何故かわからないけど、嫌なことばかり察しがいい時ってあるよな
結局、あの後は何もいい案が浮かばないまま月曜日を迎えてしまった。
やっぱり、いざ紅葉と顔を合わせるとなるとあの罪悪感が襲ってくる。
紅葉と同じクラスではないことが唯一の救いか。
そう思いながら俺は自分の席に座った。
俺の席は窓際の一番後ろ。
アニメだとよく主人公とかイケメンが座ってる席だな。
窓から入ってくる風に髪がなびいて、さすがは主人公!となるはずの場所ではあるが、残念なことに俺はイケメンじゃない。そもそも窓は空いてすらいないからな。
勉強も大事にしてるし、窓の外を眺めて黄昏れる……なんて暇もあまりない。
そんな俺に引き換え、クラスのイケメンの山田くんは何しても似合うよな。
彼は今も俺が主人公かイケメンじゃないと似合わないと言った行動を完璧にマスターしている。
+αで単語帳片手に女子と会話までしているじゃないか。
窓は空いていないものの、イケメンってのは窓際に腰掛けるだけで様になるもんなんだな。
神様はもう少し平等であるべきだと思う。
今度イナリに会ったら文句を言っておこう。
あ、でもイナリは恋愛の神様だもんな。「そう言われても困りますよ」なんて感じで流されそうだ。
俺はロッカーから授業の用意を取り出して帰ってくると、1時限目の用意を机の端に置いて鞄からゲームを取りだした。
イナリから命じられた『今週内にはしなければならない紅葉への告白』。
昨日はその事ばかりを考えていたせいで、全くゲームをする時間がなかった。
今日は移動教室もない。つまり、紅葉と顔を合わせるのはおそらく放課後の部活の時だろう。
この辺りで一旦、ゲームで絡まった考えをリセットすることも必要だと思う。
そう考えた俺はゲームに集中するべく、イヤホンを装着した。
これでゲームに集中できる。
まあ、その後、ゲーム内に
それから時間が過ぎて、お昼休みに入った。
コンビニで買うつもりだった昼飯を買い忘れたことに気づいた俺は、財布をポケットに入れて教室から出る。
「あれ、ゲッチーどこ行くの?」
そんな俺を見つけた雅が小走りで寄ってきて聞いてくる。
「昼飯を買い忘れたから食堂に行こうと思ってな」
「そうなんだ!」
雅はやたらとオーバーリアクションで数回首を縦に振ると、駆け足で教室に戻った。かと思うとすぐに財布を持って飛び出してくると、俺の肩を叩いてニコッと笑った。
「ちょうど私も食堂行くとこだったからさ!一緒に行ってあげる!」
「そうか?まあ、食堂の雰囲気にひとりってのも寂しかったからな」
俺は周りをキョロキョロと見渡しながら言った。
もしかしたら金髪ギャルに俺が絡まれていると勘違いされているかもしれないからだ。
客観的に見たら、俺だってそう思ってしまうし。
まあ、雅が美少女だから男子からのヘイトは俺に向きそうだけどな。
勘違いされないうちに早く食堂に行ってしまおう。
そう思った俺は雅よりも先に階段を降り始めた。
「うわぁ、混んでるねぇ」
食堂に入った雅の第一声がそれだった。
俺も全く同じことを心の中で呟いていた。
これを口に出していれば、俺は『ジンクス!』と言うことで彼女が『新庄雅』とフルネームで呼ばれるまで言葉を発せないという呪い(遊び)をかけられたというのに。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺はひとつだけ空いているテーブルを見つけるとそこに駆け寄って雅を呼んだ。
「二人席、ちょうど空いててよかったね」
「食堂で立ち食いは無理があるからな」
俺はそう言うとポケットから取り出した財布の中身を確認した。
何か買う前にはいつも無意識に財布の残高を確認してしまう。
よく言えば節約上手、悪くいえば卑しいと言ったところだろうか。
ともかく、せっかく確保出来た席を誰かに取られるわけには行かないからと、俺は雅に座って待つように言った。
