15日目 AM

ウィリーのひみつ 1

 昨日から降り続いた雨はひとまず止んだけれど、空には相変わらず鉛色の雲が広がっている。またいつ雨が降りだすとも知れないので、たまった洗濯の処理は急務だ。私は洗濯室の片隅に陣取って、早朝からせっせとアイロンがけに励んだ。


「ねぇ、エイミー、昨日はデートだったんでしょう?」


 人でごった返すランドリーの、早朝の喧噪に紛れてこっそり声をかけてきたのは、隣のテーブルでアイロンがけをしていたマーシーという若いメイド。


 私は一瞬の動揺を隠してアイロンを台の上に置き、止まったままの彼女の手元を見やった。


「焦げちゃうわよ、そのシャツ」

「大丈夫よぉ。ね、お城を抜け出してデートだなんて、エイミーってけっこう情熱的なのね。見直しちゃったわ。素敵だわ。いいなぁ。そうよね、私たちだって恋したっていいのよね」

「なにが素敵なもんですか。……すごく反省してるの。ねぇ、それ誰に聞いたの?」


 私は新しいシャツに手を伸ばした。これまた手強そうな、洗い皺のよったシャツ。丁寧に引っ張っては、アイロンでプレスしていく。


「誰っていうかぁ……噂? 朝からエイミーがいないって、ジェーンが騒いでたでしょ。そのあと帰ってきたあなたがハンナに呼ばれて怒られてたのも、みんな知ってるんだから。ねえ、ウィリーとはいつからそういう関係なの? あの人、色んなメイドに声をかけてるから、誰が本命なんだろうって思ってたのよね。エイミーだったんだね」

「……ウィリー?」


 シャツを裏返す。ボタンがしっかりついていることを確認して、胸元の繊細なフリルの皺を伸ばしていく。


「なんで、ウィリー?」

「ふふ、照れなくていいってば。昨日、ウィリーと中庭の秘密の抜け穴を通って、デートしようとしたんでしょ? そういう噂だけど」


(そっちかぁ……!)


 私は頭を抱えたくなった。もしやとは思ったけど、みんなの間ではすでに誤解が広まっているのかもしれない。


 庭師とメイド。たしかに、ありえない組み合わせではないかもしれないけど。


(少なくとも、フローレス様と私よりは、現実味があるわよね……)


 勝手に誤解して、期待してるマーシーに言い聞かせるように、私は一字一句しっかりと彼女の目を見て言った。


「違う。それは、違うわ、マーシー」

「照れなくていいのよぉ。昨日はメイドたちみんなで、エイミーのこと応援しようねって言ってたのよ。私にできることがあったら言ってよね」

「……はぁ。だから違うんだってば」


 こういう噂のど真ん中にいるのは、本当に面倒くさい。よく周りを見ると、メイドたちの多くは仕事をする振りをしながら、私たちの会話を盗み聞きしてる。あの仕事熱心なアンですら、わざわざ手を止めて「おはよう」と声をかけてきたくらいだもの。噂の真相が気になって仕方がないのかもしれない。


 心底参っていると、うるさいランドリー室の扉が開いて、廊下から紳士が顔を出した。


「エイミー・リンドベルは、ここかな」

「は、はい! 」


 みんなの注目が一斉に集まる。私は急いでシャツを冷まし台に置いて、入口階段へと駆け寄った。


「レンブラントさん、私に御用でしょうか」

「ああ、少し彼女を借りてもいいかな、アン?」


 ランドリー長に目配せして、シュインガー宮殿の筆頭執事レンブラントは、私を廊下へと連れ出した。


「忙しいところ済まないね。少々時間をくれるかな。ついてきなさい」


 扉を閉めてメイドたちの好奇の目を遮ると、レンブラントは行先は告げずにそう言って、颯爽と歩き出した。私は言われるがままに彼のあとを追う。


(……もしかして、昨日の件を叱られるのかしら。それとも、専属の件で……? )

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