ウィリーのひみつ 2

 連れて来られたのは、使用人たちが城外に出入りする通用口。早朝だというのに妙に騒々しく、宮殿の警備兵たちまでもが集まって輪をつくっている。


 その中心に、疲れた様子で背を丸めた長身の男を見つけた私は、まさかと思って駆け寄り叫んだ。


「……ウィリー!? どうしたの!?」

「おっ、来てくれたかエイミー。レンブラントさんもありがとうな。ほらよ、これでアリバイとやらが証明できますぜ、お巡りさん?」


 彼は振り返って、誰かに肩をすくめてみせた。見覚えのある青い制服を認めて、私は「あっ」と息を飲んだ。


(あの警察の人だわ……!)


 後ずさる私に、若い警察官の男は帽子を取って一礼する。


「また会いましたね、メイドのお嬢さん」

「ど、どうも……。あの、ウィリーが何か……?」

「詳しくは中で話しをさせていただきましょうか」


 丁寧だけど朗らかとは言いがたい男の笑顔。私はレンブラントの後ろで小さく頷きを返した。

 なぜ私が呼ばれたのかわからないけど、このままウィリーを放っておくわけにもいかない。


(もしかして、ブライオニー荘で私と別れたあと、何かあったの?)


 ウィリーを見上げると、彼はポケットに手を突っ込んで、煙草をくわえたままニヤリと口の端をあげた。「悪いな」と、肩をすくませ私の頭を軽く小突くと、警官の彼と一緒に先を歩いて行ってしまう。




「ここなら、あまり人も来ませんので」


 レンブラントは私たちを警備兵の詰所の奥にある小部屋へと案内した。この狭くて息苦しい場を仕切るのは、セントラルシティ警察のジョーンズ・トレイド氏──以前フローレンスのアトリエに来た巡査殿だ。


「結構。さて、お二人に来ていただいたのは、この男の証言が正しいかを確認するためです。まぁ、王宮の筆頭執事に来ていただけただけでも目的の半分は果たせましたが念のため。彼は宮殿の人間ということで正しいのですね、ミスター・レンブラント?」

「ええ。ウィリー・ロックは間違いなく女王陛下の庭師ですよ」

「ふむ。にわかには信じられませんが。では、昨日の出来事についてはどうでしょう」


 芝居役者のような身振り手振りで、彼は独特の演説を始めた。


「我々セントラル警察は昨日の午前10時ごろ、住宅への侵入を試みる怪しい男を束縛しました。名前や居住地を聞けばその男、恐れ多くも女王陛下の名前を出して誤魔化そうとする始末」

「いやいや、ごまかすって、なぁ。住処はシュインガー宮殿って言っただけだろ?」

「何度も言うが、その身なりでは信用ならない」

「それに侵入じゃなくて、御宅の許可も得たってぇ」

「通りすがりの庭師と偽り強引に、だろう?」

「ほらな、こいつ聞く耳もちゃしねーんだ。なんか言ってくれよエイミー」

「え、ええ?」


──なんかって、言われても。


 私は困惑しつつも、なんとかウィリーの味方をしなくてはと言葉を探した。


「あの、この人が宮殿の庭師というのは本当で……昨日は私の用事に付き合ってくれて……ペンタイン通りで、はぐれたっていうか」

「用というのは?」


 ジョーンズの視線が突き刺さる。まさか私自身の取り調べがされると思っていなかったから、後ろめたいことなど何もないはずなのに、雰囲気に飲まれてしまってしどろもどろだ。


「わ、私は、フローレンス様の外出を追いかけて」

「ほう、あのレイ・フローレンスが。外出を? 興味深い証言だ。引きこもりの宮廷画家殿が、どのような要件でペンタイン通りに?」

「…………、それは」


 どこまで話していいものだろうか。警戒する私を、ジョーンズの双眸が油断なく見つめてくる。


 展覧会まで日がないのに、『乙女と四季』の盗難事件についてはまだ解決していない。このままでは、フローレンスが犯人ではないかという噂がつきまとったまま、展覧会を迎えてしまう。


 警察がどのような捜査をしているか知らないけれど、この様子だとマダム・クレールの『乙女』については知らないのかもしれない。あの絵がゴルド・アッシュの盗まれた『乙女』の一部なのだとしたら──ジョーンズに相談することで、フローレンスの容疑は晴れるのだろうか。


(でも私の口から、マダムの絵について話していいのかしら……)

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