マダム・クレールの招待 3

「先生の絵の一つが、見つかったかもしれない。さっきの手紙、懇意にしているコレクターからのものだった」


「まぁ! それは、とても良い知らせなのでは……?」


「うん……しかし、手放しで喜んでいいものだろうか」


 ぽつんぽつんと砂糖粒を紅茶に落とし入れ、それが崩れて溶けていくさまに見入っているフローレンスは、深い思案の底にいるように見えた。


 邪魔をしないように静かに朝食を並べ、私は背後に控える。


「展覧会までもうひと月もない。失われた作品がこのタイミングで見つかったことは喜ばしいことだが、このマダムはどこで『乙女と四季』を手に入れたんだろう——手紙の表現はひどく抽象的だ。ほら、これを見て」


「押し花……?」


「乙女と四季、4連作のうち『冬』に描かれていた花は、スノー・ドロップだと言われている」


 しおりに押されている頭を垂れた白い花は、レイングランドにおける晩冬の象徴だ。


 添えられた手紙には「見て欲しいものがある。あなたもお探しと噂のものです」と、しなやかに細い文字が並んでいた。


「つまり今回見つかったのは『冬』だと……?」


「実物を見てみないことには判断しようがない」


「見に行かれるのですか」


「そうだな。先生の作品であれば他人事ではないし、それが良いだろうと思う」


「……こちらのお料理はもう、よろしいのですか?」


 ほとんど手つかずの皿を下げる。


 このように彼の表情を曇らせる悩みなんて、早く解決してほしい。


 フローレンスの手に収まっている押し花をそっと盗み見て考える。淡いグリーンの上等な紙に、ほんのり黄色みのかかったクリーム色の花弁が映えて美しい。シンプルな配置だが、清純らしさと清々しい花の残り香を感じられる。


 丁寧に作られただろうそれからは麗しい『マダム』の姿を感じ取れた。きっとマダムご本人もこれと同じように繊細で、品格と色香のある美しい女性なのだろう。


 胸が騒ぐ。このような方が、わざわざ自宅にフローレンスを呼びつけるなんて。


「ですが、それならば先に警察にご連絡するのが良いのでは……」


「そうするべきだろう。けれど、持ち主マダムがそれを拒んでいるようだ。仮に、盗難作品とわかっていてマダムが買い取ったのだとしたら、取引自体が罪に問われる可能性もある。話題の絵だから、秘密裏に鑑定してほしいのではないだろうか」


「可能なのですか? 作品の真偽を見分けるなんて」


「先生の作品なら何千時間と眺めてきた僕だぞ。筆跡やサインの読み取りくらい造作もない。とはいえ本物なら半世紀ほど前の作品か……少しばかり余計に時間が欲しいところだな……。すまないが急ぎ馬車を手配してくれ。それから電報を、ノースウエスト・ウッドのペンタイン通り、ブライオニー荘のマダム・クレールのところに。これからすぐ伺う、と」

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