恋愛成就で噂の神様に全力バックアップしてもらっても尚難しい恋
プル・メープル
プロローグ
中間テストをちょうど一ヶ月後に控えた今日、授業を終えた俺はロッカーに教科書を片付けて鞄を肩にかけて教室を出た。
後にはもう誰も残っていない。俺は戸締りを確認してから鍵を返すために職員室に向かった。
俺の教室は4階、職員室は一つ下の3階だ。
俺は階段を数段降りたところで足を止めた。
下から見覚えのある顔が上ってくるのを見つけたからだ。
その目立つ金髪ポニーテールはあいつしかいない。
「お、
「んぇ!?……な、なんだ、ゲッチーか」
俺に呼ばれて驚いたのか、一瞬肩をビクリとさせた彼女は、俺の顔を見ると安心したようにため息をついた。
「なんだとは酷いな」
「ごめんごめん、誰もいないと思ってたから驚いちゃってつい……てへっ♪」
「かわいこぶっても許さないけどな」
「かわいこぶってるわけじゃないから!っていうか、元が可愛い私は『ぶってる』にはならないから!」
「お前って、自分でそういうこと言っちゃうあたりが残念少女だよな〜」
「な、なにさ、ゲッチーに残念って言われたって全然悔しくなんかないから!ふんっ!」
雅はぷいっと顔を背けると怒ったように俺の横を早足で通り過ぎて行った。
ちょっと余計なことを言いすぎたかもしれないな。少し反省だ。
あいつ、
ゲッチーという呼び方はどうやら
何がきっかけでという訳では無いが、強いて言うならば5回連続で隣の席になったということだろうか。
自然と話す機会も増えていき、今ではさっきのように悪態をつけるくらいの仲にはなっている。
それにしても、彼女は何をそんなに急いでいたんだろうか。
俺に声をかけられて顔を上げた彼女の頬からは汗が滴り落ちるほどだった。
何か急ぎの用事でもあったのだろうか。
忘れ物とかだろうか。
そう思いながら俺が手に握っている教室の鍵を眺めていると、思った通り後ろから足音が聞こえてきた。
「ゲッチー!鍵をぷりーず!」
「はいはい、やっぱりな」
思った通りのことが起きたことに対して俺は微かに笑いながら彼女に向かって鍵を投げた。
弧を描くように飛んだ鍵は彼女の右手でしっかりと受け取られ、少しかっこよかった?なんて思った俺は自分の頬が熱くなるのを感じて彼女から目を逸らした。
「ゲッチーさんきゅっ!」
雅はそう言うと教室の方へと走っていった。
俺はその背中を見送ってからまた階段を降り始めた。
鍵を返しに行く手間が省けた分、直接部室に向かえる。
遅くなるとまた部長に怒られる所だったし、そこは彼女に感謝しよう。
そういえば雅は遊び部という部活に入っていたはずだ。
馬鹿げた部活だと思う人もいるだろうが、うちの学校は部活動が強制されている分、どんなに緩い部活でも一応は部として認められる決まりになっている。
だから名前は違えども、遊び部のように遊んでばかりの部活というのも珍しくはない。
クラスメイトの高田くんが入っているポールチェイサー部というのも、名前はかっこいいが内容はポールチェイサーというゲームを部員全員で攻略するという……よく認められたなと思わざるを得ない部活なのだ。
まあ、ゲームの持ち込みが許可されているのは俺としても嬉しいし、そこは寛容な理事長校長の厚意に甘えさせてもらうとしよう。
かなり話が逸れたが、おそらく雅が急いでいたのは部活で必要なものを教室に忘れたからだろう。
彼女たちの所属している遊び部のモットーは『全力で遊ぶ』。缶蹴りやら鬼ごっこやらを本気でやっているという噂だ。
最近は缶蹴り専用の缶だとか、ケイドロでタッチされたかされていないかをセンサーによって判定するという機能のついた腕時計など、全力遊びグッズというのが売られているらしく、彼女らもそれを使っているのだとか。
まあ、全力で遊ぶことは健康に繋がることでもあるし、俺に文句はない。
むしろ、雅のあの完璧なスタイルは遊び部での活動でできたと言っても過言ではないと思う。
正直に言って、彼女は美少女な上にスタイルもいい。
綺麗に染められた金髪を高めの位置でポニーテールとしてまとめている彼女のそのギャルと呼ばれるであろう見た目とは裏腹に、母性を全面に出したそのスタイルと時々見せる可愛らしい姿には、男心をくすぐるものがある。
きっと俺に好きな人がいなかったら既に告白していたと思う。
実際に彼女は、去年の10月頃に行われたクラスの男子による『付き合うなら誰?』という投票制のランキングでは14票集めて優勝だったしな。
もちろん俺は好きな人の名前を書いて投票したんだけど。
