第3話
森を超えるとそこにあるのは小さな農村だった。
畑ばかりで周りは何もなく、住民がちらほらと働いている姿が目にとまった。
「…俺らもああしてたんだなぁー」
ビーバーのひとりが懐かしそうに言った。
動物に変えられて、狩人から命を狙われるようになってからは、人目を盗んで隠れるようになった。村の人たちなら覚えていてくれるかも…そう思って会いに行ったが誰一人知っていなかった。
動物の姿を見ても恐怖にかられることも怯える様子もなく、「珍しい生き物が来た」と流されるだけだった。
村の外に出れば、誰かが気づいてくれるかもしれない。そう思い、豚と梟は外へ出かけたが、魔法使いや狩人、冒険者に命を狙われ、命からがら村に戻ってきた。
奴らの目は化け物退治と言わんばかりの目をしていた。
助けを呼ぶにしても無理な話だと理解した。
村を離れ、森の中で生活をし始めたころ、一人の魔法使いと会った。その人はマーノと言い、『この辺で動物の姿に変えられる』という噂を耳にしたと言っていた。
物の試しで事情を話し、元の姿に変えれないかと相談していた。そのことを頭の中で回想しながら、横にいる豚に目を向けた。
「そうだなー…懐かしいなぁー」
遠くを見るように昔のことを思い出しながら今の風景を目に焼き付けていた。
「もう戻らないよなぁ」
「……俺はあきらめたくない。絶対、体を取り戻すんだ!」
「シン…」
「私もあきらめたくないよ。ビーだってさぁ、彼女が待っているんだろ? なら、元に戻る術を見つけなくちゃ」
「ヒメ…」
「なぁ、俺らの姿を取り戻す方法を一緒に探してくれ! 宛てがあるんだ」
シンがルノに目を光らせ、決死の表情で訴えた。
「俺についてきてくれ!」
そう言って自ら先陣を切った。
着いたのは農村の丘にある建物だった。
他の家よりも少し豪華に見える。
「ここだ。俺が世話になったやつの家だ。ここなら、あるかもしれない」
チリンチリンと鐘を鳴らし建物の中に入った。
店主が能面のような表情で「いらっしゃい」と出迎えた。
建物の中は他の町から仕入れた生活用品が並んでいた。
どれも見たことがない代物で、気になるものばかりだった。仲間へお土産にどうかなと手を出した時だった。
「手を出すな。ここの店主は品物に手を取った時点で”買う”と決めつける奴だ。見るだけにしておけ」
品物に手を出そうとしていたルノの手を払った。
シンに一瞬睨みつけたが、店主の視線が気になり、すぐに視線を逸らした。
「その声は…シンか!?」
「どうやら気づいたようだな。親友のアギ」
二人は親友関係のようだった。
少し雑談を交わしたのち、本題に移った。
「――話は聞いたよ。どうやら、魔術によるもので姿を変えられたようだな」
「ああ。たまったものじゃないよ。俺たちの居場所を失ったからな」
「とはいえ、無事に帰ってきたことに安心したよ」
「まだ安心じゃないからな」
「どういうことだ?」
深刻そうにシンはアギに訊いた。
「森の化け物についてだ。森に化け物が棲みついていることは今までなかった。俺たちが動物に変えられてから化け物の情報が出回るようになった。つまり、俺達が化け物だということさ」
笑えるなとフッとシンは笑みをこぼした。
「いや、化け物の情報は前からあったさ。でも、その情報は――」
ドンっと音を立て扉が開けられた。
背後の影に動物たちが一斉に振り返った時、「アギ、よくやった」と知らない兜屋鎧を付けた団体の先頭に立っていた人が言った。
「アギ! どういうことだ」
シンがアギに問い詰めた。
「化け物退治だよ。シン、俺は昔からお前のことが大嫌いだった」
友に裏切られた。信じていた奴に見限られた。シンの表情は苦虫をつぶしたような顔になっていった。