「ええ、いくらゲッチーでも私の分まで買わせるってのは気が引ける……」
「席を取られる方が嫌だろ?お前はこの席を確保しておくっていう大事な役目があるんだから気にするな」
「ゲッチーがそう言うなら……まあ、いいけど」
雅は渋々と言った感じで小さく頷いた。
彼女はギャルみたいな格好をしているけど、心は優しいんだよな。
金髪に染めたのも、初めは友達に言われて半強制的にという感じだったらしいし。
「それで、何がいい?」
「んー、ラーメンかな。唐揚げ乗ってる方で」
「りょーかい」
俺は雅からラーメン代を受け取ると料理を待つ列に加わった。
タイミングが良かったのか、そこまで待ち時間もなく二人分の食事を受け取ることが出来た。
「おまたせ」
そう言って雅の前にラーメンを置く。
「ありがと〜。ゲッチーの席は守り抜いたよ!」
「まあ、先客がいる机の椅子に座るやつはそうそういないからな。別にそこは心配してなかったぞ」
まあ、雅の容姿だとそういう輩もいるのかもしれない。いわゆるナンパというやつだ。
校内ナンパというのは見たことも聞いたこともないが、あるかもしれないしな。
正直そんなチャラい奴が出てきたら、俺は雅を守れる自信はない。
運動も筋トレもほとんどしたことないしな。
むしろ、遊び部で全力で遊んでいる雅の方が強いという事もありえる。
俺は箸を持ったその弱々しい腕を見つめながらため息をついた。
「どうしたの、自分の腕を見つめてため息なんて」
雅が少し心配そうに言う。
自分の弱々しさに悲しくなったなんて言える訳もなく、そこはちょっと疲れが溜まっていて……と言って誤魔化した。
紅葉の件で疲れているのは嘘ではないし、そこは閻魔様も舌を抜くかどうかはしっかりと審議して欲しい。
俺は誰も傷つかない嘘ならついてもいいと思うから。嘘ではないんだけど。
「疲れって、やっぱりゲッチー、勉強のし過ぎじゃない?親がいい成績じゃないと怒るとかなの?」
どうやら雅は本気で俺を心配してくれているらしい。
わざわざ箸を置いてまで聞いてくれている様子から、それはよく分かった。
このあざとくない優しさも人気の理由なんだろうな。
ただ、恋愛絡みの悩みなんてわざわざ言うほどでもないし、そもそもの話、イナリと紅葉の心の声の話をしても信じて貰えないだろう。
最悪の場合、頭のおかしいやつだと思われて縁を切られるかもしれない。
いや、優しい雅はきっとそんなことはしないだろう。
でも、その優しさゆえに苦笑いで精神科を薦められたら、俺は立ち直れないかもしれない。
本当にそうなるとかなり怖いし、その話をするのはやっぱりやめておいた。
「いや、親は何も言ってこないぞ。むしろ、普通で褒めてくれるくらいだ」
俺の親は勉強に口うるさかったり、ゲームは1時間!だとかそんなことを言う親ではない。
俺が元々そこまで成績が悪いことがないのもあるかもしれないが、そういうことに口を出してきたことは1回もなかったと思う。
それでも俺が勉強を頑張っていたのはもちろん紅葉のことを想っていたからだ。
彼女、実は去年1年間の定期テスト全てで学年1位を取っている。
そんな彼女に少しでも認められたい一心で勉強を頑張った結果、俺は大体15位辺りにはなることが出来た。
恋の力ってのは凄いんだと実感させられた瞬間だったな。
ちなみに、イケメンの山田くんは学年2位だ。
イケメンで勉強も完璧だなんて、俺よりも遥かに紅葉にお似合いの男だよな。
ただ、山田くんは紅葉がいることでいつも1位が取れないことに対して不満を抱いていた時期があった。
あの時期の山田くんは自慢が好きで、あまりいい印象はなかったんだが、一度、彼がその不満を本人にぶつけているところを目撃したことがあるのだが、紅葉はいつもと変わらない……いや、いつもよりも冷たい目で彼を見るとこう言い放ったのだ。
