嫌い嫌いと言っていた相手から好きと言われたら、誰だって疑っちゃうよな

 次の日曜日、俺は神社にやってきていた。

 自宅からそれほど遠くない場所にあり、縁結びで有名な恋稲荷こいいなり神社だ。

 大きな神社という訳では無いが、片思い中の人がこの場所にお参りすると、恋が叶うとか叶わないとか……。

 実力で無理ならもう神頼みしかない。

 そう思った俺は恋稲荷神社にすがるようにお賽銭を投げ入れた。

 2拍手一礼だったかな?

 間違えたら天罰とかはないだろうし、神様も気持ちが大事だと思ってくれていることを信じて深く頭を下げた。

 なんでもない日曜日ということもあってか、今日は俺以外に参拝客はいない。

 まあ、同じ学校の人に合わないだけでもマシだろう。

 頭を上げた俺は左側に進む。

 つぎはおみくじだ。

 おみくじって、場所によっては何を書いても訴えられることは無いからと、神主さんが適当に書いていると言う場所もあるんだとか。

 この恋稲荷神社はどうか分からないが、普段はおみくじなんて信じない俺でも、今ばかりはいいものが出て欲しいと願っている。

「300円になります」

 おみくじ代を払って一枚のおみくじを貰う。

 こういうのって修学旅行とかカップルとかでやるものだと思う。絶対にひとりでやるもんじゃないな。

 おみくじに書かれた文字を見て俺はそう思った。


『凶』


 ま、まあ、おみくじって言うのは今の運勢を表すものだ。下に書いてある文章にどうすれば運勢が良くなるかが書いてあるはず――――。


『運勢回復の見込みなし。女難の相あり。人生あきらめ街道まっしぐら。』


 いくらなんでも酷いだろ。

 なんだよあきらめ街道って。

 つまりこれって、紅葉とは絶対に上手くいかないってことだろ?

