失くしもの 8
警察が彼の元にやってきたということは、少なからず彼を疑う人間がいるのかもしれない。ジョーンズは見当違いな推理をしていたけど、屋敷が安全だとは限らない。
「これは君と僕の秘密にしてもらう」
「もちろんです」
「まぁ、招待状なんてなくても、普段なら簡単に入れてもらえるんだけど。念のため」
「犯人、まだ捕まってないようですしね」
「そのようだ」
誰かが面白がって購入した風刺画新聞の一コマには、嘆く伯爵とその背後に隠れる美青年――フローレンスだ――の2人と、それをあざ笑うかのような若い画家たちが描かれていた。
寄稿者の名前を見たフローレンスは渋い顔だ。いわゆる反アカデミー派の、過激な美術商なのだそうだ。画壇にも、貴族社会と同じように派閥争いというものが存在するらしい。
「世間はこの盗難事件、どれほど注目しているのでしょうね」
「どうだろう。何しろ『乙女と四季』はまだ世間に知られていない作品だから、評価のしようもない。盗まれた乙女が競売にでも出品されたら、多少話題になるかもしれないが」
今のところその様子はない、と。フローレンスは馴染みの画商の何人かに手紙を送っていたが、しかし誰も『乙女と四季』の連作を見たことがないということだった。
「一体、先生は今までどこに『乙女』を隠していたんだろう。アッシュ家のアトリエ倉庫に絵があれば僕は目にしているはずだけど。僕の模写もすべて、あそこに保管されているんだ。一つ二つはこの部屋に飾りたいものもあるんだけどな」
「あら。明日の夜、持ち帰って来られます? 私も見てみたいです」
「無茶を言うな。重いんだぞ」
背の高いフローレンスのタイをまっすぐになるよう整え、首元の襟を正す。燕尾服には糸くず一つもついていないようブラシをかけ、手首の飾りカフスを留める。迷っていたベストは格式高い黒。手袋は白ですっきりと。髪は櫛で梳いて、顔の横、低い位置でゆるくまとめた。
くるりと周囲を回って確認し、全身を眺めて私は頷いた。
「完璧です、ご主人様。では明日はこのように準備致しますね」
「はぁ、肩が凝る……」
「とってもお似合いですよ!」
主人の美しさは、メイドの誇りでもある。
鏡ごしに青い瞳と視線が交わったが、フローレンスは何を言うこともなく、ため息をついた。
「もういい、脱ぐ」
「はい」
私は祈るような気持ちで上着を畳んだ。
晩餐会、何事もなく終わると良いのだけど……。
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