『私のせいで1位が取れないなんて、私を利用した言い訳じゃない。私と同じ点を取れば同率1位。私も全ての教科で満点という訳では無いもの。無理という訳では無いはずよ』
紅葉はそう言うと山田くんに背中を向けた。
『私が言い訳の材料に使われるなんて心外だわ。勉強というものは自分のためにするものよ。誰かに勝つためにするものじゃないわ。その歪んだ心を正してから出直しなさい。それならもう少し張合いも出るはずよ』
彼女はそう言い切ると教室を出ていった。
確か、その次の日からだった。
山田くんは勉強のことを鼻にかけなくなったのだ。
あれが、見た目イケメンが中身までイケメンになり、最強のイケメンに覚醒した日だった。
そんな山田くんは紅葉のことを密かに『人生の師匠』と呼んでいるという噂を耳にしたことがあるが、あれは本当なのだろうか。
そこまで考えた俺は、はっと気づいて首を横に振る。
さっきから考えているのは紅葉のことばかりじゃないか。
今くらいはその悩みから抜け出したい。
日曜日までは今日を数えなくても6日ある。
なにも今日告白までしなくていいのだから。
「だ、大丈夫?難しい顔してるけど……」
雅のその声で現実に引き戻された。
「大丈夫だ」
「本当に大丈夫?悩みがあるなら私が聞いてあげるから。遠慮しないで言ってよ?」
「ああ、助かるな。その時がきたら頼らせてもらう」
俺はそう答えると、ずっと握っていたスプーンでオムライスを口に運んだ。
「お、うまいな」
オムライス&冷やし中華始めました。なんて書かれているのを見た時には、定番すぎるポスターだなと馬鹿にしたけれど、これは食堂のオムライスも馬鹿に出来ないな。
「オムライス、確か今週からの新メニューだったよね」
「ああ、新メニューって結構気になる方なんだよな。これは胸を張っておすすめできる味だよ」
「へぇ〜、そんなに美味しいんだ……」
俺は雅が俺のオムライスをじっと見つめているのに気がついた。
「なんだ、欲しいのか?」
「い、いや、そういう訳じゃ……」
「欲しいって顔に書いてあるぞ?」
「えっ!?朝ちゃんと洗ってきたはずなんだけど……おかしいなぁ……」
雅は首をかしげながら折りたたみ式の手鏡を取りだした。いや、そういう意味ではないんどけどな。
あと、若干ヨダレを垂らしながら否定されても、完全に手遅れだろ。
雅ってやっぱり嘘とか苦手なタイプなんだろうな。
馬鹿正直……というか馬鹿なんだと思う。
テストが近づくと毎回ギリギリになって俺に助けを求めてくるし。
俺が助けなかったら2年生になれたかどうかも怪しいレベルだ。留年だってありえた。
「ほら、欲しいんだろ?3口までなら許してやるから」
俺はそう言って皿にスプーンを置くと、オムライスを彼女の前にスライドさせた。
「え、あ、ありがと」
雅はぎこちなくお礼を言うと、スプーンできっちり3口食べて俺の前に皿を返した。
ひとくち食べるごとに幸せそうな顔をする彼女は、見ていて少し面白かった。
「ほんとだ、すごく美味しい!」
「だろ?」
俺はもう一度オムライスを口に運ぶ。
これは店を開いても売れるレベルで美味しい。
一体どの食堂のおばちゃんがこれを作ったと言うんだろう。ぜひレシピを教えてもらいたい。
「これなら冷やし中華の方も期待できそうだな」
「確かに……じゃあ、また食べに来ようよ!」
「ああ、そう遠くないうちに来る機会はあるだろうしな。その時はお前を誘うようにする」
「よしっ!食堂デート決定!」
「いや、これはデートではないだろ」
「ゲッチーはそういう所がダメなんだよ、そういう時は素直にデートだって喜んでおけばいいの!」
「そう、なのか?」
俺が雅の言葉に首を傾げたのとほぼ同時に、誰かが勢いよく食堂から飛び出して行った気がした。
「なんだったんだ?」
「わからないけど、失恋でもしたんじゃない?」
雅の言った失恋というワードに、俺は少し嫌な空気を感じた気がした。
もう!あれは一体なんなのよ!
