晩餐会の招待状 2

「それが……ええと、どこから話そうかしら。私ね、最近、アッシュ家の招待状の送付を任されていて。初めてで覚えることがたくさんあって大変だったのだけど、何とか終えたつもりで……だけど、今度の晩餐会については、大失敗してしまった。フローレンス様へ郵送できていなかったの。その件でこのあいだ、こちらに謝罪に伺ったのよ」


「ロッテ一人で? それっていつの話……?」


 私が部屋にいないときに、あのフローレンスが、自ら来客対応をするなんて珍しい。人嫌いのあの方がどういう風の吹き回しだろうと首を捻る。


「一週間くらい前かしら。ゴルド様の名前を出したら扉を開けて下さったの。でも、その……ひどく怒っていらっしゃるように見えたわ……。私が一方的に話して、ほとんど口を聞いてくださらなくて」


「ああ、それはたぶん、怒っているのとは違うと思う。フローレンス様は女性が苦手って話、知らなかった?」


「えっ。そ、そうなの? 嫌だわ私ったら、勘違いして……。すごく機嫌を損ねたんだと思った……。本当になんてことをしてしまったのかしらって」


 ロッテは自分の髪を撫でつけながら、落ち着きなく視線を彷徨わせている。


「あのね、今度のパーティはとっても豪華なものになると思うわ。ゴルド様のパトロンとご親族に、弟子たちを引き合わせる目的もあるみたいだし。執事とリストを何度も確認したはずだったのに、一枚だけ配達人に渡っていなかったみたいなの。ほら、ゴルド様にとってフローレンス様は、息子みたいなものでしょう。晩餐会にはぜひ来ていただかないといけないじゃない。だから先週、慌ててこちらに伺って、お詫びを兼ねて改めて招待状を手渡しさせていただいたのよ」


「ちょっと待って、招待状を? 手渡し?」


 寝耳に水だ。私はさっぱり知らされていない。


「いつの間にそんなことになっていたの? フローレンス様、ちゃんと受け取ったのよね?」

「ええ、エイミー。本当に何も聞いてないの?」

「聞いてない」

「まぁ、それは」


 ロッテがばつが悪そうな顔をするから、かえって居た堪れない気持ちになる。私と主人の関係がうまくいっていないように思われたかも。弁明したいけど、でもそれこそ墓穴を掘っているような気がして、結局何も言えずに腕を組んだ。


「ちなみにロッテ。いつなの、その晩餐会って」


 こんな言い方じゃ、まるでハンナのお説教みたい。主人にも私にも謝罪に来てくれたロッテに、ねちねち嫌みを繰り返すのは良くないとわかっているのに、私の口ったら。でも何だか、おなかの底がもやもやする。


 ──私がいない間に、この部屋で、二人きりで。

 どんな風に会話をしたのかが、気になってしょうがない。そんなことを問い詰めたって仕方ないのに。


 眉根を下げて申し訳なさそうなロッテは、言い辛そうに口を開いた。


「それが……晩餐会は、あさってよ」

「あさって!?」


 愕然とした。


「嘘!? 急すぎるでしょう。こういう催しものって、普通はひと月前にはお伺いをたてるものじゃないの?」


「もちろんそうだったのよ。他の招待客の皆さまにはとっくに手紙が送られていて、参加可否のご連絡も頂戴してて……でもフローレンス様からはいつまでたってもご返事が送られてこないから、気になって調べてみたら、私のミスでそもそも招待状が送られていなかったの……」


 本当にごめんなさいとロッテは深々と頭を下げた。


「ゴルド様にもとても叱られてしまったの。本当に失礼なことをしてしまって、私、申し訳なくて」

「ロッテ……」

「先日お伺いした時に、フローレンス様は寛大にも許してくださったの。でもやっぱり怒っていらっしゃるように見えたし、謝るだけではいけないと思って。今度のお二人の展覧会のテーマ、花でしょう? 少しでもお役に立てればいいなと思って……」

「そう、だったのね」


 思いもよらぬ知らせについカッとなってしまったけれど、恐縮しているロッテを見ていたら次第に冷静さが戻ってきた。

 考えてみれば、ロッテはこうして二度も謝罪に来てくれたのだ。フローレンスはどうして教えてくれなかったのだろう。本心を隠さない関係になるべきだと言ったのは、彼の方なのに。それとも、まだすべてを預けられるほどに私は、彼に信用されていないということだろうか。


 ふと、アトリエに漂う油絵の苦い匂いと、イーゼルに立てかけられた白いキャンバスを思い出した。彼と私のあいだにある、越えられない壁のようなもの。


 黙りこくった私が、機嫌を損ねているように見えたのだろう。ロッテは困り顔で下を向いた。


「エイミー、ごめんなさいね。あなたにも迷惑をかけるわ」

「いいえ、それは大丈夫。平気よ」


 とにかく今は落ち込んでいる場合ではなさそうだ。急いで準備をしなければ。私は椅子を立って彼女に手を差し出した。


「ロッテ、来てくれてありがとう。教えてもらわなかったらどうなっていたことか。私、急いで準備するわ。お花もありがとう。ちゃんと飾っておくわね。パーティ当日は、どうかフローレンス様のことをよろしくね」


「そんな、こちらこそ……旦那様はフローレンス様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃるのよ。どうか、ゴルド様のためにもいらっしゃって。それから本当に申し訳ありませんでしたとお伝えください」


「わかった。それじゃあ、私ちょっとアトリエに行ってくるわ! 衣装の準備をしなくちゃ」


「ええ、それがいいわ。私ももう行くわね。本当にごめんなさい、エイミー」


    

    

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