女の子に応援されたらなんだってできるような気がするのは俺だけだろうか

 今は木曜日の放課後、体育館にて。イナリとの約束の日を五日後に控えているが、今の俺にはそれに対する不安なんてものは頭の片隅にすらない。

 今の俺は猛烈に幸せな気分だった。

 勘違いしないでもらいたいのは、俺が紅葉と急激に距離を詰めただとか(気持ちはゼロ距離なんだけどな)そういうことでは無いということだ。

 ただ、理由が紅葉であるという点は間違ってない。

 彼女は今、俺とは似ても似つかない感情なんだろうな。

 だって、彼女は今、とてつもなく男心をくすぐる格好をしているから。

 その名も『チアリーダーの衣装』だ。

 今の紅葉を見ていると、彼女はきっと何を着ても似合うんだろうなと思わされてしまう。美人だし、スタイルもいいし。

 俺はそう思いながら2メートルほど先に立ってこちらを見ている紅葉を、足元から観察するように眺めた。

 彼女の足元にはピンク色のポンポンがふたつ置いてある。もちろん彼女が使うものだ。

 足は新品のように綺麗な学校制定の運動靴に包まれている。その上に顔をのぞかせているくるぶしが何故か色っぽい。

 それ以上に色っぽいのが、その上に伸びる色白の脚だろう。

 足首、ふくらはぎ、膝、太もも。

 俺がゆっくりと視線を上げていくにつれて、彼女も緊張が高まっていくのか、足をもじもじさせる頻度が増えたような気がする。

「あまり見ないで貰えるかしら、気持ち悪い」(ゆ、唯斗くんに見られちゃってるぅぅぅ!に、似合ってるかな……?似合ってなかったらどうしよぉぉぉぉぉ!)

 毒舌にはいつも通りのキレがある。だが、心の声が乙女全開だ。俺を睨みつけるまでしている彼女が実は心の中では、小動物のように怯えている姿が想像できそうな声を上げている。

 初めて彼女の心の声を聞いた時は、罪悪感のようなものに押しつぶされそうにもなったが、今は少し慣れ始め、その心の声を聞くことを楽しみにしている部分もある。

 だって可愛いから。

 もっと聞きたいが、あまりからかうのもよくないと思うし、早めに観察を終えてしまおう。

 俺はさらに目線を上にあげる。

 女の子らしい柔らかそうな太ももの上の方は、青色のスカートで包まれている。

 これがかなり短いらしく、ジャンプなんてしたらパンツが見えてしまいそうなくらいだ。

 紅葉曰く、見せても大丈夫な運動用の下着というのを履いているらしいからそこは心配ないんだとか。

 そしてキュッと締まった腰にスカートと上の服の間から顔をのぞかせているおへそがこれまた魅力的だ。

 今の時代、へそ出しファッションというのはあまり見かけなくなったが、やっぱりいいものだな。

 いや、紅葉だからここまでいいと思えるのかもしれない。

 だが、彼女もわざとへそ出しをしている訳では無いのだ。やむを得ずというやつだな。

 その理由というのが彼女のスタイルにある。

 紅葉は(おそらく雅のよりかは小さいけど)かなりのものを持っている。

 その魅惑の二つのお山を持つ彼女は、俺達の学校のチアリーダー部の衣装を着るにはサイズが合わなかったらしい。

 胸元に書かれた学校名が立体的に膨らみ、その分、丈が足りなくなってしまったのだ。

 ちなみにノースリーブ型の衣装だから、横から見るとかなり際どい。

 明るい黄色の上の服と、鮮やかだけれどワントーン暗めの青色のスカートのコントラストが絶妙だ。

 そして、最も重要なのが髪型だ。

 いつもはストレートを貫いている彼女が、今は高めの位置でポニーテールにまとめている。

 雅と同じ髪型ではあるが、紅葉がやると大人っぽさとあどけなさが絶妙なバランスで残っていて、目を離せなくなりそうだ。

 魅力が最大限に引き立てられている。今の彼女はその言葉をそのまま具現化したような姿なのだ。

 ほら、髪をまとめたことで見えたうなじや首のラインが新鮮で色っぽい。

 俺も男だ。そして俺と彼女は実質両思いなわけだし。少しくらいならイケナイ妄想をしても許されるのでは……?

