【起】きてください、御主人様

1日目 AM

宮廷画家とメイドのある朝 1

 カーテンの隙間から薄い灰白色に煙る朝靄が染み入ってくる。肌寒い、夜明け前。

 前日から積もった暖炉の灰を私が掻き出しているあいだ、主人であるレイ・フローレンス画伯はベッドの上に新聞を広げていた。


 いつも通りの、朝の光景。けれど、今朝は様子が少し違った。よくできた石膏像のような横顔を歪ませ、フローレンスは呟いた。


「これは由々しき事態、大変な事件だ」


 紫のローブをまとった美貌の青年は、力任せにくしゃりと新聞を握りしめ、同じくらい苦々しく顔を歪めて、真紅の絨毯を踏みしめて私の元にやってきた。


「燃やしてくれ。視界に入れたくない」


 かしこまりました、ご主人様。いますぐに。

 そう言いたくても言えない。私は暖炉の前に膝をついた不恰好な姿で、ハンカチを口にあてたままもごもごと言い訳をした。


「申し訳ありません、火はたった今、消してしまいました。それより灰が舞いますから。しばらく離れていてくださいませんか」


 油絵特有の松脂臭さを好きだというくせに、焦げた木炭の匂いや埃臭さには敏感な主人だ。私の手もすでに灰をかぶっているし、彼に近づくことすら躊躇われる。さっさと終わらせてしまおうと、再び暖炉に頭を突っ込んだ。


 フローレンスは諦めて、すごすごダイニングに引っ込んだ。カップがかちゃかちゃ鳴る音が聞こえる。目覚めの紅茶はすでに冷めて、猫舌の彼でも飲めるようになっているはず。


 粉雪よりも軽く、ふわふわ舞い散ってしまう灰をやっとのことでかき集め、袋にためて廊下に出す。鉄に黒鉛を塗って艶が出るまでごしごし磨き上げていると、手はすっかり焦げ臭くなってしまう。

 痺れるほどの冷水ですすいで戻ってきた時には、フローレンスはしわしわの新聞を再びテーブルに広げて睨みつけていた。


「先生の作品が、盗まれたらしい」


 ラピスラズリのような瞳を不機嫌そうに眇めて、腕を組みながら冷めた紅茶をすすっている。

 私は横から新聞を覗き込んだ。

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