【承】知いたしました、御主人様
2日目 AM
晩餐会の招待状 1
絵描きに食事の時間を守らせる方法ってあるかしら。
林檎ジャムと、ハムとレタスのサンドイッチと茹で卵を前に私はため息をついた。
フローレンスはまだ戻らない。また陽が落ちるまでアトリエから帰って来ないつもりだろうか。甘いものばかりでは体に良くないから、片手間でも食べられるようにとサンドイッチをバスケットに詰めたのに、これではまるまる無駄になってしまう。
(朝食のときは何も言ってなかったけど。またアトリエまで様子を見に行く……? でもなぁお邪魔はしたくないし。昨日、床掃除のついでに画用液も絵の具も補充したばかりだからアトリエに行ったところで、私にできることなんてほとんどないしなぁ)
どうしたものかと悩んでいると、ドアのノック音が響いた。
「エイミー、いる?」
「はい!」
反射的に返事をしてしまってから、ふと気が付く。
(来客の予定なんてないはずだけど、この声?)
エプロンとメイドキャップをさっと直して、ドア越しに声をかけた。
「あの、もしかして……ロッテ? どうしたの?」
「よかった、いたのねエイミー。ごめんなさい、突然。フローレンス様にお渡ししたいものがあって。手がふさがってるの、開けてもらえないかしら?」
「あ、うん。──わぁ、すごいわ。どうしたの、これ?」
扉を開けると、はにかんだ優しい笑顔が魅力の元同僚、ロッテ・ブラウンが大きな花束を抱えて立っていた。
「急に訪ねて、ごめんなさいね。ええと、フローレンス様は……?」
「アトリエにいらっしゃるわ。どうしたの? 何かあった?」
「そうなのね。直接お詫びしたかったけれど、きっとお邪魔よね」
「お詫び? なんのこと?」
あら、とロッテは頬に手を当てた。
「エイミー、聞いてないの?」
ロッテは、首席宮廷画家ゴルド・アッシュの館に勤めているメイドだ。
お屋敷はシュインガー宮殿からは徒歩圏内ではあるけれど、異動した彼女とは王宮内で顔を合わせることはほとんどなくなってしまっていた。私でさえそんな状態なのに、フローレンスにお詫び、だなんて。彼らの間に、どんなトラブルがあったというのだろう。
「どういうこと、ロッテ。フローレンス様と何かあったの?」
「ええ実は……あのね、私が悪くて……」
ロッテはちらりと周囲を気にするような仕草をした。
「よかったら入って」
廊下でするような話ではなさそうだったので、彼女を招き入れた。
ダイニングテーブルの上にいただき物の花束を置く。ピンクのラナンキュラス、八重咲きのチューリップとカスミソウ。斑入りのミスカンサスはループリボンのように巻かれている。
春らしく可愛らしい花束だけれど、この部屋のインテリアの中では少々際立ってしまっているような気がする。少し間引いて、ガラスの器にでも活けようか。それとも少量ずつまとめ直して、ガーランドのように吊るすしてみるとか。いっそドライにしてしまうのもいいかもしれない。主人が気に入るのはどれだろう。
「少し、派手だったかしら……」
部屋の雰囲気を眺めて、ロッテは力なく呟いた。
「彼の趣味じゃなかったら、ごめんなさい」
「ううん、春らしくてすごく素敵だと思うわ。部屋が明るくなったみたい。さぁ、これでゆっくり話が聞ける」
テーブルを挟んで私たちは向かい合った。彼女、少し痩せたような気がする。元々線の細い女性だったけれど、今日は何だかひどく疲れているように見えた。
「ねぇ、何があったの? 私、何も聞いていないの」
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