怒りのあまり食堂を飛び出してしまったけれど、あの場にいても唯斗くんとあの女がイチャイチャしている所を見せつけられるだけだし……これで正解だったのかもしれない。
木陰のベンチに腰掛けた私、鶫 紅葉は小さくため息をついた。
少し時間を置いて、落ち着いた頭で考えてみると、こうなるのは仕方が無いように思えてきた。
だって私、唯斗くんにずっと冷たく接してきたんだから。
同じ委員になったり、彼を同じ部活に引き入れたり、近づくチャンスを作るまではいつも上手くいくのに、いざ彼を目の前にしてしまうと思ってもないことばかりが口から飛び出してしまう。
優しくした方が好きになってもらえることくらい、思春期を迎えた私にだって分かる。
ツンデレに需要はあっても、ツンツンに需要なんてないの。
私の場合はツンツンだなんて可愛いものじゃないのかもしれない。
ただただ彼にとって害悪な存在。それが私だった。
もう少し笑ったりすれば、好きになってくれるのかもしれない。
でも、それがどうしてもできない。
彼を前にすると、表情筋が上手く動かせなくなってしまう。
好きな人と結ばれた女の子達は、一体どうやってこんな過酷な試練を乗り越えたというのかしら。
考えれば考えるほど、自分が虚しく感じてくる。
私が見た感じだと、唯斗くんとあの女は両思い。
私なんて彼の眼中にはない。
私は彼に見合う人間になるために色々と頑張ろうとしてきた。
スポーツはどうも私には無理だったみたいで、努力が結果になる勉強を頑張った。
けれど、それも意味がなかったみたいね。
私は財布の中から大切に入れていた1枚の紙を取りだした。
『大吉 恋のチャンスはすぐに訪れる』
恋稲荷神社のおみくじはよく当たると聞いていたけれど、やっぱり噂は噂に過ぎなかったわね。
私はもう一度ため息をつくと、そのおみくじを破り捨てた。
私の初恋は終わった。
認めてしまった方が楽に違いない。
こんな気持ちを素直に伝えられないような女に纏わり付かれるよりも、あの金髪女といる方が彼も幸せそうな顔をしていたもの。
彼の幸せを願うなら、私は身を引いた方がいいに決まってるわ。
心の中で諦めるという言葉を連呼した私はゆっくりとベンチから立ち上がる。何故か目の前が歪んで見えた。
最近寝不足のせいで目眩がしたのかと思ったけれど、何かが頬を伝う感覚で違うんだと分かった。
「私……泣いてる……?」
それは久しぶりの感覚だった。
唯斗くんと出会って、彼を好きになってからはほぼ毎日彼の顔を見ることが出来て、その度に幸せだと感じた。
だから泣いたことなんてほとんどなかった。
こんな顔、彼には絶対に見せられない。
私はポケットから取り出したハンカチで顔を覆うようにしながら、逃げるように教室まで戻った。
今日の部活は紅葉が早退したということで無しになった。
体調が悪いということらしいが、俺の記憶では彼女が体調不良で学校を早退したことや休んだことは1度もない。
そんな彼女が今日に限って早退とは……。
食堂で感じた嫌な空気のこともあって、俺の心配が膨らむ速度はどんどんと加速していった。
6限目が終わると、すぐさま鞄を掴んで教室を飛び出していた。
雅が話しかけようとしていた気がしたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
紅葉の家の場所なら知っている。
俺は彼女のことが心配で、全力で彼女の家に向かった。
紅葉の家の前に立ったのはいつぶりだろうか。
確か、小学校の時だったからと思う。
けれど、今は懐かしんでいられる雰囲気じゃない。
俺は流れ出る汗を拭くのも忘れてインターホンを押した。
ピンポーンという馴染みのある音が聞こえてくる――――――が、いくら待っても返事はなかった。
早退理由が体調不良だ。
もしかしたら疲れて寝ているのかもしれない。
俺はそう思って、来た道を引き返した。
夕焼けが眩しかったからか、気がつくと無意識に俯きながら歩いていた。
何度前を向いて歩こうとしても、それは変わらなかった。
その日の夜は、明日どんな顔をして会えばいいのだろうと考えると、あまり眠ることが出来なかった。
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