 そう思ったが、俺は自分の頬をペチペチと叩いて首を振った。

 いくら紅葉が俺のことを好きでもそれは良くないだろう。それに、今から彼女がすることはあくまで部活の依頼なのだ。

 そこに変な感情を混ぜるのは良くない。

 前に紅葉からも、『依頼をこなすことに私情を挟んではダメよ。私たちは万事部、依頼者にはみんなに平等にしなくてはダメよ』と言われたことがある。

 いくら彼女の姿が魅力的で、少しえっちでも、そこは彼女を好きな者として、紳士に振る舞うべきなのだ。

 俺はもう一度首を大きく振ると、気合いを入れ直してもう一度彼女を見る。

 制服姿とのギャップが凄まじい。彼女の白くて綺麗な肌が大きく露出されていて――――まずい、鼻血が出てきた。

 紅葉にバレる前にティッシュで応急処置を行う。

「鼻にティッシュなんて詰めて、新しい芸でもしているのかしら?あー、オモシロイワネ」(もしかして風邪引いちゃったの?私が温めてあげようか?)

「あ、ああ、今度友達に見せるための芸を練習してたんだ。感想を聞かせてくれるか?」

 俺が慌てて嘘をつくと、紅葉はわざとらしくため息をついた。

「正直に言ってつまらないわね。まだ犬のおすわりの方が面白いわよ」(友達……ってあの金髪女のことかしら……。そんなことよりもっ!感想なら私にも言って欲しいのに!)

 金髪女ってのは多分雅のことだろうな。なんか敵視されてるみたいな言い方だけど、あいつ、紅葉に何かしたのか?

「お望み通り感想を言ってあげたわよ。何か言うことは無いのかしら?」(ほーら!はやく感想ちょうだい!似合ってるって言って!可愛いって言って!結婚しようって言って!)

 欲求がどんどんエスカレートしてる!?

 俺は内心驚いたのを何とか表情に出さないように堪えた。彼女の本音がかわいすぎて、俺の表情筋が崩壊しそうだ。

 紅葉は足をもじもじさせている。おまけに背中の方に回した手もいじっているらしい。

 これは相当期待しているな。

 そう感じた俺は、一呼吸置いてから言った。

「感想ありがとうな。その、紅葉もさ……すっごい似合ってると思うぞ。すごいかわいいし……」

 言ってみると結構恥ずかしいもんだな。

 途切れ途切れになってしまったが何とか言いきった。

 紅葉の反応は――――と。

 俺はそっと彼女の顔を見た。

 でも、彼女の表情はよく見えない。

 彼女が足元に置いていた2つのポンポンを拾って、それで顔の大部分を隠してしまっていたから。

 俺から見えるのはポンポンの隙間からこちらを睨むような目だけだ。

「そんなことを言われても嬉しくなんてないのだけれど。むしろ気分を害されてしまったわ。次そんなことを言ったら慰謝料を請求させてもらうわよ」(もぉぉぉぉぉ!そんなこと言われたら私、幸せすぎておかしくなっちゃうじゃない!唯斗くんのばかっ!大好き!愛してる!――――あれ?結婚は?)

 いや、そこ気にするところじゃないだろ。

 反射的に出そうになったツッコミは喉の奥に押し込んで。

 それにしても可愛すぎる……。こんな美少女にここまで愛されるとは(心の中だけだけど)俺は前世で一体どれだけの善行を積んだのだろう。

 そう思いながら俺は彼女の姿をもう一度だけ見つめる。この記憶は永久保存版として脳裏に焼き付けておこう。

「あなた、そんなにこの格好が好きなのね」(もっと見てくれていいのよ?むしろもっと見つめて欲しい!そして抱きしめて欲しい!)

「いや、別にチアリーダーの衣装が好きな訳じゃなくてだな。紅葉が着てるからってのが大きいわけで―――――」

 俺が少し照れながらそう言うと、彼女はくるりと背中を向けてしまった。その際にスカートがひらりとして、その不意打ちにドキッとしてしまう。

 やっぱり今の紅葉は目に毒だ。

 これ以上見ていると、ドキドキしすぎて寿命が縮みそうな気がしてきた。

 一旦彼女から離れて落ち着いた方がいいだろう。

 紅葉はこちらに背中を向けたまま、いつもと変わらないトーンで言う。

「さっき言ったわよね?次にそういうことを言ったら慰謝料を請求すると。どうやらそれがお望みらしいわね?」(ふ、不意打ちは酷いよぉぉぉ!私、今の顔、絶対にふにゃふにゃになっちゃってるよ……こんなの唯斗くんに見せれないよぉ……)