部活動が強制ということで、俺ももちろん部活に所属している。
その所属先というのが『
現代風に言うと何でも屋と言ったところだ。
主な活動内容は依頼書に書いて提出してもらったことをこなしていくというもの。
例えば、空気入れの針が見つからないから探して欲しい―――だったり、トレーニングの手伝いをして欲しい―――だったり。
たまに先生からの依頼も受けたりもする。
各シーズンに解決した依頼が多ければ多いほど、生徒会から貰える部費は確保できるという仕組みになっている。
ちなみに、与えられた部費はどんな用途に使ってもいいとのこと。
俺は去年から所属しているが、その部費がどこへ消えたのかは知らない。
いつか聞いてみるか。
そう思いながら扉を開けて部室に入る。
そこまで広くない部屋に職員室にある机&椅子と同じものが4セットと、離れ小島に立派な机がひとつ。
その机の傍にあった椅子がくるりと回転して、彼女が姿を現した。
「遅かったじゃない、何をダラダラしていたのかしら?」
机に勢いよく肘をついて俺を睨みつけてくる彼女。
彼女こそがこの万事部の部長であり、創設者である
彼女とは幼馴染のようなもので、初めて会った日からその冷たい口調と態度は変わっていない。
むしろ悪化しているような気すらする。
「あなたが遅かったせいで、今日一緒に片付けるはずだった仕事、全部ひとりで片付いてしまったわよ?」
「悪かった、明日は俺が全部やることにするから許してくれないか?」
「それは無理ね、あなたに任せたところでミスだらけで手直しするのは私の方だもの」
「ミスだらけって……そんなに俺の仕事はひどいのか?」
「ええ、それはもう酷いわよ。いない方がマシってくらいかしら」
「そうか、本当にすまなかった。俺ももっと仕事ができる人間になれるよう努力する」
「ええ、努力しても無駄でしょうけど、せいぜい頑張りなさい」
そう言って俺を鼻で笑った彼女はまた椅子をくるりと回転させて窓の外を眺め始めた。
毎日こんな感じだ。
悪口、冷やかし、挙句の果てには存在意義さえも否定される。
普通の人間からしたら今すぐ別の部活に変わろうと思うだろう。
遊び部に飛び入り参加したいと思うだろう。
でも、俺は違う。
俺は彼女と二人っきりでいられるこの空間が好きだ。
別に、俺がドMだとかそういうわけじゃない。
俺は彼女が、鶫 紅葉が好きなんだ。
俺と彼女が初めて出会ったのは小学校3年生の時だった。
委員が一緒だったり、掃除が一緒だったり、家の方向も同じだったりで関わる機会が多かった俺は、きっと他の人よりも鶫 紅葉をよく知っていたんだと思う。
賢くて、美人で、でも冷たくて性格が悪い女……。
そう思われがちな彼女にも、女の子らしい一面があったりする。
猫を見ると追いかけずには居られなかったり、甘いものに目がなかったり。
そんな時折見せる女の子の一面に俺は恋してしまったんだ。
だから、俺はどれだけ彼女に冷たい言葉をあびせられようとも、クールな彼女が女の子らしい彼女に変わる瞬間を見たいがために、この場所を離れるつもりは無い。
俺は彼女を愛している。
ただ、伝える勇気がない……。
いつも冷たい態度の彼女に告白して、あっさり振られたりすれば、彼女は気にしないかもしれないが、俺はこの場所に居ずらくなる。
だから俺は彼女のそばにいて、告白するタイミングを伺っている。
いつか絶対に彼女を落としてみるんだ。
そう胸に誓って。
「唯斗くん、そろそろ終わりにしていいわよ」
席から立ち上がり、鞄を持ち上げた紅葉は俺に向かってそう言った。
その時にはもう日は傾いていて、空はオレンジ色に染まっていた。
紅葉が仕事を片付けてくれたおかげで、今日の俺は何もすることがなく、資料の整理をしていただけなのだが、彼女はおつかれさまという労いの言葉をかけてくれた。
彼女に言われた通りにキリのいいところで資料の整理を終わらせて、彼女に続いて部室を出る。
「電気を切るのも忘れてないわよね?」
「ああ、ちゃんと消えてる」
「そう、なら私が鍵を返してくるから、あなたは先に帰っていてくれていいわ。いえ、むしろ先に帰っていてちょうだい」
「あ、ああ、わかった。じゃあまた明日」
「ええ、残念だけどまた明日会うことになるわね」
彼女は最後まで毒舌を貫いて、俺に背を向けるとそそくさと職員室の方へと歩いていった。
その背中を見ながら俺は思う。
彼女を落とすのにはまだまだ時間がかかりそうだ……と。
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