 いくら恋愛の神様がいる神社のおみくじでも、こればかりは信用したくないな。

 けど引いちゃったものはしょうがないし……。

 仕方ない、高い場所に結んで帰るか。

 俺はため息をつくと、おみくじを結ぶための木を探した。

 高い場所がいいと言うし、高ければ高いほどいいのかもしれない。

 1番高い木にしよう。

「あれが1番高いか……ん?」

 神社の中で一番大きな木を見つけて歩み寄ろうとすると、木の根元に誰かがいるのが見えた。

 他にも参拝客がいたんだな。

 そう思いながら木に近づいていこうとする俺の足は、すぐに止まった。

 ロングヘアストレートの黒髪が緩やかな風に揺らされているその凛とした姿は、間違いなく鶫 紅葉だった。

「こんなところで何してるんだ?」

 俺は話しかけようかと思ったが、陰に隠れて様子を見ることにした。

 彼女は恋愛成就のために神社まで足を運ぶほど乙女チックな風には見えない。

 確かに女の子らしい一面を見せることもあるが、今の彼女は俺が見た事がないほど幸せそうな顔をしていた。

今は話しかけない方がいい。俺の本能がそう言っていたんだと思う。

「……の……せ……」

 彼女が手を合わせて何かを呟いている。

 この場所からだとよく聞こえないな。

「なんて言ってるんですかね〜?」

「俺にも聞こえないな」

「きっと『私の恋を成就させてください』って言ってるんですよ」

「聞こえるのか?」

「いえいえ、読唇術ですよ。私、得意なんです!」

「へぇ……って、お前誰だよ!」

 俺は自然と会話していた相手の顔をまじまじと見つめる。

 見た目は俺と同い年くらいか少し上の黒髪の女の子。

 会ったことは無いはずだ。

「私ですか?私は神様ですよ〜」

「は?神様?」

 突然の言葉に、さすがに俺も目を丸くする。

 自分を神様だなんて、今時厨二病でも言わない。

 この人はきっと関わっては行けない人だ。

 俺の直感がそう言っていた。

「え、えっと……俺帰りますんで……」

「待ってください!」

 紅葉のいる方向に背を向けて帰ろうとした俺の襟首を掴んで強引に引き戻される。

 この女の子、意外と力が強いらしい。

「あなた、神様だってこと信じてませんね?」

 女の子はそう言うとニコッと笑って指を鳴らした。

 その瞬間、女の子は地面に吸い込まれるように消え、別の地面からぬるりと現れた。

「え……?え……?」

「これで信じて貰えましたか?」

 女の子はそう言うと、俺の顔を覗き込みながら得意気に笑った。

「ま、まあ……俺とは違う次元の存在だということはわかったかな……」

「わかって貰えたなら良かったです!私、この恋稲荷神社に祀られている神様なんです!」

「この神社に……?」

「はい!名前は稲荷いなりです!堅苦しいのは嫌いなので、イナリかお姉ちゃんと呼んでくださいね!」

「後者では絶対に呼ばないけどな」

 誰が初対面の神様(仮)をお姉ちゃんだなんて呼ぶものか。

「いやしかし、残念な結果でしたね」

 イナリは俺の持っているおみくじを指さすと申し訳なさそうに言った。

 つまり、俺が凶だったことを知っているのだろうか。

「あ、ああ。だから高い場所に結ぼうと思ったんだけど……」

 俺は一番大きな木のほうを振り返る。

 紅葉がまだその場所にいた。

 その様子を見たイナリはうんうんと頷くと途端に胸を張った。

 見た目の年齢の割には胸がないように見えるのは言わないでおこう。

「なるほどなるほど……二人の関係は分かりました」

「え、どうやって……?」

「私は恋愛の神様ですよ?恋に悩む男女の心の内くらい、ちょちょいのちょいで見破れちゃいますよ♪」

 いまいち神感のない神にドヤ顔で言われた俺は、そのドヤ顔神に聞く。

「じゃあ、俺があいつのことを好きだということも……?」

「ええ、もちろん知っていますとも」

「本当か……?」

「はい!そして、彼女が唯斗のことを好きだということも分かっています」

「――――は?」

 俺はイナリの言葉の意味が理解できなかった。

 紅葉が俺のことを好き?

 いやいや、ないない。

 本当だったらもちろん嬉しいが、現状それを肯定できる材料がゼロだ。

「やっぱり信じられないって顔してますね」

 イナリはそう言うと指をパチッと鳴らした。

 気がつくと俺は自宅の自分の部屋にいた。

「テレビをよく見ていてください」

 隣にいたイナリが、部屋にあるテレビを指さして言う。

 電源ボタンも押していないのに、勝手にビデオが再生され始めた。

 そこには万事部の部室と、紅葉の姿が映っていた。

 どこかに監視カメラでもあったのだろうか。

 紅葉は何やら、ドアの近くに立って聞き耳を立てているらしい。

 そして、なにかの音が聞こえたのか、慌てて自分の椅子に座ってこちらに背中を向けた。

 その直後、俺が部屋に入ってきた。

 俺が少しの間部室を眺めていると、椅子がくるりと回転して紅葉が姿を現す。

『遅かったじゃない、何をダラダラしていたのかしら?』

 この台詞、最近聞いた気がする。

 これはあの時の映像だろうか。

『あなたが遅かったせいで、今日一緒に片付けるはずだった仕事、全部ひとりで片付いてしまったわよ?』(唯斗くんが楽できるように頑張っちゃった♪)

 ――――ん!?

 俺は画面を食い入るように見つめる。

 今テレビから聞こえたのは確かに俺が部活に遅れて行った日の映像だ。

 どこにカメラがあったのかは今はどうでもいい。

 それよりもさらに気になることがあったから。

「気づきましたか?」

 イナリが一時停止ボタンを押して映像を止めると、俺の様子をうかがうように聞いてくる。

 こんなにもはっきりと聞こえているものに気付かないはずがない。

 紅葉の聞き覚えのある台詞のすぐ後に、聞き覚えのない台詞が追加されているのだ。

 それはまるで甘えるような声色で、でも声自体は確かに彼女のものだ。

 彼女への想いが実らないせいで、俺の頭はついにショートしてしまったのだろうか。

「安心してください唯斗。あなたの頭がぶっ壊れた訳では無いですから」

 イナリは俺の心を読んだかのように肩を叩いてくる。

 いや、彼女の場合は本当に心を読んでいる可能性も十分にある。

 俺が紅葉のことを好きということも一瞬で言い当てられているわけだし。

「声がふたつ聞こえてきますよね?」

「ああ、紅葉の声と、紅葉とは思えない紅葉の声とだな」

「はい、1つ目の声がいつも唯斗が聞いている紅葉の声ですね。そしてもうひとつの声は彼女の心の声です」

「心の声?」

 そう言われてもにわかには信じ難い。

 なにかのドッキリだとか、加工された動画だとか言われてしまえば、今の俺はあっさりと信じてしまうだろう。

 それくらいに紅葉の心の声とやらには現実味が無かった。

「信じられないかもしれないですけど、無理してでも信じてくださいね。じゃないと神を信じなかった罰として天罰を下しますよ?天罰を!」

 イナリはそう言いながら手のひらの上で小さな雷を発生させる。

 何それかっこいい。ぜひ俺も使ってみたい力だ。

「可愛い顔して神としては落第レベルの性格だな」

「可愛いは認めますけど、落第は認められませんね。私、それなりに優秀な神様ですし。唯斗くらいなら左手の人差し指で消せるくらいですよ」

「自分で言っちゃうあたり、残念美少女なんだよな……」

 イナリはどことなく雅と似てるな。主に残念美少女ってところがだけど。

 そんなことを思いながら俺はテレビに視線を戻す。

「続きもあるんだろ?」

「ええ、もちろんです」

 イナリはそう言うと再び映像を再生する。

『悪かった、明日は俺が全部やることにするから許してくれないか?』

『それは無理ね、あなたに任せたところでミスだらけで手直しするのは私の方だもの』(唯斗くんにばかり無理をさせるなんて出来ない!私とあなたは運命共同体よ!)