「わ、悪かった!ジュース奢るからそれで勘弁してくれ!」

 俺が頭を下げると、紅葉のため息が聞こえてきた。

「仕方ないわね、今回だけよ。飲み物のチョイスはあなたの好きな物を選ぶといいわ。私も多く飲む訳では無いし、残った分はあなたにあげるから」(唯斗くんは何も悪くないけど……唯斗くんか何かくれるって言うなら喜んでもらうわ!好きな人からのプレゼントだもの!えへへ!それにこれで唯斗くんの好みもわかるし!まさに一石二鳥ね!私ってば天才!えっへん!)

 紅葉の心の声が止むのと同時に、紅葉は荷物を置いている場所に向かって歩き出した。

「私は先に向こうで待ってるから。今回の依頼を解決するのは私だけれど、あなたの手助けも必要になるでしょうから」

「わかった、なるべく早く戻るよ」

 俺はそう言うと紅葉の進む方向とは反対の方向を向いた。確か、自動販売機があっちにあったはずだ。

 俺はポケットに財布が入っているのを確認してから歩き出した。忘れて取りに戻るというのもかっこ悪いからな。


 俺は弾むような足取りで自動販売機の前まで行くと、俺のおすすめのメロンソーダのジュースを買った。

 このジュース、甘ったるいわけでもなく薄すぎるわけでもなく、ちょうどいい味なんだよな。炭酸も強めで、なんというか、目が覚める感じだ。後味がスッキリしてるところもおすすめできる理由の一つだな。

 俺はジュースを持って紅葉のいる場所に戻った。

 俺達の荷物が置いてあるのは体育館の隅で、彼女はそこにあるベンチに腰かけていた。

「これ、俺のおすすめのジュースだ」

 メロンソーダを手渡すと、紅葉はあまり興味のなさそうな表情でそれを受け取った。

「唯斗くんは果糖ってほかの糖分よりも太りやすいって知ってるのかしら。もしかして私を太らせたいわけ?」(ふむふむ、唯斗くんはメロンソーダが好きなのね!メロンソーダが美味しいお店を探すことにしましょう!そこに一緒に行けば、私たちの恋もメロンソーダくらいに甘々に……なんちゃって♪)

 どうやらお気に召したらしい。

 でも、確かに果糖は太りやすいとは聞いことがある気がする。そこは女子に対する配慮が足りてなかったな、反省だ。

「悪い、嫌なら他のを買ってくるけど……」

「いいえ、そこまでさせるのもさすがに気が引けるわ。これで我慢するわよ」(唯斗くんが好きなメロンソーダ♪気に入らないはずがないでしょ!)

 紅葉は不満そうな表情でメロンソーダのキャップを開けて飲み始めた。

 ごくごくという耳に心地いい音が、小さいながらも聞こえてくる。

 だが、キャップを閉めた時の紅葉の顔は、お世辞にも満足そうとは言えないものだった。

 もしかして気に入らなかったのだろうか。

「ま、まあ、味は悪くは無いわね。月イチくらいなら……飲んでもいいかも……」(んぅぅ……シュワシュワして喉が痛い……。でも唯斗くんの好きなものだもの、私も好きになりたい――――でも、やっぱり炭酸はぁ……)

 そういうことか。

 どうやら紅葉は炭酸が強い飲み物が苦手らしい。

 喉が痛くなったりするからと、そういう人は少なくないということは聞いていたが、まさか彼女がそうだとは思ってもみなかった。

 良かれと思って選んだが、どうやら失敗だったらしいな。

「あんまり気に入らなかったみたいだな、やっぱり他のを買ってくるよ」

 俺がそう言って再度自動販売機に向かおうとすると、紅葉が「待ちなさい」と言って止める。

「ちゃんと喉は潤ったから大丈夫よ」

 紅葉はそう言うと、メロンソーダを俺に手渡した。

 残りはくれるということだろうか。

 俺は彼女の隣に座り、受けとったメロンソーダを飲んだ。

「――――あっ」

 紅葉がなにかに気づいたように声を上げた。

 俺は何かあったのかと彼女の方を向くが、彼女が見ていたのはどうやら俺のようだ。

彼女は俺と目が合うと恥ずかしそうに目を逸らした。

 何かやらかしてしまったんだろうか……。

 もしかして、飲んではいけなかったとか。

 俺は思考を巡らせたが、そのどれもがハズレだったらしい。

 紅葉は俺からメロンソーダを奪うと背中側に隠した。

「な、何飲んでるのよ!誰が飲んでいいって言ったのかしら?」(あわわ……間接キス、しちゃったよぉぉぉぉ!全然意識してなかったけど、これ完全に間接キスだよぉぉぉ!)

