発進(中)。
7月11日。
雨、時々落雷。
割と夜も近い時間帯。
雨宮晴子は駅前の地元の
あまりにもずぶ濡れになりすぎて、
替えのジャージに着替えただけでは
電車に乗り合う人に申し訳なくて。
とは、晴子の言ではあるが、
何も知らない他者から見ると、
その姿は割と奇行にしか見えない。
時折、チラチラ、と晴子の事を奇異の目で見る者も居た。何せ、夏も近いのに上下ジャージ姿なのだから。
(やめてよ)あまり見られても困る。
…目立たないようにジャージを着て
いる筈なのに。おかしいな。
と、晴子はズレた価値観を胸中に抱きながら、駅のホームへと向かう。
帰りの電車は、6番線だ。
「まもなく、電車が参ります。黄色い線まで、下がってお待ち下さい。まもなく、電車が参りますーーー」
機械的な文章を淡々と車掌が読み上げる声が聞こえて、晴子は一瞬焦った。
(出発の時間だっけ!?)
時刻表を確認。そして安堵。溜め息。
電車が到着してから、発進まであと
10分ほどある。
(良かったーーー)
と思うのも束の間。(あ)
(いまは学生が多い時間帯だーーー)
ーーーーー、
急いで走って乗り込んでみたら、
開いている席は入り口付近の優先席
だけであった。
晴子は本当に申し訳なさそうに、頭を何回も下げながら座ったが、周りの
乗客に妙な目で見られるだけだった。
(き、キチンとしたつもりなんだけどなあ…)
やはりズレている。と、
いきなり、晴子の向かいの席の乗客が騒ぎ出した。
(何、私!?)
晴子はビクリとするがどうやら勘違いだったようだ。何故なら、全く違う
話題で盛り上がり始めたから。
「えー、まだ来ないわけ?」
「友達とは言え引くよー、彼氏を待たせておくなんてさー」
どうやら近くの女子校の同級生の様で仲良さそうに4人組が優先席の付近を立ったままワイワイ騒いでいる。
電車はあと5分もしないうちに発車
するので、みんなで遅れている仲間をイジっているようだ。
…いや、イジられているのはもう一人いるらしい。
「勘弁してくれよ、人の彼女を」
4人組に囲まれている形でくだんの『彼氏』が優先席に足を広げて、王様よろしく座っていた。
ただ、彼も少し想定外だったようで。
『彼女』がいくら待っても来ないため
いつまでも『彼女』の同級生達にイジられて、少し困ったような視線を、
(あ)晴子に向けていた。
(む…)晴子は『彼氏』以上に困り、
(ムリムリ!)首を横に振り続けた。
だよね、とでもいいたそうな苦笑を『彼氏』は浮かべ、また同級生達に
イジられだした。
晴子はそっとため息をついた。
(あ、危なかった、また凝視してた)
これも晴子の癖だ。観察癖である。
(でも、何かした方が良かったかな、どうなのかな、うーん)
これも晴子の癖である。悩みやすい。
と、「ごめーん、遅くなっちゃった」
快活な声が車内に響き渡る。
くだんの『彼女』だと、晴子は一発でわかった。何故なら、『彼氏』が
とても嬉しそうだったから。
「遅いよ、なにしてたんだよ」
「だからごめんって!部活が長引いちゃってさあ」
何の変哲もない、青春の1ページといった風景だ。
ピンポーン♪
「電車が発車いたします」
ガタン!
(あ)初めに気づいたのは晴子。
「あ」次に声を上げたのは同級生達。
「あ」更に声を上げる『彼女』。
「え?」最後は『彼氏』が疑問符を浮かべていた。最後まで、なにが起こったのかわからないまま。
晴子は、発車の際『彼女』が思い切りバランスを崩して前のめりに転び、
それを同級生達は避け、
『彼氏』が『彼女』を避けきれないで真っ正面から身体を受け止めるのを見た。
しかも、受け止めた場所は、
顔同士。
カチ、カチ、
また、彼女の中で詩が鳴る。
ーーーーー、
【
【事故でしょう?】
【なんて甘すぎない?】
【意外とこんなとき程ーーー】
『彼氏』は、何が起きたか全くわかっていない。理解出来てない。
唇同士がぶつかっただなんて。
反対に、無邪気で快活そうだった
『彼女』はというと、
自分の唇に指を当て、
イタズラっぽく、小悪魔のように
微笑んでいた。
『彼氏』だけに対して。
【男の子は戸惑うだけ】
【女の子は心震わせる】
【話そう、後で、落ち着いたらね?】
【女の子は可愛いだけじゃない】
【男の子はそれを知るべき】
【今は女性の方が長生きなんでしょ】
【授業通りの知識で】
【バカにしないで】
【普段の可愛さだけで】
【判断しないで】
【他愛ないお話だけで】
【軽視しないで】
【ホントの私を】
【いま、見せるから】
【いま、ちゃんと見ててよ】
【ーーー無論、お前も、な?】
ーーーーー、
(ーーー!?)いきなり、だった。
耳元で声がした。
やはり、気のせいだけでは、ない。
誰かに話した所で、理解はされない
けれども。
おそらく、一生。
ーーーそして過集中も通り過ぎ、
目の前では軽い騒ぎが起こっていた。
「わーキスだよキス」
「これは明日には学校中噂になるよ」
「写メ取っておけば良かったなー」
と、同級生達が騒ぎ立てる中で、
「大丈夫」
『彼女』は微笑んだまま。
「明日、ーーーーーね?」
なんて言ったのかは晴子にはわからないまま。けれど、何か企んだ笑みを
浮かべていたのはわかった。
日常は、些細な事で一気に変化する。
青春ならば、なおのことだと晴子は
勝手に思っているが。
(たまにはいいよね)
明日、『彼女』達に良いことが起きますよう、願っても。
(あ)
また、『彼氏』に見られている。
しかも晴子に対して心なしか非難の目を向けているようにも見える。
それを見て晴子は、なにをして良いかわからないまま、
困った風に苦笑いして応じたーーー。
雨ばかりの街。今日も明日も、苦笑い。 弐ツ星七音 @au22100070
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