雨ばかりの街。今日も明日も、苦笑い。
弐ツ星七音
ちょっと、駅まで。
7月11日。
天気は、ずっと雨。時折晴れ。
夕暮れ時。
(夕立だーーー)
ちょっとの晴れ間が眩しくて、綺麗だと眺めていたら傘を店に忘れてきた。
彼女ーーー雨宮晴子は、つい5分前の自分を呪いながら、駅までの道のりをひたすら走っていた。
幸い、駅までは徒歩3分くらいの位置だった。しかし、夕立の勢いは強い。
お陰で現在、全力疾走中。
バシャーーー!
(あ)と思ったときにはもう遅い、
思い切り水溜まりを踏み抜いていた。
いつものジャージ姿だったのでよかったが全身ずぶ濡れになってしまった。
(ついてないなあ…)
でも、雨女である晴子にはむしろこうなる方が日常的だった。
忘れっぽく、友人も居ない彼女には。
雨宮晴子は、もう、25歳を過ぎたというのに、友人もろくにおらず、低学歴でかつ、フリーターである。
日々、定職を探しているかバイトをしているか、農家を営んでいる祖父の手伝いをするか家の警備をしているか。
(外に遊びにいってフラフラしようとしてもこの通り雨に追われて台無し)
晴子は独り、溜め息をついていた。
(昔はこんなんじゃなかったのに)
晴子は回想する。
『晴れの祝福』が合った頃の彼女の
幼少期のことを。
昔からこの名前は好きじゃなかった。
とはいっても、いじめられていた訳ではなかった、寧ろチヤホヤされた。
雨なのに、晴れ。という名前。
名付けた親のセンスはあれだけど、
願いはわかってるつもり。
天気も含めて、関わる人全ての気持ちも、晴れ渡りますよう。そして私自身の人生も晴れ渡りますようにと。
『自慢の一人娘だからな』
『ハルコっていい名前だよね』
『将来は是非ともうちにーーー』
嫌な記憶も思い出すところだった。
ともかく、親やクラスメートだった
人達からは、かなりチヤホヤされた。
昔は雨女でも無かったし、何不自由
ない学生生活をさせてもらっていた、と本気で親には感謝している。
名前のとおり、『晴れの祝福』があったとしか思えない。天気も晴れ渡り、
関わる人達の笑顔も晴れ渡っていた。
もちろん、私も含めて。
祝福のまま、日々を過ごしていた。
みんなに愛されていた、本当に。
全てに愛されすぎた、本当に。
でもその反動はあまりに大きすぎた。
多分、神様が羨みすぎて、私のステータスを根こそぎ下限値まで引き下げていったんだと思うんだ。
と、ここまでで晴子は、一度深い溜め息をついた。
(あの時以来、ずっと)
『晴れの祝福』は失われた。
ずっと。何年経っても。変わらないまま。
変わったのは、晴子が外出するたび雨が降る事、晴子がそれを『
そしてーーー、
カチ、カチ、
これ、だ。歯車が動く音。
(また、だ)と晴子はまた諦める。
そう、また、
彼女の中で詩が鳴る。
【ひとしきり降った雨】
【何を急ぐの】
【どうして急ぐの】
【もう服も使い物にならない】
【見ている人も居ない】
【誰も気にしてないなら】
【なんで走ってるのかなーーー】
(やめてよ)
晴子は立ち止まる、いや、
立ち止まるしか無くなっていた。
過集中とも言う、何かに集中してしまうと他の事が全く見えない・出来ないようになってしまう症状。
と、彼女が病院で診断を受けたのは
5年以上前。しかし、彼女にとってのこれは、現実問題として、
これ以上ないほどのリアルだった。
『また考え事に夢中になって』
『頭の中で何か愛でも囁かれてるの』
なんて言われたりもしたけれど、
(囁きなんてものじゃない)
(何かが、頭の中にいる。)
(これは、私にしか聞こえないんだ)
【急ぐ理由がないのなら】
【急がせるのはただのエゴ】
【対象物のない、ただのエゴ】
【眺めてていいのに】
【ただ急ぐだけ】
【目的がないのなら】
【走るのは、どうして?】
【逃げる必要もない】
【追う必要もない】
【ただ、溺れればいい】
【誰かの愛に、溺れるように】
【抵抗せずに】
【ずっとそこにいればいいーーー】
ざあっーーー、と、突風がひとつ吹き、晴子はやっと我にかえった。
(そこに)
(其処に)
(底に?)彼女は反芻する。そして、
絶叫した。
「このどん底みたいな場所にいつまでもいろって?目的がないなら、抵抗なんて無意味だって?」
「違うでしょう、川で溺れてるこどもを助ける時に一々理由や目的を応えてから助けるの?違うでしょう!」
「神様かなんだか知らないけど、
私から色々奪って何をしたいのか
わからないけれどさあ!」
「それは、やってみないと!」
ドーーーン、雷に、彼女の言葉は
かき消された。
そして同時に、雨足も更に強くなる。
晴子の過集中の症状はもう無くなっていたが、まだ、動けないでいる。
(それでも、)
彼女には帰る家がある。
(それでも私は、生きてく)
それでも、雨宮晴子は、
今日を大事に生きている。
そして駅までの道をまた走っていく。
「ーーーやってみないと、
わからないから、さ」
今日もまた、静かに苦笑いしながら。
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