信じていたのに…虚しさを浮かべながら兵隊たちに囚われていくシンたちをあざ笑うかのようにアギは「またのご利用を」と言って手を振っていた。
涙がこぼれ、アギの顔がどんどん離れていく。
兵隊たちの力が尋常じゃないほど強く、抵抗できない。これも魔術の類なのかもしれない。
動物三匹が捕まえられるなり、檻の中に囚われ、どこかへと運ばれていった。
その様子を隠れてみていたルノは、兵士たちがいなくなったのを見計らい店に入った。
チリンチリンと鐘がなった。
店主が名に用だと振り返った時、ルノの拳が頬をかすめるほど鋭く放った。
「これが噂に聞く壁ドン…か」
アギは強ばりながらルノを睨みつけていた。
「あいつらの仲間じゃなかったのか!?」
「知らないのか? アイツのことを? ハッ」
アギは半笑いを浮かべつつシンの正体が何なのかを打ち明けた。
「あいつは化け物さ! 今こそ動物に変えられているが、正真正銘の化け物。アイツは人間だと言っているが、事実じゃない。魔物と人間の間に生まれた混血児なのさ」
アギは昔を振り返るかのように話し出した。
「昔のことだ。アイツに助けられたことがある。その日以来、親友と称して奴の目から狙われないように怯えて生きるようになったのは――。アイツはある日、行商人を襲い、荷物を奪った。奪った品を売りさばき、金にした経緯があった」
アギは腰かけ、品物のひとつからお茶とお菓子をとった。
テーブルの上に皿を置き、その上にお菓子とお茶が入ったコップを乗せ、ルノに振舞った。
「金だけ得られたらオサバラするはずだった。そうしたら、アイツ何を考えたのか、商人の肉や革も剥ぐと言い放った。俺は止めたさ、でも化け物に俺は止められない。そいつのそばで怯えながら商人の断末魔を聞きながら、生きながら肉をそがれていくのを黙ってみていた」
菓子をポリポリと食べつつお茶を飲んだ。
「商人を殺し、骨や内臓は土の中に埋めた。肉や皮膚は魔術師に売り、金になった。それから、奴と一緒に同じ行為を繰り返すようになった。俺は止めた。止めようとした。でも止められなかった。俺は怖くて怖くて誰にも言えずただ、従っていただけだった。アイツの目が怖い。俺を手放したくない奴の目から逃げたくて逃げたくて――」
空になった皿の上で菓子を手に取ろうと何度も探り、ルノの前にあったお茶とお菓子を手に取り、奪い取った。
「雑貨店を引き継ぐ好機が来た。父からの贈り物だと。当時は嬉しかった。けど、奴が店に顔を出すようになってからはお客は減っていき、しまいには店の品物に手を出す始末。俺は奴を呪ったよ。たまたま町に来た魔術師に高い金を払って奴を動物に変えてもらった。副作用か他の人も動物に変えられてしまったようだ」
よっこらせっととアギが立った。
「俺の話はこれで全部だ。もう帰ってくれ。奴とはこれで合わせることはない」
奥の扉を開け、最後の一言。
「森の化け物は二人で作った偽の存在だ。奴が俺のことを話せばすべて告白するだろう。奴と俺との罪だ。この森はすべて商人たちの宝でできているってね」
ルノは待ってと追いかけるが、扉が閉まった。
勢いよく扉を開けたがそこは何もなく。トイレしかなかった。
「しまった…逃げられたか…」
トイレの便座の上に古い魔法陣の絵が描かれていた。
おそらく魔術師からもらったものだろう。
転移の魔法だ。場所は固定のようで、この魔法陣を調べれば、およそ逃げた先が分かる。
「まずは、カリアと合流だな」
店を出たところ、遠い場所で煙が上がったのが見えた。
爆発音とともになにかの悲鳴が響き渡った。
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