 そ、そういう事だったのか……。

 紅葉の心の声を聞いた俺は、顔が熱くなるのを感じた。

 全く意識してなかったけど、俺、普通に間接キスしちゃったんだよな。紅葉と――――。

「ご、ごめん!デリカシーが無かった!新しいのを買って交換するから!」

「そこまでしなくていいわよ、飲まなければいいだけだもの」(ふふふ、家に帰ってからゆっくりと味わいたいもの。ぐへへ……)

 心の声があまりよろしくないことを企んでいるような気がするが……まあ、聞かなかったことにしよう。

 恋とは盲目である―――ってな。

 好きな人なら片目をつむることくらいはするべきだろう。

 ちなみに、メロンソーダはゴミ箱……ではなく、紅葉の鞄の中に入れられた。

 家で味わうというのは本気らしい。

 まあ、可愛いから許せるけど。

 かわいいは正義ってのは本当だったんだな。

 そんなことを思いながら、俺は彼女の隣に座った。


 体育館では男子バスケ部が練習をしていた。

 今回の依頼者は彼らなのだ。

 その依頼内容を見た時は、俺も驚いた。

『チアリーダーになって応援してもらいたい』

 それが彼らの依頼だった。

 チアリーダーと言うとやっぱり女の子がやるものだし、俺がやるのもおかしいだろう。

 そういう訳で半ば強制的にチアリーダーの格好をさせられた紅葉は、まさに毒舌マシンガンと化していた。

 それでも心の声は恥ずかしがったり、喜んだりするものばかりで、心の底から嫌がっている訳では無いことに俺は安心した。

 まあ、1日チアリーダーというわけだし、せっかくの機会だということで割り切ってくれている部分もあるのだろう。

 だが、ここまでの完成度だと、俺も彼女のことを好きな以上、ほかの男子にこの姿を見せたくないという気持ちも少しある。

 ベンチに座っているだけで様になっているくらいだ。これで応援なんてし始めたら、練習どころではなくなってしまうんじゃないか?

 俺だって応援されたくなってしまうかもしれない。

 けど、そこは俺も依頼だと割り切ってしまうしかないんだろう。

 今日は彼女の頑張っている姿を心の中で応援することにしよう。

 俺が彼女のチアリーダーだ(意味不)。

 俺が心の中でそんな決意をし終えたくらいに、ひとりのバスケ部員がこちらに走ってきた。

 あれ、どこかで見たことがある顔だな。

 そうだ、思い出した!彼は隣のクラスの池水くんだ。まさかバスケ部だとは知らなかった。

「万事部の鶫さんですね!お待たせしました!」

「そこまで待ってないから気にしなくていいわ。それじゃあ、行ってくるわね」(ああ……もう少し唯斗くんの隣に座っていたかったぁ……)

 紅葉は俺の方を見ながらベンチから立ち上がると、呼びに来た部員に案内されて整列した部員たちの前に立った。

「こちらが万事部から来てもらった鶫さんです!」

 池水くんがそう言うと、紅葉は一歩前に出る。

「不覚ながら応援をさせてもらうわ、ありがたく思いなさい」

 お前はどこのツンデレキャラだよ。

 いやまあ、ツンデレはツンデレなんだけど、その発言は初対面では厳しいと思うぞ。

 ほら、バスケ部のみんなも唖然としてるし。

「ま、まあ、応援してもらえるということですし、僕らは練習しましょう!」

 池水くんがそう言って手を叩くと、部員たちはそれぞれの場所に移動して練習を始めた。

「鶫さんは好きなように応援してもらったらいいので!30分くらいで大丈夫ですから!では、よろしくお願いしますね!」

 池水くんはそう言うと、練習しているグループの中に入って行った。

「さて、応援しましょうか」

 紅葉は俺の方に目配せをすると、準備体操を始めた。結構やる気なんだな。

「頑張れ!」

 俺がそう声をかけると、紅葉は少し嬉しそうな顔をして軽くポンポンを振った。

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