『ミスだらけって……そんなに俺の仕事はひどいのか?』

『ええ、それはもう酷いわよ。いない方がマシってくらいかしら』(唯斗くんがいなかったら、私はなんのために存在しているのかわからなくなっちゃいそうよ!)

『そうか、本当にすまなかった。俺ももっと仕事ができる人間になれるよう努力する』

『ええ、努力しても無駄でしょうけど、せいぜい頑張りなさい』(唯斗くんはもう十分できる人間よ!私をこんなにも惹き付けているんだもの!唯斗くん大好き♡)


 その映像は直視―――というよりこの場合は直聞きか。とにかく素直に受け入れられるようなものじゃなかった。

 今の今までクールで口が悪くて、俺のことをとことん嫌っていると思っていた相手に大好きとまで言われてしまったのだから。心の声だけど。

「ちなみにこの映像は特定の人物、この場合は紅葉の心の声が聞こえるようになる神様カメラで撮影した映像なので、加工などは一切していませんよ」

「つ、つまり、これは本当に紅葉の心の声ってことか?」

「はい、紛れもなく唯斗と紅葉は両思いです」

 そうだったのか……。

 俺は素直に喜べなかった。

 好きな人に言われても嬉しい言葉ランキングでダントツ1位であるはずの言葉なのに、何故こんなにも心がザワザワするのか。

 それはきっと、彼女の心の声を不本意ながらカンニングする形になってしまったからだろう。

 少なくとも今は伝えたくないその気持ちを、あの冷たい態度で隠していたのに、彼女の知らないところで先取りして知ってしまった。

 このざわつきはその罪悪感から来るものなんだろう。

「唯斗が罪悪感を抱いているのは、心を読むまでもなく分かります。ですが、今のあなたがすべきことはひとつしかありません」

「俺がすべきこと?」

 イナリは俺のベッドの上に飛び乗ると、胸を張って宣言した。

 人のベッドの上に立つのはやめてもらいたいが、今はそんなことを言う雰囲気じゃない。

「あなたがすべきこと、それは――――――紅葉に告白をすることです!」

「こ、告白!?」

 俺はついイナリの言葉を繰り返してしまう。

 確かに両思いだということはわかったけど、まだ信じられていない部分もあるし、それにいくらなんでも話が飛躍しすぎていないか。

「紅葉は奥手なんです!それはもうつい悪口を言ってしまうレベルで超奥手なんですよ!これはもう唯斗から告白するしかないでしょう!」

 さすがは恋愛の神様と言わんばかりの熱意を込めた言葉に俺はつい頷いてしまう。

「今頷きましたね?男に二言はないですよねっ!」

 そう言いながらベッドから飛び降りて俺に詰め寄ってくるイナリ。

「ならば今すぐにでも告白しましょう!RINEでもいいので!」

 RINEというのは緑色のアイコンと言えば誰でもわかるレベルで認知度の高いSNSアプリだ。

「いや、何がなんでもそれは飛躍しすぎだろ!そもそも俺、紅葉のRINE知らないからな」

 それを聞いたイナリは心底うんざりという顔をして俺から離れて、ため息をつきながらベッドに座った。

 ため息をつかれる理由が分からないんだが。

「まだ心の準備って言うのがいるだろ。徐々にそういう雰囲気にしていくとかさ」

「唯斗は去年1年間で二人きりの機会が沢山あったようでしたけど、どれだけの距離を詰められましたか?」

「い、痛いところをついてくるな……」

 正直に言って心の声を聞くまでは本気で嫌われているんじゃないかとさえ思っていた。

 でも、だからこそ準備時間が欲しいというのもある。

 しかし、恋愛の神様はそれを認めてくれないようで。

「待てるのは1週間だけです!次の日曜日が期限ですからね!」

 イナリはそう言うと不機嫌そうな顔をして姿を消した。

 きっと恋稲荷神社に戻ったのだろう。

 彼女が落としたのか、床に落ちていた紙を拾って見てみると、そこにはこう書いてあった。


『唯斗のおみくじは木のてっぺんに結んでおきますから。これで恋が実らなかったら私が駄女神みたいになるので、ちゃんと成就させてくださいよ!』


 一応イナリも俺の恋が実ることを願っているらしいし、やれるだけやってみよう。

 そう思った俺であった。


 ところで、なんで期限なんて設けたんだ?

 神様にも事情というのがあるんだろうか。

 今度会った時に聞いてみるか。

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