウントダウンは終了して、こちらに向かってくる気配がする。
もしかしてバレてるのかな?
「ここに誰かいるかな〜?」
サチの猫なで声が聞こえてきて鼓動が早くなる。
鬼ごっこのこのスリルがたまらない。
けれど、この鼓動が早くなる感じ、さっきも味わったような――――――。
そうだ、ゲッチーが『お前だからだ』って言ってくれた時だ。
お前だからって、つまり、私のことを特別だって思ってくれてるわけだよね?
ってことは私とゲッチーって―――――。
「両思い!?」
思い浮かんだその単語に自分でもビックリして、つい立ち上がってしまった。
「うわぁ、ビックリしたぁ〜。でも、みーのことみつけた〜!はい、タッチ♪にげろ〜♪」
サチが私の肩をタッチして逃げていく。
私はその後ろ姿をほぼ放心状態で見つめていた。
ゲッチーが私のことを好きなんて……ありえない!だって今までなんの反応も見せてくれなかったし……。
いやいや、きっと何気なく言った一言なんだ。
ゲッチーは良い奴だし、他愛のない見送り言葉だったんだろう。
私はそう思う事にした。
赤くなっているであろう頬をぺちぺちと叩いて引き締める。
今は遊び部の部活を全うしよう。
全力で遊ぶ!他のことは後で考えよう!
「すぐに捕まえちゃうからね〜!」
私はサチの背中を追いかけて走り出した。
恋する乙女は大変なのよ。
けれど、追いかけるより追いかけられたいと思ってしまうのは、仕方がないことなのよね。
なんて、考えてみたりする♪
「彼女たち、元気に遊んでるわね」
窓の外を見下ろす紅葉がそう呟いた。
雅が出ていったすぐ後に目を覚ました彼女は、既に今日の仕事を片付けていた。
本当に仕事が早くて羨ましい。
「あなたは本当に仕事が遅いわね、今のままじゃ用無しになる日も近いんじゃないかしら?」(今でも十分なんだけど、イチャイチャする時間は長ければ長いほどいいもの!だから頑張って!唯斗くん♡)
「すまん……」
さっきのこともあって、彼女の言葉にまともに反応できない。バレた訳では無いし、このままだと反応の薄いヤツになってしまいそうだが、今彼女の顔を見ると、思い出して顔が熱くなりそうだし。
ごめん、紅葉。今だけは資料から目を離せないって設定にさせてくれ。
心の中でそう願いながら、俺はパソコンのキーポードをタイピングする。
「ところで唯斗くん、あの金髪の子とは仲がいいみたいじゃない」
金髪というと雅だろうか。
2つ目の声が聞こえないということは、裏の意味があって聞いてるわけじゃないということだろうし、俺は「まあ、仲良いほうだろうな」と素直に答える。
「そう、まああなたの交友関係に興味はないからどうでもいいのだけれど。暇だったら聞いただけよ、勘違いしないでちょうだいね」(な、仲いいってどれくらいいいのかな……もしかして私よりも上?彼女ポジ危うし!?あの金髪女めぇ……そうだ、イタ電してじわじわと体力を奪ってやりましょう)
「あ、ああ、勘違いなんてするわけないだろ?」
いや、普通に雅とは友達ってだけだからな。紅葉が心配してるようなことは何もないだろうし、雅自身もおそらく俺と同じ気持ちのはずだ。
あいつがそういう雰囲気を出したことってなかったと思うし。
ていうか、イタ電って姑息すぎるだろ。
考えてることが可愛すぎる。
「そうね、あなたには勘違いすることすらおこがましいものね。身分をわきまえているようだから褒めてあげるわ」(勘違いしてくれてもいいんだよ〜?だってそれ、勘違いじゃないもんね!唯斗くんだーいすき♡)
甘えた声でのストレートな大好きがグッとくる。
気を抜いたらキュン死してしまいそうだ。
「褒めて貰えて嬉しいよ」
今の俺にはそれを言うのだけで精一杯だった。
ニヤけた顔を見られるわけにもいかず、顔を上げることも出来ない。
その後の会話でも、罵られては心の声で大好きというサイクルが部活が終わるまで続いた。
その頃には俺の身も心も(幸せすぎて)疲れ果てていて、帰宅すると晩御飯を食べることも忘れて朝まで爆睡してしまったのだった。
好きというワードは時に人を殺すことも出来るということを、俺は今日、身をもって思い知った。
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