失くしもの 7

§


 部屋中を探し回ったけれど、結局、カードは出てこなかった。やっぱりフローレンスの言う通り、カード一枚くらい、何かに紛れて捨ててしまったのかもしれない。そう思いたかった、けれど。


 彼に、言ってないことがある。


 同日に消えたボタン。


 私はそのことについてフローレンスに伝えないことに決めていた。たかだかボタン如きで、主の日常を乱したくはなかったというのもあるし、私の矜恃のためでもあった。


 私は誰かから悪意を向けられるような人間である、と。主人にそのように思われたくなくて。この小さな棘のように胸を刺す不安は、隠し通す覚悟をしていた。


 だから彼は、実は招待状が2つめの失くし物だとは知らないのだ。


(もしかしたら、これも私のせい……? 私をやっかむ誰かが、この部屋に入って……こっそり処分を? でもなぜ招待状なんかを?)


 嫌がらせだとしたら間接的すぎやしないだろうか。それになかなか執拗だ。怖いし気持ち悪かったけど、幸か不幸か昨晩はそのことについてゆっくり悩む時間はなかった。とにかく急いで、晩餐会のための支度をしなければならなかったので。


 日が落ちて薄暗いランドリーでは、なんとなく人目を盗んでシャツやハンカチーフにアイロンをかけ、衣装部屋でこそこそと靴を磨き、従僕に頼んで手土産を手配し、使用人部屋に戻ったのは深夜になってからだった。


 今朝になって執事やメイドたちに、部屋に入った者を見なかったかと聞いて回ったけど、特に変わった様子はないように思えた。

 アトリエの鍵を複製してほしいとハンナに頼みに行ったときも、彼女が何かを言ってくることはなかった。


 ただいつもより少し優しい声で「何かあれば言うように」と言い残したのは、恐らく私を気遣ってくれていたのだと思う。ランドリーのアンとはあれ以来、顔を合わせていない。


 私が一人ひっそりと悩みを抱えている横で、フローレンスは面白半分で招待状を複製し始めた。


「面倒なことに」と、彼はさしてそう思っている風でもなく、飄々と贋作カードに万年筆を走らせている。


「盗難事件のせいで、身辺チェックがあるようだよ。いつもと違って、招待状の有無も問われるかもしれないだろう?」

「大丈夫でしょうか? 偽物とバレて門前払いだなんて、そんな恥ずかしいことになったら」

「大丈夫、僕を誰だと思っている」


 蝶を描くための青いインクは、ブライト伯爵が贔屓にしている画材屋から、これぞという特注のブルーを取り寄せる本気っぷり。あとは彼の特技で、完璧に記憶した筆跡を、そっくりそのまま再現したのだそうだ。


「つまり……贋作」

「人聞きが悪いな。元々持っていたものなんだから、復元したと言ってくれ」


 贋作どころか髪の毛一本のズレもないはずだと、本人は満足げに微笑んで青い蝶のカードを折りたたんだ。


「僕はゴルド先生の作品模写なら、弟子の中で随一の腕前だという自負がある」

「はい。綺麗なカードですね……さすが伯爵家の招待状。これほどの印刷物だと、複製というのも簡単ではありませんよね。偽物を作って、盗難目的で屋敷に入るのは無理そうです。フローレンス様の模写の技術あってこそですね」

「もちろん。アッシュ家の執事は優秀だけど、このレベルならまずこれが本物と疑わないだろう」


 こんな手間をかけずとも、そもそもフローレンスなら顔パスで屋敷に入れるはずだった。


 次期宮廷画家として伯爵から直接推薦を受けた人物で、何十人という兄弟弟子の中で一番の寵愛を受けた青年。誰も、彼が伯爵に悪事を働くとは思わないだろう。


 消えた『乙女』の事件さえなければ。

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