宮廷画家とメイドのある朝 2
『盗まれた国宝?
宮廷画家秘蔵の一品、白昼堂々の盗難劇!
その手口と犯人像とは?』
お堅い記事が多いアワーズ紙にしては、なかなかセンセーショナルな見出しではないだろうか。
「まぁ、盗難。犯人はどうなったんです?」
「まだ捕まっていないそうだ。しかも、これで三作目だと!」
宮廷画家ブライト伯ゴルド・アッシュは、フローレンスの師でもある。弟子ですら初耳のこの事件。騒ぎにしたくなかったのだろうか、三作目になってようやく警察に届け出たらしい。
盗まれたのは『乙女と四季』という連作で、いずれもこの数か月のうちに、アッシュ家から消えてしまったらしい。
「伯爵家に盗みに入るだなんて、大胆な泥棒ですね」
「ゴルド先生の若かりし頃の作品が……どれほどの価値だと思っているのか、ああ、くやしい。警察は何をやっているんだ」
「怖いですね。早く犯人が見つかるといいのですけど」
伯爵の手元に残る一作は、『春』。今は伯爵の屋敷内に厳重に保管されているそうだ。
「でも、そんな風に狙われる作品だなんて、不謹慎ですが興味が湧きますね。どんな絵なんでしょうか? フローレンス様はご存知ですか?」
主人はゆるく首を振った。
「僕も見たことがない絵だ。先生は30歳で宮廷画家になられたけど、それ以前の作品については、ほとんど公表されてこなかったんだ。『乙女と四季』はそういう作品の一つだな。このたびの展示会には未発表作品を多く出品なさると聞いて楽しみにしていたけど……『乙女』はこの事件のせいで未発表に終わるのか」
新聞を畳んで、彼は深くため息をついた。
「宮廷画家として最後の展示会が、新作ではなく古い作品の展示か。原点、といえば聞こえはいいけど。先生はいつまでも挑戦者だと思っていたのに、お役目から解放されるとなると、やはり色々と思うこともあるだろうか」
「30年余りも宮殿でお勤めされてきたんですもの。私たちにはわからない感情がおありなのかもしれませんね。退任の日取りが正式にお決まりになれば、一層、ブライト伯爵の周囲も慌ただしくなるのでしょうし。そういうタイミングが、盗っ人の格好の的なのでしょうね」
「ふん、盗人の心境など一介の画家にわかるものか。それより、後継者として先生のご機嫌を伺うというのはどうだろう? 近いうちにお顔を拝見しに行こうと思う。きっとお気を落とされているだろうから」
「かしこまりました。手土産はオリエル・プレイス通りの『女王のスポンジケーキ』などいかがでしょう」
「良い案だ。先生も甘いものには目がないから」
フローレンスが新聞をくしゃりと丸めてくずかごに放り投げたので、この話はもうしまい。私は部屋の掃除を再開した。
ところどころに金糸でローズの刺繍が施された絨毯をほうきで掃いて、ありとあらゆる平面に雑巾がけをする。窓辺に新しい花を生けて、モスリンのカーテンを引いて窓を開け放った。
ほの白い朝日が辺りに満ち始める。
シュインガー宮殿の、厳粛で清々しい朝。
「おい、寒いじゃないか」
「いつもみたいに二度寝はなしですよ、フローレンス様。ご朝食はどのように?」
「トースト。ストロベリージャムとチーズをたっぷりで。ミルクなしの珈琲には砂糖を2つだ。蜂蜜があればなおいい」
「かしこまりました」
退出しようと室内を振り返ると、今活けたばかりの花を愛おしそうに見つめる青年の横顔に目を奪われた。
生まれたての朝日に照らされる金色の柔らかい髪、細面で色白のハンサムが、ワイングラスを手に取るように茎に指を通して、クロッカスの黄色い花弁に鼻を近づける。
「いい香りだ」
唇を花弁に落として、淡く微笑む。
あの花になりたい、だなんて、灰被りのメイドごときは絶対に思ってはいけないのだ。
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